窮鼠
こっそりと本体の元まで近づけていた魔女人形とスワップで場所の変更をした先には、遠目で確認していた時よりも大きさが明らかに目減りしている『ワンダラー』がいた。
これだけ近づけば放たれている悪意もより濃く感じる事となり、肌にひりつくくらいの淀んだ空気に脳内が警鐘を鳴らしている。
本能や、自身に潜む私が震えあがっているのを感じるが、追い込まれているのは自分ではなく相手であり、悪意を打ち払う術も持っているがゆえに、しっかりと地を踏みしめて前に進む。
「小さくなってもマスコットになるにはちと可愛らしさが足らんのぅ?そんなのでは人気者にはなれんぞ?」
軽口を叩きながら『ワンダラー』を睨みつけるが、返答は期待していない。唸るような音が『ワンダラー』から放たれるが、こちらの言葉に反応したのか、もしくは警戒をしているのか、どこか身構えているようにも見える。
伸ばしていた触腕を根本から断ち切ってやろうと思っていたのだが、いつの間にか触腕の一本も見当たらなく、回収したにしては体積が明らかに小さくなっている。
わざわざトカゲの尻尾切りをするような場面でもなかったと思うが、何故かと考え原因を究明するよりも、今はチャンスをモノにするのが先決だろう。
本来ならばヒット&アウェイを基本として、触腕を断ち切った後は一撃離脱でまたチャンスを伺うつもりだったが、この状況ならば押さない方が損失を生むと判断する。
しっかりと歩みよりながらも手を休めるようなことはせず、『ワンダラー』の周りにカボチャを配置して囲い込む。カボチャから放たれる蝋燭で照らされたような揺れるオレンジの光は、禍々しかった空気を晴らして『ワンダラー』の醜い姿をライトアップする。
カボチャから放たれる光によって悪意を徐々に浄化され、苦しそうに身じろいだ『ワンダラー』は自身を苦しめる原因となった浄化の光を破壊すべく、片っ端から叩き潰そうと新たな触腕を複数産み出して動き出すが、その全ての腕は、憎きカボチャ共に振り下ろされることなく簡単に断ち切られる。
「よそ見はいけんのぅ?おヌシの敵はワシじゃよ。どれを一番最初に潰すべきかは考えんとのぅ?」
メープルが手に持つ杖を覆うように浄化の光を剣の形にし、今まさに振り下ろした体勢で嘲るように『ワンダラー』へと言い放つ。強く輝く光の剣は勇者が持つに相応しく、そして存在するだけで悪意が打ち払われてゆく。
純粋な魔法力を無理やりに浄化の剣へと変える魔法は、魔法力の消耗という面では非常にコストパフォーマンスは悪く、それゆえに長時間の使用は向かないものだが、その反面、産まれたばかりの触腕を根本から一太刀で叩き斬るくらいの事は造作もない。
新たな触腕を複数本失った『ワンダラー』は、切り口が焼けるように浄化されているのに身震いし、そしてまた体積を少しだけ減らしている。光の剣を明らかに意識し警戒している『ワンダラー』は、メープルが近づくにつれその身を震わせ、少しずつ後ずさっているようにも見える。
「勇者の剣に恐れたか?自身が勝てる者にしか威張れないとは、存外腰抜けなのじゃのぅ?」
先ほどまでは威勢よく練り歩いていたはずの怪物が、一変して態度を急変させたその変わり様を嘲笑う。
言葉は理解できなくとも、感情を理解することはできるのだろう。嘲笑を受けた『ワンダラー』は一度大きく唸るとその身を固め、全身を使って突撃をしてくる。
小さくなったとはいえ、いまだ家くらいの大きさがある『ワンダラー』に全身でぶつかった場合、ただで済むわけがないのは簡単に想像が付く。
しかし、正に全身全霊といった『ワンダラー』の攻撃を見るメープルの目は冷たく、最早嘲笑すら出てこないまでにも冷静に落ち着いている。
「考える事を放棄した攻撃など当たるはずがなかろうて。苦し紛れのぶっぱというのは素人のやることじゃ」
勢いよく迫ってくる『ワンダラー』に怯む事なく、周りに浮かぶカボチャをけしかける。
浄化の光に包まれたカボチャは『ワンダラー』にぶつかると光を強く放ち、悪意を削りながらその役目を終えるかのように玩具の姿へと戻っていく。
まるで自爆特攻のような光景だが、その効果は絶大であり、怪物はカボチャがぶつかる度に焼き鏝を押し付けられたかのように悲鳴をあげ、みるみるうちにトラックくらいの大きさまで体積を減らす。元の姿からすれば10分の1程度の大きさまで減ってしまっただろうか。しかし、そんな状態になりながらも『ワンダラー』は勢いを殺すことなく進み続け、メープルの元まで辿り着くべく動きを止める事はなかった。
