性の境界線とは

「あー・・・なんだかどっと疲れちゃったなー・・・。こんなに疲れた精神を癒すにはやっぱりお風呂だよねー・・・。ごくらくごくらくー・・・」


 超ロングの髪を頭の上に纏め上げ、湯船に身を任せる。身体半分をお湯の成すがままにぷかぷかと浮かばせ、目を閉じながら脳内を出来る限り空っぽにする。

 僕一人が入ったくらいでは、どれだけ大きく足を伸ばそうとも大体2割程度しか埋まらないくらい大きな湯船には、普段僕が入っているのよりも熱々のお湯が張られており、白い肌が真っ赤になりそうなくらいの温度を感じている。まぁ、この身になってから火傷などしたことはないのだが。


「どう考えても一般家庭が持つようなお風呂じゃないけど、紅姫もいい趣味してるねー・・・。いや、親御さんの趣味なのかな?どちらにせよ、ありがたいことだねー」


 拉致にも近い形でドナドナされた車に乗せられ続け、半時間程してようやくと止まった場所にあったのは、お屋敷と言っても過言ではないくらいには立派な家だった。荘厳とした門があり、色取り取りの花が咲く庭が付き、素人目に見てもしっかりと手を入れている事が分かるくらいには整った風景が広がっており、中央に建てられている本館は何処のお貴族様だよと言いたくなるくらいには堂々としている。

 古めかしい歴史ある感じではなく、新築にしか見えないくらいにはピカピカのお屋敷なのだが、聞くところによると、紅姫が魔法少女になり委員会として協力する代わりに、色々と注文を付けて建てさせたらしい。

 中々に容赦ない注文を色々と吹っ掛けたようで、実用面から趣味的なものまで幅広く揃えているようなのだが、特に警備面が非常に優秀だそうで、こうして魔法少女を集めても安心できるような家となっているらしい。

 流石は委員会だ。正義のヒーローに対するサポートは非常に厚い。


「まぁ、『ワンダラー』をのさばらせる被害や危険性からすれば、これくらいじゃ贅沢とも言えないよねー。紅姫は紅姫で、自身の為というよりかは親の好きなものとか沢山取り入れたみたいだし」


 「親孝行するなんて偉いね」と褒めてあげたら顔を真っ赤にして否定していたが、自慢の娘さんを持ったお父さんは満更でもなさそうな表情をしていた。

 魔法少女の中には人を助けるのが当たり前だからと報酬を受け取る事に躊躇しちゃうような、真面目かつ清廉潔白みたいな子は一定数いるようだし、世間的にもそういった考えをする人だっているだろうけれども、本来ならこれくらいは優遇されてしかるべきだろう。


「優遇という表現もなんかおかしいか。これは彼女が受け取るべき正当な報酬だしね。リスクに見合った報酬は受け取るべきなんだよ、みんな」


 そこは人それぞれだろうし、僕がとやかく言うようなものでもないのだが、とはいえ、こうしてしっかりと利益を享受している子がいるのは安心する。僕が特別欲張りという訳ではないことが証明されたな。やはりガーネットは仲間だ。

 豪華なお屋敷には豪華なお風呂が付き物だという事は明らかなので、家の中へと招待された瞬間に真っ先にお風呂を要求させて貰った。今回は『ワンダラー』の討伐をした訳ではないが、疲れた時にはお風呂に入りたくなるのだから仕方ないだろう。


 ジャグジーを背にして空気の泡を受け止めながら、馬鹿みたいな思考を巡らせてゆったりとした時間を過ごしていたのだが、その平穏は一瞬にして崩れ去ることになった。


「わははー!ワシ登場じゃー!さぁ、魔王よ!その正体見破ったりー!」

「登場ですよー!」

「・・・・・・一気に騒がしくなったな」


 背中から発せられた声に対して振り向くと、脱衣所から2名、すっぽんぽんのわっぱ共が飛び込んできた。

 元男ではあるので直視するのも、ましてや一緒にお風呂に入るなどと憚れると思い一人でお先を頂いていたはずなのだが、まぁ、子供に欲情するような趣味を持ち合わせている訳でもないし問題ないか。

 そもそも、僕は男と女、どっちの思考をすべきなのだろうか。男の身体に興奮するような事は一切なく、当然の如くノーセンキューではあるのだが、かといって女の身体に反応するかと言われれば頭の中は疑問符でいっぱいになってしまう。

 女性に対して綺麗だとか可愛いだとかそういった感情を抱くことは当然あるのだが、男の身体だったときと比べると、確実に方向性が違うものとなっているだろう。

 そう考えると、この世界一の美少女の身体はともかくとして、僕の中身の性別は一体どっちなのだろうか。

 身体と同様に変質しているのだろうか。


「うーむ・・・」

「なーに考え込んでんだ?」

「んあ?紅姫まで来たのか」


 自身の複雑な性について改めて考えていたのだが、目の前に現れたもう一人の闖入者によって思考が止められる。

 がきんちょ2人と違い大人の階段を登り始めているだろう紅姫の姿は、出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいるような、一般的には男性の目を惹くだろう体型をしている。

