夢の世界へようこそ

 扉を抜けた先は、まるで様々な宝石の結晶で出来た駅のホームのような空間だった。

 床は大理石のような頼りがいのある見た目をしているのだが、天井や壁はガラス張りになっているかのように透明性のある素材で出来ており、また、宙へ浮いている様々な光が非常に綺麗かつ幻想的で、魔法の世界というのを端的に感じさせてくれる。背後には、そこには先ほどまであったはずの扉はなく、代わりにどうやって開けるかも分からない馬鹿みたいに大きな扉があった。

 右も左も天井も、自分が小人になってしまったかのように規格外な広さ、大きさをしているが、世界中から魔法少女が集まるとのことなので、玄関口はこれくらいの広さが必要なのかもしれない。

 きょろきょろと辺りを見渡すと、自分たち以外の他にも魔法少女らしき人が見え、雰囲気からもここが各地のゲートの集まる場所であることが伺える。


「さて、ローズちゃん。ようこそ、魔法少女学校へ!とはいっても、ここはまだエントランスだから、まずは受付に行こう」

「わかった。なんていうか、綺麗なところだね。でも、はぐれたらすぐに迷っちゃいそうだ」

「とっても広くて人も集まる場所だから、ローズちゃんくらいの身長だとはぐれたら見つけられないかも。手離さないようにしようね」


 混雑というほど人々がせめぎあっているわけではないから、人込みに流されるという事はないだろうが、初めての場所だし、はぐれたら迷子になる自信もあるのは確かだ。だからといってあまり子供扱いをしないで欲しい。

 大人しくクォーツに手を引かれるままついていくが、その道中でも見たことない物が沢山あり目移りしてしまう。

 その中でも特に気になるのが、魔法少女らしき子達だけでなくThe社会人のような恰好をした大人の姿がちらほらと見えることだ。

 お店というわけではないだろうが、様々な人種の大人がそれぞれに固まっており、受付のような作業をしている。

 よく見ると、集まっている場所の後ろには大きな扉らしきものがあり、そこから入ってくるだろう人をチェックしているようにも見える。

 魔法少女達は超人的な力を持っているとはいえ子供なので、その子達だけで全て完結させるのは確実に無理があるだろうから、魔法少女委員会のように大人と連携しているだろうという予想はあったのだが、魔法少女学校という別世界にまでスーツ姿できっちりと揃えている大人達がいる光景は、なんというかギャップが凄い。


「あの扉の前にいる大人の人たちはね、ゲートから入ってくる人たちの受付をしてるんだよ」


 僕の興味津々な視線に気づいたのだろう。クォーツが楽しそうに色々と説明をしてくれる。


「ゲートって、さっきクォーツが出したみたいな?」

「ううん。わたし達魔法少女が出すゲートは、ポータブルゲートっていって、どこでも呼び出せる代わりに入口しかないんだ。あそこにあるゲートはメインゲートって呼ばれてて、それぞれの国に設置された出入り自由な扉に繋がってるんだ。でも、勝手に入ってきたら困るってことで、大人の人たちが受付してるんだって。ローズちゃんも、帰りはメインゲートを通って特区までいくことになるよ」

「なるほど」


 元の世界と魔法少女学校の世界を繋げているゲートはここで管理されているのか。まぁ、行き来自由なゲートを好き勝手に使われたら問題が起きそうだし、ああして国ごとで受付という形で管理しているのだろう。

 世界中の人が集まるっていうのは大変そうだなぁ。


「ローズちゃんは、まずは日本の受付場所まで行ってもらうね。わたし達魔法少女は必要ないんだけど、一般の人たちは出入りの記録をしないといけないんだって」

「おっけー」


 魔法少女はポータブルゲートで自由に出入りできるし管理しきれないのだろうか。もしかしたら別の理由があるのかもしれないが、これならブラックローズで侵入しても問題なさそうだ。しめしめ。

 どうやって情報を集めるかなんて想定は捨て置いてただ侵入する事だけを考えていると、目的の場所へ到着したのかクォーツが立ち止まる。

 目の前には先ほどいた大人達と同様に、扉の前に日本人らしきスーツ姿の人が数人、受付のように構えていた。


「さてローズちゃん。わたしは委員会の人を呼ぶために一旦離れるから、その間に受付の人にやり方を教えてもらってね」

「おっけー」


 クォーツは手を振って離れた後、受付の人と何かを話し、そのまま奥の扉へと向かっていった。

 魔法少女達は多分全員知られているのだろう。警備の役目をしてそうな人たちに何を止められるでもなく、家へ帰宅するかのような足取りで扉の奥へと消えていった。


「貴女はローズちゃんかな?」

「はい、そうです」


 受付にいた女の人が、膝を曲げて目線を合わせながらこちらへ問いかけてきた。

 手に書類を持ちながら何か照らし合わせているようにも見えるので、僕が成人しているということは理解しているのだろうが、まぁ、見た目子供しか見えない相手に上から声を掛けるのも外聞が悪いのだろう。ここには沢山の目線が通っているし。

