助けは人の為ならず

「うー・・・なんだか気持ち悪くなってきたのじゃ・・・。頭が回るぅー・・・」

「だーかーらー。あんまり長湯しちゃダメっていったでしょー!まだ体調だって完璧じゃないんだからー!」


 カエデちゃんと洗いっこをして綺麗さっぱりにした後、熱々のお風呂へとまた肩を沈めてゆったりとしていたのだが、しばらくした後、カエデちゃんが少しふらふらとし始める。

 先ほどまで自力で動けない程には魔法力を失った事による影響か、もしくは熱々すぎるお風呂に慣れてないせいかは分からないが、のぼせのような症状を見せているので、これ以上お風呂に入れさせてしまえば倒れてしまってもおかしくないだろう。

 取り合えず彼女を抱えて湯船から出し、脱衣所まで連れていこうと考えたのだが、カエデちゃんに手を掛けた時にそっとメイちゃんが目くばせをしてきて、そのままカエデちゃんの手を引いて外まで連れ出し始める。


「メイもそろそろ出ますので、お二人はごゆっくりしていてくださいー」

「ったく。世話の掛かるガキだな・・・。親父の心配を本当にする奴があるかよ」

「まぁ、お風呂が気持ち良すぎるのは仕方ないよね。お言葉に甘えて、もう少しゆっくりさせてもらうよ」


 僕と同じように腰を上げていた紅姫も一度はカエデちゃんへと近づく素振りを見せたのだが、メイちゃんの言葉を聞いて躊躇しながらも、任せてという力拳を作ったジェスチャーを信じたのかゆっくりと腰を落とし、また再び湯船へと浸かり始める。

 ふらふらし始めた当人は倒れるような素振りはないものの、メイちゃんに連れられる事が屈辱なのかは分からないが、悔しそうな表情でいながらこちらへと指を指し捨て台詞を吐いていく。


「ぐぬぬ。今ここでワシが倒れたとしても、第二第三のワシが現れるじゃろう・・・!」

「はいはい。倒れる前に大人しく着いてきてくださーい。お医者さんの言う事はちゃんと聞きましょうねー」


 哀れ、四天王の一番最初に倒されそうな役割を終えたカエデちゃんは、優秀なお医者様によってガラス戸の向こうへと連れ去られてしまった。






 紅姫と隣り合わせでとお湯を堪能し、そろそろカエデちゃんの様子でも見に行こうかとバスタイムを終了しようと思った時に、隣にいる少女から少し真剣味を帯びた口調で話掛けられる。


「こうして2人で話すのは、久々だな」

「ん?そうだっけ?カエデちゃんと出会った時も、2人きりになった時もあったような」


 いや、それを合わせても久々と言えばそうなのだろう。あんまり時期を覚えていないが、あれから結構な時間は経っている気がする。


「あれはノーカンだろ。バタバタしててロクに話すこともできなかったし、テメェは我先にと帰りやがるしよ」

「それについては過ぎた話でしょ。僕は由緒正しき野良の魔法少女なんだし、あんまり君たち委員会と関わりを持つのは良くないと思ってたしね。まぁ、ここでこうしている時点で説得力は薄いかもしれないけど、これでも譲歩してる方なんだよ?」


 少し前の僕であれば、力づくでも彼女達から逃げ出して帰宅を強行していただろうが、サファイアと色々と話をしてからは心情がちょっと変わった。

 もう少し、僕の方から歩み寄ってもいいのではないかな、と。

 勿論の事、野良の魔法少女という便利なポジションを捨てるようなことはしないが、ヒーロー同士、もっと助け合っても良いのかもしれないと思うくらいには、考えが改まっている。

 こういうのを絆されてしまったというのだろうか。

 まぁ、頼りにされるのも、それで感謝されるのも悪い気はしないのだが、それが自分の強味を殺すことになるのではないかという心配はしている。


「なーにが由緒正しき野良の魔法少女だ。すぐに茶化しやがるしすぐに屁理屈ばっか言いやがるし、おまけにすぐに逃げやがる。オマエがもっと素直なら、アタシだってうだうだと悩まずに済むのによぉ・・・」

「えっと・・・なんかごめん?なに、なんか悩ませちゃった?」


 激怒させているような訳じゃないということは表情や口調からも伝わるのだが、それにしても心当たりがない。頭を捻って記憶を取り出そうとするも、一向に「これだ」と思う物が出てこないのだが、そもそも僕程欲望に素直な人間は中々いないと思うので、紅姫を悩ませる事なんてあるはずがない。

 