自身の被害を省みることなく突き進む意地とも執念ともいえるべき行動は、場合によっては賞賛に値するものだろうが、この場では当てはまることはなかった。何故ならば、勢いのまま憎き魔法少女へとぶつかり確実に捉えただろうという瞬間にその姿が忽然と掻き消えて、代わりに光るカボチャが目の前に現れたからだ。
当然、浄化の光に包まれたカボチャに自ら飛び込んだ『ワンダラー』は被害なしではいられなく、身体の中までしっかりと取り込んでしまったことにより、内部から悪意が消滅していく。
「学習能力がない奴じゃのぅ?ワシが玩具と場所を交換しとるのを見とらんかったのか?」
のたうち回るように暴れる『ワンダラー』の背後から悠々とメープルが現れる。
真っ直ぐに突撃をしてくるだけの攻撃に魔法を合わせることなど造作もなく、当たり前だが素直に当たってやる義理などあるわけもない。単調な攻撃など予想も対処もしやすく、であればスワップをしっかりと発動させる準備もあった為、スワップする対象を魔女人形からカボチャへと付け替えるだけの時間だって貰えた。仮に100回同じことをされたとしても、魔法力さえ足りていれば掠ることすらないだろう。
とはいえ、様々な魔法を惜しみなく使い続けたことによって魔法力の残量が少ないため、無傷という見た目以上には余裕はない。勇者の剣も発動させることももう出来ず、カボチャの残機ももうないため、攻撃手段は玩具のナイフを操るのみだ。
しかし、目の前の『ワンダラー』は元の姿が見る影もなく小さくなっており、今ならば玩具のナイフだけでも容易に倒すことだってできるはずだ。
明らかに瀕死といった様子の『ワンダラー』に近づき、窮鼠が猫を噛む事に警戒をしながらもとどめを刺すべくナイフを構えると、『ワンダラー』が最後の力を振り絞ってか触腕を産み出し放ってくる。
動きも遅ければ、余りにも細く弱々しいそれを、構えたナイフで切り落とす。まるで豆腐でも切ったかのようなあっさりとした感触に、また苦し紛れの攻撃かと呆れ『ワンダラー』に目を向けると、触腕を放った瞬間に脱兎の如く逃げ出し、自身との距離を開けていた。
「ぬぅ!?待たんか!!今更逃げるなどと往生際が悪いぞ!!」
思わずナイフを投げて『ワンダラー』の元へと操作するが、本体に突き刺さる前に次々と産み出された小さな触腕によって軌道を変えられ、致命傷を与えることが出来ない。
箒に跨って追いつこうにも、焦りや魔法力の低下によって満足に速度を出すことが出来ず、ナイフの軌道も精彩を欠き始める。
攻撃の仕方は愚かだった『ワンダラー』だったが、悪知恵が働くのか逃げ方は賢く、建物をすり抜けてどんどんと距離を離され始める。
(まずいまずいまずい!このままでは逃げられる!?)
今までの苦労が無駄になるだけではなく、小さくなろうとも『ワンダラー』は脅威であることは変わらず、被害が広がることは必至だろう。
一直線に逃げているため見失う事は今の所ないが、それゆえに追いつくことが出来ない。
「――――――――」
意趣返しのつもりだろうか、それとも感情が高ぶっているのだろうか。『ワンダラー』の放った音がメープルには笑っているようにも聞こえる。
(あと一歩なのに!届かない!)
意地で投げたナイフは全て建物に突き刺さり、手元に戻す余裕すらないくらいに魔法力が底を付き、『ワンダラー』すら視界から完全に外れてしまいそうになった時、赤く燃える火の壁が『ワンダラー』の前に立ち塞がる。
明らかに異質な炎はこちらまで届くくらいの高温の壁となっており、踏み入れる事を躊躇させるのは容易いだろう。
突然行き止まりが出来た『ワンダラー』は前に進む事が出来ず、急ブレーキをかけて角度を変えようとするが、そうは問屋が卸さない。
「逃がすかあああぁぁ!!」
急に止まることはできないが、その必要もない。乗っていた箒を勢いのまま宙で振りぬき、『ワンダラー』を野球の球のように吹き飛ばす。
全力を出した攻撃はクリーンヒットし、瀕死となっていた『ワンダラー』にとっては致命的な一撃となったようで、ドロドロの身体は一瞬で霧のように霧散し、淀んだ空気も打ち払われる。
静寂によって鎮まる中、ようやくと、メープルは『ワンダラー』を打ち滅ぼした。
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