攻略本はゲーマーの嗜み

 勇者である自分が誰にも負けるはずがないと思い上がり、例え負けても何度でもやり直せるのだと信じて疑わなかったのは確かだが、この世界がゲームではないことなどもう理解している。コンティニューもなければ、セーブも、残機もなく、死はそのまま死であることなど、子供だって分かる話だ。

 勿論、本当に死ぬかなど試したことなどはないので、万が一、億が一の可能性が残ってないとは言えない。例え敵に敗北して目の前が真っ暗になったとしても、再び目を覚ますことだって絶対にないとは言い切れない。


「まぁ、そんなわけないじゃろうがのぅ」


 二度目があるなどと考えるのは甘えだ。自分はそれを理解させられたし、死ぬことへの恐怖もあれば、痛いのも苦しいのも嫌だ。そしてそんなもの、ゲームであれば感じるわけがない。

 この世界はゲームではない。例え魔法少女や『ワンダラー』といった存在が跋扈していようとも、変わる事がない。

 当然の結論ではあるが、しかしだからといってゲームの知識を利用できないわけではないし、魔法どころかスキルといったものまであるのだから、ゲームのシステムと酷似している部分だってある。

 あの『ワンダラー』なんかよりも恐ろしく、かと思えばじいじのような優しさも持つ魔王は、そういったゲームに酷似したシステム面についての知識は全く持ち合わせておらず、かといってそれを気にするような素振りもなかったが、それは強者の余裕でしかない。委員会の中にもこのシステム理解することなく、それどころか魔石のポイントを消費する事を良しとせず、忌避するような者もいるが、使えるものは使うべきである。

 弱者である自分はあの魔王の様な圧倒的な強さなど持ってはいない。彼女の隣に立つには、今はまだ足手まといでしかないだろう。

 しかし、このシステムを十全に理解し効率よく利用することで、少しは近づくことは出来るはずだ。

 そのためにも、目の前で悠々自適に暴れている怪物には、自分が強くなるための経験値になって貰わないと困る。


「勇者の名のもとに!ブレイブ!」


 自由自在に宙を舞う箒にまたがりながら手に持つ杖を振り、自身の望む形を思い描きながら魔法の言葉を唱える。

 言葉と同時に赤い輝きを放った光は身体へとまとい、芯から湧き上がる不思議な力は想定した通りの効果を発現したことを証明する。

 この『ブレイブ』という魔法は、自分の好きなゲームの主人公であるメルルが得意とする、自身の攻撃力と防御力を強化する為の魔法だ。当たり前だが、攻撃力や防御力といったステータスなど現実にあるわけがないのだが、にも関わらずこうして使用することが出来、どの程度変動しているかを数値で見れなくても実際に自身が強化されているのだと確信を持てるだけの力が湧いてくる。

 魔法少女としての自分の適正は、勇者の魔法だ。ゲームと同じ魔法を使え、そしてまるでゲームのように効果を発揮する、他の魔法少女には使うことが出来ない特別な魔法だ。

 魔法を発動したにも関わらず、こちらに気づいていないのかそれとも気にも留めてないのかは分からないが、『ワンダラー』は見向きをすることもなく思うが儘に動いている。

 無視をされているのだと思えば腹立たしいことだが、ファーストアタックを安全に行えるどころか更にターンを譲ってくれるなど、チャンスでしかない。


「先に行動することの優位性すら理解していない素人に、ワシがお似合いの魔法をプレゼントしてやろうかのぅ。バングラ―!」


 ブラックローズに対して先制したにも関わらず敗北を喫したことは棚に上げて魔法を唱えると、杖の先から紫色の光が浮遊して『ワンダラー』へと吸い込まれる。『ワンダラー』にぶつかった光は炸裂するわけでもなく、大きな被害を与えるわけでもなかったが、それを受けた『ワンダラー』は動きが緩慢になり、身体から放たれている悪意も明らかに弱々しくなる。

 『バングラ―』はゲームであれば敵の全能力を弱体化させる強力な弱体魔法であるが、『ワンダラー』に対してもしっかりと効果が出るらしい。


「効いとる効いとる!ほれ、悠長に徘徊しとる場合じゃなかろ?足を止めてこっちにかかってくるがよい」


 流石の『ワンダラー』も自身へと向けられた魔法には反応をせざるを得ないようで、我が物顔で進めていた歩みをようやくと止めて、こちらへと向き直った。怪物の心情など分かるはずもないが、どうやらプレゼントはお気に召さなかったようで、明らかに怒りと敵意といった雰囲気を漂わせ、それが悪意に乗せられている。

 『ワンダラー』が向かっていた先には民家の密集地が建ち並んでいるので、これで止まらなかったらどうしようという思いもあったが、思惑通りこちらに敵意を向けてくれた助かった。

 こうしてやっと、『魔法少女』対『ワンダラー』の構図が出来上がった訳だが、魔法を使った上で足を止めてこうして相対した時点で、正直言って自分の勝利条件はすでに満たしている。何せ自分には、なんだかんだ言いながら助けてくれる魔王や、後から到着するであろうガーネットがいるのだから、例え自分が『ワンダラー』を打ち倒せなくとも、最悪の場合、足止めさえできれば問題はない。