 しばらく考えても特に思いつかなかったので答えを紅姫に聞こうと思ったのだが、彼女の方を振り向いた瞬間、意を決したように立ち上がってこちらを見下ろしてくる。

 首を傾けてもほとんど顔も見えない状態になってしまったのだが、そんな高いとこから僕を見下ろすんじゃない。

 何をするのかと少し警戒心から心構えをしてしまうが、彼女は突然頭を下げて、お辞儀の形を取り始める。


「少し遅れちまったが、オマエには色々と助けられた。ありがとう」

「へ?何の話?」


 いきなり感謝をされてしまったのだが、まったく意味が分からない。

 もしかして、カエデちゃんを教導する役目を負ったことを言っているのだろうか。しかし、それならば。


「今日の事なら、気にしなくていいよ。カエデちゃんから頼まれて、僕が勝手にやったことだからね。どちらかといえば、君たちの迷惑になってないかと心配になるくらいだよ」

「ちげぇよ。そのことじゃねぇ。いや、勿論今日の事も感謝してるが・・・そうじゃなくってよ・・・」

「なにさ。随分と歯切れが悪いじゃんか。直球勝負じゃないなんて君らしくないね?」

「うるせぇ。んなこたぁわかってんだよ・・・。アタシが言ってんのは、いままでの事だ」


 そういうと、一旦腰を降ろしてお湯へ沈んだ後、もう一度真っ直ぐにこちらへと視線を向けてくる。


「オマエのお陰で、アタシは魔法少女としてやっていけてる。魔法少女になって、突然あの怪物と戦う羽目になって、意味が分からず感情のまま振る舞っていたアタシを止めてくれたお陰で、委員会に橋渡しをしてくれたお陰で、今のアタシがある」

「うーん・・・。でも、途中でほっぽりだしちゃったし、どちらかといえば、僕よりもサファイアやクォーツに言うべき言葉なんじゃないかな。まぁ、君ならもう言ってそうなもんだけど」

「確かに、あの2人に感謝はしたが、アタシが一番感謝してるのはオマエだ。オマエがいなければ、あのまま右も左も分からないままに日々を過ごしていたかもしれねぇ。アタシとサファイアは、あんまり相性はよくねぇからよ・・・」

「まぁ、確かに喧嘩っぱやい紅姫は、理屈っぽいサファイアと相性は良くないよね」


 初対面が水と油のような関係性だった2人の姿を思い出してカラカラと笑うと、冷めた視線が刃となって刺さるのを感じる。

 「オマエもだろ」といった意味が込められている気がするが、きっと間違いではないのだろう。


「それだけじゃなく、メープルんときもそうだ。アタシは誰かを傷つけるのを恐れているし、傷つけずにアイツを止める自信もなかった。優柔不断に立ち止まったせいで、余計にアイツを傷つける危険性を冒しちまった。オマエが助けに来てくれなかったら、アイツは、魔法少女という道を諦めることになっていたかもしれねぇ」

「そんなことないと思うけどなー。君が魔法少女として続けられているのも、カエデちゃんが魔法少女として続けていられるのも、君自身の力が大半だと思うよ?」

「ほんと素直じゃねぇなテメェは・・・。アタシがこうやって感謝してんだ。しっかりと受け止めやがれ」


 纏めていた髪の毛ごと、頭を掴まれてわしゃわしゃとされてしまい、崩れ落ちた髪の毛が湯船へと広がる。


「ちょっと!髪の毛ぐちゃぐちゃにしないでよ!」

「悪ぃ悪ぃ。だがよ、アタシは今では、オマエがそうやって野良でいてくれることに、安心もしてるんだ。アタシや委員会ではどうしようもない時に、オマエならなんとかしてくれるんじゃないかってな」

「あんまり買い被りすぎないで欲しいんだけどな。僕は、自分がしたいことしかしないような人間なんだから」

「わぁーってるって。オマエばっかりに背負わせようなんて思っちゃいねぇよ。だが、アタシがオマエに感謝してるってことだけ、ちゃんと覚えておいてくれよ。オマエは間違いなく、アタシにとってはヒーローなんだ」


 紅姫が僕の頭を撫でながら、抱きしめるように腕を回した後、逃げるように「もう出る」と言いながら湯船から立ち上がり、出口へと向かっていく。

 明らかに湯に浸かったせいだけでなく顔が真っ赤になっており、そこまで恥ずかしがるなら最初からしなければいいのにとも思うが、こうして面と向かって感謝されてしまえば、手を出して良かったとも思えてしまうので、全くもって不思議なものだ。


「あ。そういえば言うの忘れてて今更なんだけど、僕が妖精と一緒にいることは黙ってて欲しいんだ。あんまり知られても、面白い結果にはならなさそうだし」

「まだ妖精と一緒にいるのか・・・。世界中から妖精は消えちまったって聞いたが、オマエの秘密主義は徹底的だな・・・。まぁ、心配すんな。誰にも言ってねぇし、これからも言うつもりもねぇよ」


 そう言い残して、今度こそ浴室から出て行ってしまい、後に残された僕は一人風呂となってしまう。

 一人風呂なんて慣れているはずだし、彼女達が入ってくる前にはそうやって身体を休めていたはずなのだが、騒がしさが消えてしまえば少し侘しい気持ちにもなってしまう。


「はぁ。感謝してる、かぁ・・・。困っちゃうなぁ・・・」


 とても嬉しい事でもあり、そして、その期待を裏切ってしまわないかという恐ろしさもある。

 僕は彼女達が言うような立派な人間でもないし、ただ気分で動いているような適当な人間だ。

 ただ、まぁ。


「もうちょっとだけ、前に踏み出してもいいのかな・・・」


 リスクばかり考えるのではなく、彼女達のように、もっと身を乗り出しても、良いのかもしれない。

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