死は不平等

「お久しぶりです、ローズちゃん。魔法少女サファイアと申します。覚えてらっしゃいますでしょうか?」

「はい。しっかり覚えています」


 本当にしっかり覚えている。

 僕にとっては『ワンダラー』よりも印象深いし、なんならワンダラー』よりも苦手なので忘れるはずもない。

 まぁ、もしかしたら彼女がこの場にくるんじゃないかと初めから予想はしていたが、当たって欲しくはなかった。

 ローズとブラックローズが同一人物などと欠片も思ってはなさそうだが、ブラックローズと一番関わっている人物でもあるので、どこでボロが出るか分からない。

 出来るだけ大人しく、お淑やかでいよう。


「それでは、始めましょうか。まずこの場には、魔法少女連盟の代表として私、サファイアが、魔法少女委員会代表として飯田五郎さんが、そして今回の対象者である魔法少女クォーツと、そのご友人であるローズちゃんに集まって頂いております」

「魔法少女連盟?」


 委員会の次は連盟か。色んな組織があるのは分かるが、サファイアは委員長だし、魔法少女委員会の代表じゃないのか。


「そうですね。本題に入る前に私達の立場から説明しましょう。まず、魔法少女と呼ばれる子達は皆、それぞれの国の組織に所属しています。日本であれば魔法少女委員会であり、私やクォーツもそこに所属しています。そして、その国の組織とは別に魔法少女連盟という組織の所属もしています。この連盟というのは世界中の魔法少女達が所属しているものであり、それぞれの国も魔法少女を支援するという名目の元所属して貰っています。ですので、魔法少女は基本的には国ごとの組織の方針に従って動きますが、連盟の方針に背くような行動指針は取れないようになっています。これは、魔法少女の人権を守るための措置だと思ってください」


 複雑な話だが、要するに国が魔法少女を好き勝手使うようなことはできないということだろうか。

 まぁ、僕もお国の為だからと戦わされる魔法少女がいるのは嫌だとは思うが。


「今回こうして集まって頂いたのもその一環であり、連盟の代表である私が、日本の組織である魔法少女委員会と、魔法少女クォーツとそのご友人の契約を見守るためにいます」

「契約、ですか?」

「はい。といってもクォーツやローズちゃんが特別何か縛るような契約ではございません。前に伝えた通り、魔法少女の秘密を話さないようにして頂ければ問題ないものです。それにどちらかといえば、これはお二方を守るための契約と思ってください」


 契約、と聞くと身構えてしまうのは仕方ないと思う。

 魔法少女や政府の役人さんが詐欺まがいのことをするとは思いたくないが、無知を食い物にする悪鬼はどこにでもいるというのを、この歳になれば流石に知っている。

 僕達を守るためにというのはデパートの時に言っていた気もするが、詳細を聞かないと無条件にイエスとは言えない。


「そうですね。本題に入る前に、何故このようなことが必要なのかのお話をしましょう。クォーツの正体を知っているローズさんは、魔法少女がどこにでもいる普通の女の子であるということは理解して頂けてると思います。それは他の魔法少女も例外ではなく、ここに来るまでに見た魔法少女達は超人的な力を持ちながらも、その実態は普通の少女に変わりはありません。当然、家庭がそれぞれにあり、大切な人がいるわけですが、これらの要項は魔法少女にとって弱みにもなります。実際にあったことで例題を出すならば、魔法少女の家族が人質になったことでその魔法少女は命令に従わざるを得なくなり、結果、国に殺されてしまうという事件がありました。こうした出来事は複数確認されており、『ワンダラー』によって亡くなった魔法少女は未だいませんが、人類によって殺される魔法少女が複数いるのです」


 一気に話がブラックになってしまい、気分も空気も落ち込んでしまった。

 戦いを続けていればいつかは死んでしまう魔法少女が現れるとは思っていた。

 しかし、人類に利用されて亡くなる魔法少女がいたという事実は、結構心にくる。

 一体ヒーローを何なのだと思っているのだろうか。

 この話を聞く限りだと、魔法少女にとっては『ワンダラー』という悪意の塊よりも、人類の悪意のほうがよっぽど脅威だろう。


「クォーツや貴女に迫った『関係を絶つか絶たないか』という選択も、その弱みや人質になり得るかの確認です。そしてクォーツもローズちゃんも、それぞれ大切な友人であり続けることを選びました。ですので、我々連盟は、その関係を利用されないようにするためにそれぞれの組織、今回であれば魔法少女委員会に注意勧告と共に、契約によって縛ることにしています」

「簡単に言えば、我々委員会は君に手出しをしてはいけないし、君に危害がいかないように守る責務が発生するという訳だ。当然、勝手にそういったことをすることはできないので、こうして契約の場を設けて、同意して貰った上でとなるが。まぁ、さっき委員長も言っていたが契約したからといって君が特別何かする必要はないし、君の行動を監視することも制限することもない。魔法で契約をするために必要な段取りだと思って欲しい。