 昔の僕ならば、彼女が今のように目の前に立てば、まじまじと直視してしまうか、もしくは目の焦点が合わなくなるなど、おおよそ冷静でいられるはずはない。

 ないのだが。


「うーむ。僕の方が可愛いし魅力的だよね?」

「ぶっ飛ばすぞテメェ」


 額へと軽くデコピンが飛んでくる。

 思わず零れた言葉だったので攻撃は甘んじて受け入れるが、これは本音だ。

 女性の身体など、今までに鏡で何度も見返す事にもなったし、そこに映っている女性以上に魅力的な人物など、この先現れることはないと確信している。結局の所、僕は自分大好き人間だけだったのかもしれない。


「オマエってホント自己評価たけぇし、自信満々だよな」

「だって本当の事だし。可愛いでしょ?」

「あぁはいはい。可愛い可愛い。それよか、もうちょいそっち詰めろ。流石に4人一気に入るとなると狭くなる」


 ウィンクをしながら可愛いポーズを披露してあげたのだが、そっけない態度であっちいけアピールをされる。もっとしっかり評価とコメントしてよ。


「なんでかって、こんな大人数で入らなくてもいいと思うんだけど」

「ガキ共だけで風呂入れるのは危険だろって親父に言われてな。仕方なくだ」

「流石に2人共、そこまで心配されるほど小さくはないでしょ」

「テメェも含めて言ってんだよ。まぁ、4人で入ったことはないが、問題ないだろ」

「広さ的には、そうだね。いいお風呂、堪能させてもらってるよ」


 疲労状態から回復したのか、お風呂に飛び込もうと大きくジャンプしたカエデちゃんをゆったりとキャッチし、怒鳴り散らす紅姫が湯船に入る前に身体を洗い流すように促した後、全員で湯船に浸かる。

 流石に4人入れば浴槽も狭くなり、増した水かさが溢れ出る事によって身体がもっと浮き上がる。お風呂は基本的には一人で入るものだと思っているが、銭湯みたいでこれはこれでいい物なのかもしれない。


「のぅのぅ?何でお風呂に入っとるのに変身したままなんじゃ?せっかくおヌシの正体を見れると思ったのに」

「それでいきなり突撃してきたのね。人の秘密を暴くような真似は良くないよ、カエデちゃん?」

「やっぱり言われちゃったー。だから良くないっていったのにー」

「むぅ・・・。で、でも、気になるのじゃ・・・!」


 お風呂なら流石に変身を解除しているだろうと見込んでいたカエデちゃんが、その推測を否定された事による不満を口を膨らますことで表現しながらも、好奇心の方が勝るようで疑問をぶつけてくる。

 魔法少女服も着ていない状態では、もはや僕ですらブラックローズとローズとの違いが分からないくらいには同一人物なのだが、それでも、ローズに会った事があるメイちゃんですら欠片も見抜くことができないらしい。分かっていた事ではあるが、それにしても魔法の力ってすげー。


「コイツらの言葉を支持するわけじゃねぇが、何で変身したまんまなんだよ。そんなんじゃ休まらないだろ」

「そりゃ、正体を隠す為さ」

「ほんと、秘密主義ここに極まれりって感じだな。ばらしたところで、誰にも言うつもりはねぇぞ?」

「これは僕のポリシーの問題なんだよ。ヒーローたるもの、正体を明かすべきではないっていうね」

「とっても素敵な事だと思いますー。ただ、変身を維持したままで魔法力は大丈夫なんですかー?」

「問題ないよー。僕は人一倍には魔法力があるみたいだからねー」


 変身しているだけでいいなら、無限に維持する事だって可能かもしれない。試したことはないからわからんが。


 僕の正体はどんな人物なのかといった事を話し合う皆の視線から逃れる為に、湯船からひとまず上がる。

 ついでだしと髪の毛を洗う為に鏡の前へと移動すると、何故かカエデちゃんがぴったりと着いてきて、耳打ちをしてくる。

 

「今度ワシにだけこっそりと教えて欲しいのじゃ!」

「だーめ。秘密があるほうが、ヒーローは魅力的なんだよ」

「むぅ。好感度がまだ足りんというのか・・・。しかし、ワシは諦めんぞ。せっかくじゃから、ワシがおヌシを洗ってやろう。そこへ座るがよい!」


 言うが早いか、カエデちゃんが目の前に椅子を用意すると、そこへ座れと手でぺちぺちしながらアピールしてくる。

 どうしようかと一瞬悩んだが、仲良くなることは別に悪い事ではないし、拒否するようなことでもないだろう。せっかく彼女が好意を見せてくれているのだがら、好きにさせてあげることにする。


 椅子に座ってカエデちゃんに背を向け、纏めていた髪を下ろす。一気に解放された濡れたロングヘアーは、床にまで広がり紫黒に染めていく。


「改めて思うが、物凄く長い髪じゃのぅ?」

「とっても綺麗でしょ?」

「うむ。綺麗なのは間違いないのぅ。ワシも伸ばしてみようかのぅ・・・」

「洗うのは大変になるけど、とても似合うと思うよ」

「そうかそうか!!」


 魔法を使ってしまえば洗うのなど一発なのだが、時間を掛けて洗うのもいいものである。

 普通に洗うのだと手入れするのも大変な長い髪を、一生懸命に洗ってもらった後、お返しにとカエデちゃんの髪も洗ってあげながら、和気あいあいと穏やかな時間を過ごす。

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