 虎の威を借る狐の様だが、これも戦術だ。

 バフとデバフを撒き、ヘイトを貰って時間稼ぎをする。


「仲間などいない、貴様にはできない芸当じゃろ?」


 仲間を頼りにする、非常に勇者らしい行動だろう。






 『ワンダラー』のメインウェポンは、そのドロドロの粘液のような身体から構成される触腕だという事は事前に聞いている。まるで剛速球のように放たれるだけでなく建物すらすり抜け、触れるだけで心へのダメージを受けるので死角からの攻撃にも注意をしなければいけない。

 目の前にいる『ワンダラー』も例に漏れず、座学通りに触腕を伸ばす姿を見て思わず笑みが零れる。

 座学は嫌いではない。

 なにせ、『ワンダラー』がどういった行動を取り易く、どういった行動に注意すればよいかなど、まるで攻略本を読んでいるかの気分にさせられるからだ。

 詳細な数値など当然なく、それどころかほとんどが謎に包まれたマスクデータではあるが、様々な魔法少女達から集めた情報によってある程度の行動ルーチンや弱点が判明している。

 それを踏まえた上で、頭の中では常に戦略を考えていたし、失敗した際のプランや緊急時の対処だって考えている。実践は今日が初めてではあるが、今までの学び通りから外れることがないのであれば、守りの体制にぬかりはない。


「ほれほれ。鬼さんこちらじゃー」


 箒に乗って動きを止めないようにしながら、杖を振って玩具のナイフを動かし、自身に向かってくる触腕にぶつかるように投げつける。1本刺されば触腕の勢いは落ち、2本刺されば追いつくことは叶わず、3本刺さる事で消滅する。

 森林を破壊した威力から考えれば、強化と弱体化の魔法を使用してなお3本も耐えることができるのは脅威であると言えるが、この身に届かないのであれば何本使おうが変わりはない。何せ玩具のナイフは何度でも操り回収することができるし、玩具を操るこの魔法は魔法力の消費だって微小だ。跨っている箒も同様に操り動かしているので、時間が味方している今、消耗戦ならば願ったり叶ったりだ。

 縦横無尽に箒を動かしながら、敵に狙いを絞らせないようにしつつ隙を伺い、伸ばされる触腕を一つづつ処理し続けていると、一向に捕まらない事に焦れたのか『ワンダラー』が大量の触腕を伸ばしこちらへ向けてくる。右へ左へ、上へ下へ、様々な方角や位置から建物をすり抜けて死角を使っての攻撃は、非常に危険なものであり捕まったら最後だろうが、これはピンチではなくチャンスだ。

 何故なら、まさしくその行動を待っていたのだから。


「苦し紛れの攻撃は諸刃の剣じゃのぅ?」


 悪意の塊である『ワンダラー』の触腕は当然悪意で構成されており、触腕を削るだけで結果的に本体も削ることが出来るのだが、それでは効率が非常に悪い。触腕として固められた悪意は硬くなっている上に、それだけで削り切るには何本も消滅させないといけないので時間が掛かるし、何よりもまともにやり合うのは危険だ。

 ならば当然、触腕に捕まらないように逃げるのが一番安全な手ではあるのだが、触腕を増やすという事は当然、本体の悪意を攻撃に回していることになる。

 そして、この状態になった『ワンダラー』の本体は小さく、そして脆くなっていることも分かっている。

 弱点が分かっているのだから、正面からぶつかるのではなく、頭を使って戦うのが賢いやり方と言えるだろう。

 触腕が集まり、自身へ向かって攻撃を仕掛けてくるが、想定内の攻撃など対処する事は容易い。


「残念じゃが、それは偽物じゃっ!っとな!スワップ!」


 魔法を唱えた瞬間、メープルの姿が掻き消え、代わりに魔女の人形がその場に現れる。指定した玩具との場所を入れ替える魔法により、こっそりと忍ばせていた魔女人形と位置の交換をしたのだ。


(大丈夫。魔女人形は壊されないはずじゃ。大丈夫大丈夫)


 大切な魔女人形を身代わりにするのはメープルにとっては心苦しいが、物理的な攻撃手段ではない触腕は魔女人形にぶつかったとしても破壊することは不可能と予測した戦術だ。

 メープルの代わりとなって触腕に囲まれた人形は、いまにも飲み込まれようとしていたが、触腕が触れる直前に謎の光に当たり、全て破裂して消滅する。

 後には、まったく無傷の人形が浮遊しているだけだった。

 

 そんな事は知らず、まるで瞬間移動のような魔法を使用したことにより、触腕が消滅した事に気づかず人形の心配をしているメープルだが、余計な考えは一旦捨て置かなければいけない。


「随分と痩せ細ってしまったのぅ?元気か?」


 弱点を狙う為の戦術を練っていたのだから、人形と入れ替えた場所には当然、『ワンダラー』の本体がいる。

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