噛み合わない思考

(本当に良く分からない子だなー・・・)


 クォーツは目の前を先導して跳ぶ紫黒の少女を見つめる。

 確かに協力を申し出たのは自分の方からではあるのだが、まさかあんな簡単に了承してくれるなんて思わなかった。もっと渋った上に逃げられるか、もしくは取り付く島もないくらいにすげなく断られるかの未来しか見えず、諦め半分の心境だった事とあまりにも軽い感じで頷かれてしまったせいで、思わず変な顔を見せてしまったかもしれない。


(無表情って訳じゃないのに、何を考えてるのか、全然わかんないや・・・)


 初めて彼女と出会ったのは、先輩と一緒に『ワンダラー』の討伐へと向かった時だった。今では魔法少女ガーネットとして活動をしている、委員会の中でも最年長の少女が、魔法少女になったばかりで戸惑っており、そんな彼女を保護している瞬間に偶然出会った。

 床に着いてしまうのではとこちらが心配するくらい物凄く長い髪をなびかせ、魔法少女としては珍しい、闇に溶け込むような紫と黒に包まれた不思議な彼女は、とても綺麗で精巧な人形のような容姿をしており、同性でありながら一瞬目を奪われてしまうくらいだった。

 しかし、第一印象は最悪に近かった。

 私は、魔法少女になったからには、大きな力を手に入れてしまったからには、委員会という組織に所属するのが当然だと思っていた。そう言われたからだという事もあるし、なによりも、この力を間違った方向へと向けてしまうのが、恐ろしかったからだ。

 だからこそ、ガーネットには委員会に所属するように促しているのにも関わらず、自身はその行動を起こさない彼女のちぐはぐさな身勝手さが、私には理解が出来なかった。それに、後々ガーネットに話を聞いたところによると、委員会に所属をしない事による不都合や危険性も十分に理解しているようだったというにも関わらずだ。

 同じ魔法少女にすらなんでそこまでして正体を隠す必要があるのかまったく分からなかったが、大人の人たちはむしろそれくらい個人情報の扱いは徹底していることに感心している節すらあった。もしかしたら親に魔法少女であると伝えられない事情があったり、個人情報そのものに重大な爆弾が隠されてるんじゃないかなんて、委員会の人は色々と考えていたみたいだったけど、それくらい、正体を特定されることに過敏で秘密主義らしい。


(でも、隠さないといけないことでもあるんだよね・・・)


 『ワンダラー』に負けた時、人々から受けた誹謗中傷を自分は覚えている。

 小鳥遊桃という人間の情報はバレていなかったようだったが、クォーツという魔法少女は敗北者という烙印を押され、助けるべきはずの人々から攻撃をされた。あの時にもし、自分の正体がバレてしまっていたら、一体どうなってしまっていたのだろうと考える時もある。

 自分はそういった被害にあったからこそ少しはそういった事についても考えるようにもなったのだが、そう考えると、初めからそれ以上に徹底している彼女は色々と考えた末での野良なのかもしれないと、今にしては思う。

 それから、最初の出会いからしばらくして二度目の出会いがあったのだが、その時の彼女はなんだか怖かった。

 『ワンダラー』の出現通知があってから私達が現場に到着するまでの10分もしないうちに、『ワンダラー』を倒していたというのだから驚愕でしかなかったのだが、その時の彼女は何故かお酒を飲んでおり酔っぱらっているようで、当然、曲がった事が許せない先輩はそれに気が付いた瞬間に彼女を諫めていたのだが、予想した以上に彼女は苛烈な反応を示して一触即発の空気になってしまった。

 しかし、未成年がお酒を飲む事を悪いと知りながら、その事実が知られる事が魔法少女としてマイナスになると理解して酒気を抜いたり、『ワンダラー』が2体同時に現れたという重要な情報を渡したり、新たな『ワンダラー』の出現が確認されたら矛先を収めるなど、あまりにもちぐはぐな行動を起こしていた。

