友好の輪を広げよう

「そういう訳で、とても疲れたわ・・・」

『お疲れ様です、エンプレス。あまり結果は芳しくないようですね』


 会議が終わって早々自室へと閉じこもったエンプレスは自室へと帰るや変身を解除し、用意しておいた紅茶にお湯を入れて心を休めながら、通話先にいる古くからの友人であるサファイアへと愚痴を零して机へと突っ伏す。古くからといっても魔法少女になってからの関係であるので、未だカレンダーを一つ使い潰す程の期間は経っていないはずなのだが、それでも同じ苦難を共有している仲であることが要因となり、心情的には古くからの友人という関係が一番しっくりくる。

 そんな友人に、こうして電話口で愚痴を零すのは何度目になるだろうか。

 付き合わせてしまう事に対しては申し訳なさが先立つが、それ以上に吐き出してないとやってられないので、ついついこうして連絡を取ってしまう。


「芳しくないどころか一切何も進んでないようなものだし、どうせなら私抜きでやって欲しいくらいよ。魔法少女の為にならない会議に私が参加する必要なんてないでしょうに。そもそも、連盟抜きの国際会議だって何度も行ってるんだから、国益なんて難しい話はそっちでまとめておいて欲しいわ」

『エンプレスを引き込むことが出来れば、他の国を出し抜いて優位に立てると考えているのでしょう。連盟が力を付け過ぎた弊害とも言えますね』

「私は確かに連盟のトップだけど、好き勝手なんてしたら貴女達に止められちゃうくらいの立場でしかないのにね。やっぱり連盟の地位をモノにする為に、魔法の力を見せつけ過ぎたのが問題だったかしら。急ピッチで整備しなきゃいけなかったから仕方ない事とはいえ、権力を持つっていうのも考え物ね・・・」


 人生経験の豊富な大人達を相手にして自分達のような未熟な子供の弁で魔法少女達を守る為の組織を作るのは不可能に近く、ともすれば、弁舌ではない別の手段で優位を作るしかなかった。

 魔法という我々にしか持ち得ない絶対的な力を前面に押し出し、我儘と言われようが横暴であると罵られようが、魔法少女が利用されるような世の中にしない為の逃げ道を作る。そうやって不退転の覚悟で突き進んだ結果生まれたのが、今の魔法少女連盟である。

 力をちらつかせて脅迫しているような形でもあるのだが、それ以外の方法で魔法少女達を守れない以上、最早後戻りをすることなど出来る訳もなく、ずるずると魔法少女連盟の盟主なんて面倒な立場に縛り付けられている。

 強大な力を見せつけた結果として、あの手この手でその力を利用しようと群がる者が現れている現状は必然とも言えるのだが、その時はそんなことにまで頭は回っていなかったのだ。


「はぁ。気を張ってばっかでストレスだわ」


 自分が特別頭が良い人間ではないという事は理解している。もっと他のやり様はあったのかもしれないと考え込んでしまったりもする。

 しかし、迷いを見せてしまえば足元を掬われてしまう。

 だからこそ、大人達の前では絶対的な態度を崩さないようにと気を付け、同じ魔法少女達の間でさえ、トップであるに相応しい威厳ある姿を振る舞う事を心掛け、常に偽りの仮面をかぶった状態でいる。

 そんな状態を続けていたせいか、ひとたび自室に閉じこもってしまえば化けの皮は簡単に剥がれ落ちてしまい、今もこうしてうだうだと机の上に身を投げ出しているのだ。


『たまには息抜きも大事ですよ』

「貴女がそれを言うなんて、明日は雨でも降るのかしら」


 超が付く程には真面目なこの友人は、息抜きなんて言葉を知っていたこと自体驚きだ。

 なにせ仕事のしすぎで倒れてしまった事件が記憶に新しいくらいだ。ワーカーホリックといっても過言ではないだろう。


『私が言うからこそ、ですよ。人間、休まないと倒れてしまいますので』

「説得力があるわね・・・。でも、そうね。もし良ければ、明日お茶会でもどうかしら?一緒に息抜きを手伝ってくれない?」

『勿論、喜んで。こっちのお仕事が終わり次第なら、いつでも向かわせて頂きます』

「ありがと。それじゃ、後で予定を送るわね」


 そうと決まれば、こんなだらしない醜態を晒している場合ではないだろう。別れの挨拶をした後にいったん通話を終了し、明日のお茶会の準備をし始める。

 一度スイッチを切ったことで重くなってしまった身体に力を入れて持ち上げ、エプロンを身に着けて備え付けのキッチンへと向かう途中、ふと思い付く。

 

(あの子は、招待したら来てくれるかしら・・・?)