 僕は大人だから、そういったことにも気を遣えるのだ。僕は大人だから。

 クォーツが帰ってくるまでの間、受付の人の指示に従って簡単な書類にサインをして、受付を済ます。






「おまたせー!待たせちゃってごめんね」

「いや、そんなに待ってないよ」


 必要な書類に記載したり簡単な質疑応答を終えた後、少々の待ち時間があったので受付の人に勧められるがままに、オレンジジュースを頂きながらクォーツの帰りを待っていた。

 とはいえ、クォーツに言った通り待っている時間はそこまで長くはなく、むしろ残されるオレンジジュースがもったいないので一気に飲み干す必要があった程だ。

 口の中がオレンジでいっぱいになりながら迎えると、クォーツの他にもう一人、中年の男性がこちらへ向かってくるのが見えた。多分彼が、委員会の人とやらなのだろう。


「初めまして、ローズ君。私は飯田五郎という者だ。魔法少女委員会の部長、一応トップを任されている」

「初めまして、ローズです。魔法少女委員会ってなんですか?」

「あぁっと、申し訳ない。何と説明したものか・・・そうだな・・・。日本政府の魔法少女達を管理している部署、という認識でいてもらうといいかもしれんな。まだ正式に発表されたわけではないが、そのうち世間にも公表されるだろう。日本にいる魔法少女達は全員、この魔法少女委員会に所属しているんだ。だから、魔法少女という存在はローズ君にとって馴染みがないかもしれんが、我々人類の味方として政府の名の元で暗躍しているんだ」


 日本にいる魔法少女達は全員委員会に所属しているというところには突っ込みを入れたいが、野良の魔法少女が何か問題を起こしたら委員会の人が代わりに責任を負うのかもしれない。

 そう思うと、目の前の中年はどこか疲れ切った表情をしてるのが分かるし、魔法少女なんて子供の、しかも女性がたくさんいる場所で仕事をしているのは肩身が狭そうだ。


「そうなんですね。お疲れ様です」

「あぁ、いや。とにかく言いたいことは、魔法少女は巷で言われている謎の存在ではなく、きちんと国に所属している正式な正義の味方ということだ。これから案内する場所で色んな約束事や書類にサインをしてもらうことになるんだが、それも国が正式に行っているものなので、安心して欲しい」


 なんとなく同情の気持ちありつつ心の中で労っていると、望んでいたリアクションではなかったのか困惑しながらも、これから何をするのか説明しながら、魔法少女学校の本校舎まで案内をしてくれる。






「でっかーい。というか、これが学校なの?」

「そうだよ!すごいよね!お城みたいだし、特区と同じくらいの大きさがあるらしいよ!」


 お城みたい、というよりはまるっきりお城だろう。

 学校と聞くとイメージするのは四角いものや凸の形をしているものをイメージしていたのだが、目の前にあるのは高い城壁に囲まれた複数のお城の集まりだ。

 どこまで広がっているか分からない程の大きな敷地に、そびえたついくつもの尖塔。古臭さはまったく感じないファンタジー溢れる光景は、新しいテーマパークと言われても信じてしまうだろう。


「これ、全部が校舎なの?」

「えっと、そうなんだけど、正直半分も使ってないんだ。あまりにも大きすぎるから、使っているのは大体、目の前の本校舎だけかな」


 さもありなん。魔法少女が世界中にどれくらいいるのかはしらないが、どんな大学のキャンパスですら軽く凌駕するだけの校舎?の数々は、どう考えても手に余るだろう。

 そもそも本校舎と呼ばれる目の前のお城ですら、頭を上げて目線を真上にしないと頂上が見えない――そうしても結局見えなかった、程の高さをしているし、奥行きだって目測じゃ全然測れない。

 クォーツの言う通り、半分も使ってないのは当然だろう。それぞれが好き勝手に部屋を使ったとしても余りそうなくらいだ。

 そう考えると、この魔法少女学校という建物は、秘密基地にぴったりとも言えるな。魔法少女達がそういった物を作っていると思うと、すごくワクワクしてくる。


「それでは、少々ここで待っていて欲しい」


 校舎内へ案内されたあと、複数並んでいる扉の中の一室で待機しているようにと言われる。

 長机や椅子が並んでいる部屋の中は意外と普通の教室感があり、ここだけ見れば学校として機能は十分にありそうだ。教師がどの程度いるかは知らないけど。

 生徒50人くらいは入れそうなこんな広い教室を3人で使っているなんて贅沢が過ぎると思うが、これでも一番小さい教室らしい。大は小を兼ねるなんていうが、機能的にはともかく心情的には寂寥感が半端ない。

 長椅子にクォーツと隣同士で座り、まるで小学校の三者面談の時を思い出しながら、その時がくるのを待つ。


「委員長が来たら始めるので、ちょっとだけ我慢して欲しい」

「委員長?」

「そうだ。魔法少女委員会の大人としてのトップは、一応は私が勤めているのだが、魔法少女としてのトップは委員長が務めているんだ」


 そういえば目の前の人は部長と言ってたが、委員会なのに部長なのかとは思った。

 それにしても委員長か。僕の頭の中にはメイドちゃんが『いーんちょー』と言っている姿が思い浮かばれる。まさか院長という言葉を言っていたわけではあるまい。

 いや、現実逃避はやめよう。もう分っている。今ここに向かってきている気配はもう何度目か分からない邂逅によって既に覚えてしまった。

 近づいてくる足音が教室の前で止まり、扉が軽く二回ノックされる。


「失礼します」


 気配だけでなく、この凛とした芯の通った声も、いつも不機嫌そうにしているその表情も、最早見飽きたぞ。

 目を向けた先には当然、魔法少女サファイアが立っている。貴女いつ寝てるんですか。

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