 あの時の彼女は、今思い返せばどこか様子がおかしいような気がした。

 初めはお酒を飲んでいたせいだったのかもしれないが、先輩に指摘されたことにより酒気を抜いたにも関わらず気分が高揚しっ放しにも見え、高圧的な態度で楽しそうに戦いを提案する瞳には狂気や敵意のようなものさえチラついていた。


(もしかしたら、あの時は『ワンダラー』に触れちゃってたのかもしれないよね)


 最近分かったことだが、悪意の塊である『ワンダラー』に直接触れた人間は、症状が重い場合によっては感情に関わる様々な症状を引き起こすらしい。

 それは私にも経験がある事でもあり、子供である自分や他の魔法少女達は自分の中に別の人格が芽生えるのを感じ、自身の後ろめたい事や後悔などを延々と苦しめてくる、嫌な病気だ。

 そして大人が同様に触れてしまうと自身の持つ理想や感情が爆発的に膨れ上がり、悪意を抜き斬らないと理性よりも感情を優先して動くようになってしまうらしい。

 大人達と同じような症状が出ているのは不思議ではあるが、そういう体質である子もいるかもしれないし、彼女は人よりも精神の成長が早いのかもしれない。

 その後は先輩が彼女と色々と話して解決したようだったが、まるで大人と子供の考えが同居しているようだと評価していた。


 そんなこんなで私から見たブラックローズという少女は、悪い子ではないのだろうがおかしな子、といった印象に落ち着いている。


(気まぐれというか気分屋というか。なんだか黒い野良猫ちゃんみたい)


 彼女と実際に会うどころか、こうして話しているのでさえ片手ですら足りるくらいには少ないはずなのに、自由を求めていたり、楽しそうな事を優先したり、すぐ逃げたりといった印象からそういった幻視をしてしまう。

 今だって、いつも一人で戦っているせいなのかたまに独り言を呟いているようにも見えるし、かとおもったらこちらをチラリと一瞥し、しっかりついてきているかの確認をしてくれたりもする。近づけば離れ、離れれば近づくような挙動を思わせる仕草は、まさしく猫というのにピッタリな気がする。

 仲が良い訳ではなく初めの印象だって良いものではなかったはずなのだが、愛嬌があるようでなんだか憎めない。


(容姿に騙されちゃってるのかなぁ・・・?)


 可愛い子や綺麗な子が得をするとよく聞くが、もしかしたらこういうことなのだろうか。そっちの趣味は決してないはずなのだが、もし自分が異性だったらコロっと騙されてしまうかもしれない。


(ローズちゃんもたまにあんな感じの事するよね)


 魔法少女になってから初めて出来た普通の友達の事を思い浮かべる。

 いつも楽しそうにしており、他愛のない会話も、人には言いにくいような相談事も一緒に考えてくれる、実は歳の離れている唯一無二の友人。

 魔法少女であると知ってなお離れる事がなく、変わらずに接し続けてくれている彼女もまた、たまに独り言を呟くなどの掴みどころのない仕草をしたりする。


(そういえば、二人ってなんだか似て・・・・・・)

「・・・あれ?」


 そこで思考は靄が掛かったかのように途切れてしい、思考がリセットされる。

 何を思っていたのか、思い出そうとすればするほど泥沼に嵌っていくような感覚に陥り、言葉が出てこないようなもやもやに心中が埋め尽くされてしまい、気づけば前を先導していたはずのブラックローズが心配そうにこちらを見ていた。


「大丈夫?なんだかぼーっとしてたみたいだけど」

「えっ?ううん、大丈夫だよ・・・!」


 どれくらい呆けていたのかは分からないが、心配して彼女から声を掛けてくるくらいには意識が飛んでいたのだろう。


(だめだめ、集中しないと。油断なんてしてられないんだから)


 一度深呼吸して心を落ち着かせて、雑念を振り払うように頭を振った後、『ワンダラー』のいるであろう場所へと真っ直ぐに視線を戻して集中させる。

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