親の葛藤
紅姫を追ってお風呂から出て、自慢の髪の毛を乾かした後、彼女の案内の元、二階に並べられた数々の部屋の中の一つへと移動する。
大きく仕切られた部屋の中の装丁は、どうやら客室と思わしきつくりとなっており、明るさを重視したインテリアや家具の他に、4人で囲むには十分な大きさの机と、並んで寝ても十分なスペースが確保できるベッドが備え付けられていた。
僕達が中に入った時には、先にお風呂から上がった2人は既に到着しており、メイちゃんは紅茶の用意をしながらお行儀よく椅子に座り、服装に違わない振る舞いをしており、カエデちゃんはふかふかのベッドが気に入ったのかゴロゴロとしてしていた。
「さて、ちょいと遅くなったが、飯はどうする?近場で喰うもいいし、面倒なら出前でもいいが」
バタバタしていてすっかりと忘れていたが、そういえばゲーム中にお菓子を食べていた覚えはあるが、ご飯は食べていない。僕と同じ状態にあるであろうカエデちゃんも、いまだ興奮冷めやらぬといった感じではあるものの、自身のお腹が空腹を訴えている事に気づいたのか、紅姫の言葉を聞くやベッドから跳び起きる。
とはいえ、今から何処かへ行くのも、注文して待機するのも面倒だろう。お風呂に入ったばっかだし、お腹空いたし。
まぁ、そんな面倒は魔法で解決してしまおう。
「それなら、僕が奢ってあげるよ」
メイちゃんの入れてくれた紅茶を飲み干した後、マジフォンを取り出して、アプリのストアページを開く。
なんでもござれと言わんばかりに揃えられたラインナップは、いつ見ても色取り取りで目移りしてしまうが、注文は今日の主役に決めて貰おう。
「さて、カエデちゃん。今日は君の祝勝会として、好きな食べ物を出してあげるよ。何かリクエストはあるかい?」
「ほんとか!?なら、ピッツァがいいのじゃ!!みんなで広げて食べるのじゃ!」
「おっけーい」
マジフォンをポチポチと操作してカエデちゃんの注文通りパーティ用の大きなピザを数種類注文し、それとは別に彼女の好きなオレンジジュースと、食後のデザートもいくつか用意する。一気にテーブル上がパーティ会場のように賑やかになり、あっという間に食事の準備が出来上がる。
目の前に積み上げられた豪華な料理に目を輝かせたおこちゃま2人と、それを見守る保護者枠2名で、一緒に手を合わせて食事の挨拶をし、今日一日の締めくくりをする。
「カエデちゃん。そろそろおやすみよ」
「うむ・・・わかっとるのじゃ・・・」
楽しい祝勝会も終わり、しばらく駄弁った後に就寝の時間となったのだが、疲労と眠気に襲われて真っ先に横になったはずのカエデちゃんは、自身が倒した『ワンダラー』から手に入れたであろう魔石を暗闇の中、眠気眼で見つめていた。
「まだとっておいたんだ。ポイントにしないの?」
魔石を手に入れたら、ポイントにしてスキルやらなんやらを強化するみたいなことを言っていた気がする。未だに正確に把握しているとはいえないシステムではあり、彼女が理解しているだろう欠片くらいしか頭の中には入っていないが、彼女がそれを楽しみにしていたのは知っている。
彼女の事だから、真っ先にマジフォンに魔石を突っ込んだ後、ああでもないこうでもないと頭を捻りながらも構築を考えてそうなものだが、どうやら予想は違ったようだ。
「うむ。これは、お金にしようかと思ってのぅ。ほれ、紅姫がお父さんやお母さんの為に色々としとったじゃろ?ワシも、じいじに何かしたいとおもってのぅ。自身の強化など、それからでも遅くはないじゃろ」
「良い子だね。おじいちゃんも、きっと喜ぶと思うよ」
「ふふ。そうじゃといいのぅ・・・」
それだけ言うと魔石をアイテムボックスの中にしまい、今度こそ、疲れに従って目を閉じ、そのうち寝息を立て始める。部屋の中は完全に寝息以外の音がしなくなった。
「さて、帰るか」
このままお泊り会でもいいかなと思ってしまっている自分もいるが、そうもいかない。おうちにはもきゅを残してきており、カエデちゃんのおうちへ行ってから一切の連絡もしていないし、もし心配をさせていたらそれは申し訳が立たない。
起こさないように抜き足差し足でそっとベッドから離れ、扉のもとへとそろりと向かうのだが、そんな僕の背中に小声で声が掛けられる。