 威厳など欠片もない自身の素顔を知り、この部屋で会う時にはいつもおいしそうにお茶菓子を嗜む、紫黒に身を包む少女の事を思い浮かべる。友人と呼べるようなポジティブな関係性というよりはビジネス的な関係性の面が強いものの、楽しそうに、嬉しそうにしている彼女の表情を見るのは、きっとこの疲れを癒す要因になるだろう。


(まぁ、誘うだけならタダよね)


 断られたらどうしようなどと少しの間マジフォンを見つめて躊躇う素振りを見せたものの、迷っていても仕方がないので招待のメールを送信し、気になってしまう結果から逃げるようにマジフォンを懐へとしまい込んでお茶会の準備を進める。






 日が沈むのが早くなり、そろそろ寒さが本格化し始めるそんな季節。

 今日も今日とていつものように『ワンダラー』の出現通知がマジフォンから流れたので、夜の街並みをお散歩しながら出現場所へと向かっていた。順番としては、お散歩していたら、が正解なのだが。

 ちょっと前に聞いたサファイアの話通り、ここ最近では開発区だけでみても週に複数体の『ワンダラー』が確認されており、日本の『ワンダラー』の出現傾向が大幅に上がっているのを体感することが出来る。なので、何か面白い事はないかとこうして夜中に出歩いているだけでもたまに遭遇することができるので、ある意味では充実した毎日を送っているとも言える。

 一般人からすれば『ワンダラー』なんて化け物に出会う事などたまったものではないだろうが、人間とは慣れる生き物であり、怪物対策省の発足が通達されてから緊急警報や避難勧告などが充実していった現在では、最早地震や台風といった特に珍しくもない天災と同じような扱いとなっている。勿論、他の災害と同じく無被害に抑えることなど不可能に近い事象であるのだが、ヒーロー活動のし易さは初めの頃と比べれば段違いに楽になり、特に警察や消防隊、自衛隊のような救助のプロフェッショナル達が魔法少女達を積極的に支援している事が大きく、出現の上昇具合に比べて被害状況は深刻化していないようだ。


 そんな、魔法少女というヒーローが活動し易くなり始めてきた今日この頃。

 本当ならば野良の魔法少女である僕はいつものように一人で向かうところなのだが、いつもとは違い一人ではなく、隣には魔法少女クォーツがぴったりと着いてきている。


「本当に協力してくれるとは、思いませんでした」

「僕はこれでも約束事は守る人間なんだけど、信用ないなぁ・・・」

「そういう意味じゃなくって・・・!えっと・・・断られるかなって、思いました。前に話した時も、一人で戦いたいって言ってましたし・・・」

「無理して敬語なんて使わなくていいよ。まぁ、そう思われるのも無理ないか。一度は断ったこともあったしね」


 夜のお散歩をしている最中、偶然にもパトロール中の彼女に出会ってしまった。

 パトロールとは何ぞやと思ったのだが、どうやら魔法の結界を町中に敷いて『ワンダラー』が現れた際の悪意を軽減する防波堤のようなものを作り上げたので、こうして夜な夜な確認の為に出歩いているらしい。結界は魔法少女達が協力して新しく作り上げた魔法であり、適正面などでまだまだ発展途上ではあるみたいだ。

 中々に画期的な魔法であり感心してしまったのだが、まぁそれは置いておいて。

 ヒーローとしての活動方針を色々と考えた結果、前に踏み出すためにもう少し他の魔法少女達と交流してもいいのかなと思った所でのクォーツとの邂逅だ。良い機会なので、少し彼女とヒーローとして会話をしてみたかった。

 とはいえローズであれば友人関係であるものの、あまりこっちの姿では交流がない、というか良い印象を持って貰えてなさそうなので、どう会話を広げたらいいものかと思案していた所、そんな僕の想いを邪魔するかのように『ワンダラー』の通知音が届いてしまったのだ。

 『ワンダラー』が現れたことで会話は完全に断ち切られてしまい、交流することは諦めて敵の下へ向かおうと思ったそんな時、クォーツから提案をされた。

 「同じ魔法少女同士、協力しませんか?」と。

 一度は断ったこともある提案。きっと彼女も、ダメ元で僕に話し掛けてくれたのだろう。

 まぁそれに対して「いいよ」と答えたら、何故か彼女のほうが目を丸くして驚かれ、先ほどの会話へと繋がるのだが。

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