勇者のお手伝いさん
北区に含まれるE区とF区の境目。ここは他県に繋がる境目でもあり、それゆえに人の往来が非常に多い場所だ。
朝は開発区へと仕事をしに来る人、夜は開発区から自宅への帰宅をする人で溢れかえっており、高層ビルなどの巨大建築物は他区と比べて少ないが、建物の密集具合はさして変わらない為、瞬間的な人口密度が一番高くなる場所でもある。
なので、ゴールデンタイムというには遅すぎる今の時間でさえ、上空から見下ろせば小型以上、中型未満くらいの『ワンダラー』の他に、ふらつきながらも逃げ惑う人々の姿を沢山視認する事ができ、悪意を撒き散らされたことにより道路にも車が所狭しと密集し渋滞を起こしていた。
こんな、日が落ち切っていない時間での『ワンダラー』討伐は久しぶりだ。
普段のこの時間は、深夜よりも活動しやすいであろう委員会の魔法少女に任せているので、気まぐれに散歩がてら近場に出現した『ワンダラー』を狩る時以外は活動をしていない。
通行人の姿も、深夜に比べると当然ならが非常に多く、警察車両や救急車までもが迅速に到着しているのが見える中、いまだ魔法少女の姿はいまだに確認できない。サファイアの言う通りならガーネットが向かっているようだが、まだ時間が掛かるのだろうか。
天敵である魔法少女がいなく自らの進む先を阻む天敵がいない事で、我が物顔で動き回る『ワンダラー』に、人々は悪意に耐えながら避難をしている。しかしながら、昏倒、昏睡状態と思われる人もまばらに確認でき、助けに来た警察や救護の人達も悪意によって満足に近づくことが出来ず、このまま放置していては危険であることは一目瞭然だろう。
明らかにピンチな状況である今、ヒーローがデビューするには相応しい舞台が整っていると言えよう。
ワープをしてからも僕の言い付けを守り、いまだぎゅっと胸にしがみついているメープルをしっかりと抱いて、『ワンダラー』の近くに建っている家電量販店の屋上へと一旦降り、背中を軽くタップして声を掛ける。
「さて、着きましたよ、お姫様。もう目を開けていいよ」
「もう着いたのか。想像はしておったが、本当に一瞬で移動ができるんじゃのぅ・・・」
辺りを見渡しながら感慨深そうにメープルが呟く。
緑豊かな田舎の景色から、無機物ひしめく都会の景色へと変わったので、明らかに長距離を移動したことも分かるだろう。
「まぁ、あんまり言いふらさないでね?面倒ごとは僕は嫌いなんだ」
「うむ。脅されても死んでも言わんわ」
「いや、そこは命最優先でいいよ」
内緒にして欲しいとは言ったけど、命まで賭けて欲しいわけではない。
僕が秘密主義なのであんまり自分の情報を人に知られたくないだけで、例え知られたとしても面倒ごとが少し増える程度のことなので、あんまり気負い過ぎないで欲しい。
「それにしても、さっきから少しだけ寒気がしとるわい。それと、言葉にし難い嫌な感覚もするのぅ・・・」
ゆっくりと地に降りながら僕の腕を掴むメープルの手は少しだけ震えており、声もいつもよりも弱々しく感じる。
魔法少女には悪意の耐性があるとはいえ、これだけ近づけば初めての感覚に戸惑っているのだろう。
「それが『ワンダラー』の放つ悪意だよ。中型に及ばないくらいのサイズだけど、どう?怖くなってきた?」
「ば、馬鹿を言うな!これはただの武者震いじゃ!」
メープルの言葉が強がっているものだというのは分かるが、それでも彼女は強い意思を持った目でこちらを見返してくる。
この意思さえ折れることがなければ、彼女が『ワンダラー』に負ける事などないだろう。
「そう。あんまり怖気付いちゃ駄目だよ?『ワンダラー』は負の感情を増幅させる力を持ってるから、恐れは相手を調子づかせるだけだからね。危険があったら守ってあげるから、落ち着いて戦いなよ」
「う、うむ。じゃが、おヌシにはワシだけじゃなく、他の皆も守って欲しいのじゃ」
屋上に配置された鉄の柵から身を乗り出して、悲痛そうな顔で周辺に倒れている人々を見回しながらメープルが言う。
苦しそうに呻いている者や、全力を尽くして『ワンダラー』からできる限り離れようとしている姿を見て、居ても立っても居られないのだろう。
サファイアも、クォーツも、ガーネットも、そして他の子達も見てても思うが、やはり魔法少女達の心の内には誰かを助けたいという、信念とも言えるような気持ちが強くあるのが分かる。最初に自身の安全から考えてしまう僕なんかとは大違いだ。
「だめかのぅ・・・?」
「あんまりリスクは取りたくないからダメって言いたい所だけど、今日の僕は君のお願いで来たお手伝いさんだし、仕方ないからお姫様の言う通りにしてあげるよ。それに、そのままだと倒れてる人達が気になって集中できないなんてことになりそうだしね」
「ワシはお姫様じゃなくて勇者じゃ!でも、ありがとう!!」
正面から笑顔で抱き着いてくるメープルを受け止める。