「もう、帰んのか?」
いつの間にか、少しだけ身体を起こしている紅姫がこちらをじっと見ていた。寝起きといった感じに目がとろんとしているが、起こしてしまったのだろうか。
「ありゃ、ばれちゃった。まぁ、そういうこと。僕はここでお暇させてもらうよ」
「そうか。長々と付き合わせちまって悪かったな」
「いや。・・・初めはどうなるかと思ったけど、それでも、君と話せてよかったと思ってるよ」
「そうか・・・」
「うん。またね」
「あぁ。またな」
別段、止める気はなかったのだろう。彼女は軽く手を振った後、再びベッドへと横になり潜り込む。
こちらも手を振り返し、扉の音をたてないようにしながら部屋の外へと足を運ぶ。
さぁ、後はおうちに帰るだけだ。
「委員会での紅姫は、どんな感じなんだい?あの子は、中々自分の口から話してくれなくてね」
「うーん・・・」
おうちに帰るだけだと思い、靴だけ取りに玄関まで向かったのだが、その時紅姫パパに捕まってしまった。
まぁ、こんな時間に外へ出ようとしているのを見掛けてしまっては、呼び止めない訳にはいかないのだろう。僕だって、深夜に突然カエデちゃんくらいの子が外へと出掛けようとしていたならば、まず声を掛けるだろう。
とはいえ僕は成人澄み。問題などあるはずがない。
まぁ、事実そのままに伝える事などできないので隠しながらも、普段から深夜に活動しているので不思議ではないことを理解してもらい、ようやくと心配を取り除いたはずなのだが、何故かそのまま会話が続いてしまった。
しかし、委員会での紅姫の事を聞かれても僕から答えようがなく、言葉に詰まってしまった。
「もしかして、うちの子は何か迷惑を掛けてしまっているのかい?」
少し濁したような反応をした僕を見て、紅姫パパは眉を寄せて心配そうに声色を低く落としてしまった。
「いえ、そんなことはないです。彼女、とてもいい子だと思いますよ」
「そうかい?なら、いいんだが・・・。昔はそうじゃなかったんだが、紅姫はあんな言葉遣いをするだろう?魔法少女としてやっていけているのか、心配になってしまってね・・・」
「確かに、親御さんとしては心配になるかもしれませんが、彼女はうまくやっていると思いますよ。今日みたいに、色んな子にも慕われていますし。言葉遣いは少々乱暴ですが、本質が優しい子だという事はみんな理解していると思います」
「それを聞いて安心したよ。出来れば、君たちのような子供達に危険な事をして欲しくないという思いもあるし、本来ならば、我々大人が矢面に立つべきだと思うのだが、ままならないものだ・・・」
そう伝えると、憂いが少しは晴れたのか、安心したように笑顔が戻った。
しかし、親心としてはきっと魔法少女なんて危険な仕事をさせたくはないという気持ちもあるのだろう。『ワンダラー』に対抗する手段が他にないという事もあり、色々と葛藤も垣間見える。
「昔は自分がヒーローになることに憧れを抱いていたものだが、現実は厳しいね。いや、こんなおじさんがヒーローだなんて、笑われちゃうかな」
「ヒーローになるのに、年齢は関係ないですよ」
恥ずかしそうに頭を掻き苦笑しているおじさんに、思わず口を出してしまった。
「それに、確かに現状、怪物に対抗できるのは魔法少女しかいませんが、それだけがヒーローの資格という訳でもないでしょう。今日のように、魔法少女が怪物と戦っている間に救助された人達にとっては、助けてくれた人はヒーローに違いないと思います。おじさんだって、紅姫が戦っている間、沢山の人を助けようと動いていたでしょう?誰かのヒーローになるのに、難しい理由なんて必要ないと思いますよ」
「君は、見た目以上に大人びた考えをする子なんだね」
「立派なレディですので。皆からは子供扱いされてしまってますけどね」
僕の望むヒーローの形とは違うものの、今日見た人達は、確かにヒーローであることには違いなかった。
そして、目の前にいるこの人だって、助けられた人にとっても、そして紅姫にとっても、ヒーローと呼ばれるべき存在だろう。
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