あんまり甘やかすのはよろしくないと思うのだが、サファイアに頼まれたことでもあるし、それに、感謝されたり喜んでもらえるのはやっぱり嬉しいので仕方ない。
「でも、ちゃんと覚えておいてね。君が早く倒すことが出来ればその分被害は抑えられるけど、君が負けてしまったら被害はもっと広がるんだから、それを踏まえて迅速よりも安全を心がけて戦ってね?僕は例え他がどれだけ犠牲になろうとも、君を守る事を最優先に動くから」
そういってメープルの頭を軽く撫で、魔女帽子をしっかりと整えてあげた後、背中を軽く押して『ワンダラー』へと向き直らせる。
これ以上の会話は無駄話だろうし、リラックスするのはいいが緩みすぎるのも良くないだろう。
そわそわしている彼女の気を引き締めさせた後、ゆっくりと応援の言葉を掛ける。
「頑張ってね。勇者ちゃん」
「うむ!ワシの活躍に刮目するがよい!」
そう言い放ち、杖を構えたメープルは、魔法を唱えながら屋上から飛び降りる。
彼女の姿を目で追っていくと、どこから取り出したのか箒にまたがりながら、一直線に『ワンダラー』へと向かっていくのが見える。
一度も振り返ることなく真っ直ぐ前だけを見ている彼女は、もう『ワンダラー』を倒すことに集中しているだろう。
「さてと。頼まれちゃったし僕も働きましょうか」
袖口からカードを数枚取り出して魔法の準備をする。
本当はしっかりとメープルの戦いを見学しながら、彼女が危なそうだった時に手を出すなり避難させるなりしようと思ってたのだが、メープルに頼まれてしまった手前周りの人を助けない訳にはいかないので、呑気にはしていられないだろう。
「もきゅを連れてくれば録画もしてくれただろうし、もっといいポジションで撮影したのを見返せたんだろうけどなー。失敗したなー」
いつでも緊急時には助けに入れるように、メープルの動向は見失わない様にはするが、それでも彼女が期待している程には活躍を注目する事は叶わないだろう。
新たなヒーローの活躍をこの目に焼き付けれない事は大変悔やまれる事だが、これから敵に立ち向かう彼女の為にも、後顧の憂いは振り払ってあげよう。
「アクセル。それからアラーム」
普段使いのお馴染み魔法に加えて、新しい魔法を1つ、合わせて2枚のカードを宙に投げて魔法を発動し、屋上から飛び降りてメープルとは違う方向へと向かう。
生活魔法『アラーム』。自身や物などに付与して、特定の条件を満たした場合に警告音で知らせてくれる便利な魔法だ。
本来の用途は目覚ましだったり、タイマーだったりの時間を指定したり、火災や震災が発生した際などの条件を定義して使える魔法なのだが、今回の指定対象はメープルに付与し、彼女の身に危険が迫った時に鳴るようにしている。教科書を見返した時に便利そうなので作ってきた魔法だが、基本的には自分の目と感覚で監視するので、あくまでこれは保険だ。
それと、委員会の魔法少女と野良の魔法少女が一緒に行動しているのを見られるのは色々と不都合なので、メープルとはあくまで関わりのないように振る舞う必要がある。
委員会の存在が世間に公開されてからは、噂としてではなく真実として、段々と魔法少女の名前や姿が知られている。委員長であるサファイアなんかはテレビで報道されたり、インタビューに答えたりなどもしており、このままいけばそのうち、委員会にはどんな魔法少女がいるかの全貌も明らかになるだろう。
ただでさえ僕は、ネット上などでは名の知れぬ謎の黒い魔法少女――ブラックローズの名乗りを上げてない為、として噂になっているので、ブラックローズが委員会所属の魔法少女ではないという事はそのうち知られることとなるだろうし、なんなら一部の人には推察され始めている。
評価だって好ましいものは多くあるものの、委員会の子達のように愛想が良い訳でもなければ、悪意に苛まれる人に声を掛けるようなこともせず、その上警察や救急隊員の方々とですら協力している様子もない。 ただただ『ワンダラー』という怪物を淡々と――僕としては楽しんでいるのだが、処理する姿に対して、薄気味悪いだとか不気味だとか、おおよそ好ましく思っていないだろう意見も頂いている。ヒーローに対してなんて評価をしやがるんだ。
そんな中、委員会と関係があると勘違いされるのは僕としても面倒だし、向こうにしても好ましくないだろう。というか、これ以上サファイアの心労を増やすわけにはいかないので、ここまできたならばいっそのこと、委員会から僕とは無関係であるという主張をして欲しい。
別段進んで不利益をもたらそうと考えているわけではないが、僕のやり方は委員会と相いれないことはあるだろうし、これからも自由気ままにヒーロー生活を送るためにも避けられる所は避けていきたい。
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