「魔法の契約?」


 聞いたことない単語や事柄が多すぎて、疑問を投げかけるだけの機械みたいになっているが、疑問に思う事がどんどん出てくるのだから仕方ない。

 やっぱり無知はよくないな。他の魔法少女達に情弱と言われてしまいそうだ。

 疑問符がたくさん頭の中に浮かぶ中、サファイアが手に持つ書類をこちらへ渡してくる。

 『まほうのけいやくしょ』と読むことの出来るそれは、へんてこな文字で書かているにも関わらずその内容が理解することが出来、明らかに魔法が使用されていることが分かる。

 ざっと見る限りでは僕に負担は特になく、逆に委員会に対してはかなり抑圧するような内容の契約となっている。


「ローズちゃんには、この魔法の契約書にサインをしてもらいます。読んでいただければご理解して頂けると思うのですが、先ほどの説明通り、ローズちゃんにしていただくことは魔法少女の秘密を誰にも伝えないという一点だけです。もし契約を破ってしまった場合、魔法の力によってそれが分かるという仕組みになっています。その時点で重い罰則があるという訳ではないですが、場合によってはこちらから注意が行くと思ってください。それと、飯田さんにはこちらを」

「ほいよ。まぁ、こっちは何の変更もなければいつも通りで問題ない。それじゃ、ローズ君はよく確認してからサインをしてくれ。勿論、断ることもできるんだが、その場合は魔法少女との関わりを絶ってもらうことになる」

「大丈夫です。確認しましたが、本当に僕がすることは何もなさそうですので。魔法少女の秘密は元より誰に話すつもりもありませんでしたし、僕はクォーツと友人でいたいと思ってますので断りません」


 契約書に目を通した後、指示されるように自分の名前のサインをする。ローズって名前書くの違和感しかないな。

 契約なんて堅苦しい言い方をしていたが、僕に対して書かれていたのは正直約束事程度の物だったので身構える必要はなかった。

 しかし、こういったことが必要になるくらいには、魔法少女とその身近にいる人物は、いいように利用される可能性があるということだろう。

 頼むから僕を狙わないで欲しい。撃退することはできても魔法少女とバレるのはよくない。


「全ての書類にサインの確認ができましたので、これにて終了です。お疲れさまでした。ローズちゃんはもし何か疑問に思う事がありましたら、ここの3人の誰でもいいのでご連絡をお願いします」

「お疲れ様。ローズ君、もし誰かから魔法少女について教えろみたいな話があったら、ここに電話して欲しい。もちろん、その他魔法少女関連でのトラブルも同様に連絡して欲しい。委員会で君の安全を保護することを約束する」


 サファイアと飯田さんが椅子から立ち上がると、名刺のような四角い紙を渡してくる。魔法少女委員会等の肩書はなく、名前と電話番号が書かれただけのものだが、魔法少女関連のトラブルはここへ連絡すればよいのだろう。サファイアから渡されたものは名前ではなく連盟と書いてあるが。

 もしそんなことが起きても連絡したくはないんだが。

 魔法少女に繋がることは書かれていないとはいえ、落とさないように気を付けないと。


「クォーツ。ローズちゃんを特区まで送って行ってあげてください。ローズちゃんは、申し訳ございませんがご自宅までは電車での利用をお願いします。切符はご用意していますので受付でお受け取り下さい」

「はい!失礼します!ローズちゃん、いこっ」

「うん。本日はありがとうございました。それでは、失礼します」


 硬い雰囲気が苦手なのか、会話の最初から最後まで顔色を変える以外は身じろぎもせず、サインを書くときもカチカチになっていたクォーツが、サファイアの言葉によって解き放たれたかのように動き出す。

 勢いよく立ち上がると挨拶もそそくさに済ませ、僕の手を取って出口へと引っ張る。

 抵抗する気は毛頭ないが、魔法少女の力で引っ張られた僕は引きずられるように教室の外へと連れ出される。


「ふぅ。ああいう雰囲気、苦手だよー。緊張しちゃうよね」

「クォーツ程極端じゃないけど、僕もあまり好きじゃないかなー。色んな話が合ったけど、魔法少女って大変なんだね」

「そう、だね。どうしてみんな、仲良くできないのかな・・・」

「僕は魔法少女について詳しくはないけど、利権とか政治とかきっと色々あるんだろうね」


 魔法少女なのに本当に詳しくない。

 魔法少女の死者がいることも知らなかったし、国が利用しようとしていることも知らない。そして、連盟というものが、各国をけん制していることも知らない。

 僕の知らないところで、魔法の世界は動き続けている。

 そこに関われないことは非常に悔しいが、それとは別に嬉しいこともある。魔法少女連盟の存在だ。

 沢山の魔法少女がいることは知っていたし、今日実感することも出来た。そして、その子達を守るために魔法少女連盟という存在が出来たのだろう。

 それはきっと、今日と同じようにヒーローを守ろうとしている人たちによって作られたものだろうし、魔法少女達を害そうとする人たちよりも、ずっと多いはずだ。

 そういったヒーローを中心とした組織が大きな存在となっているのは、僕にとっては感動的だし、すごくワクワクする。

 それに関わることが出来ないの本当に本当に残念だが、そういったことに積極的に関わりたいなら野良を辞めろよというところであろう。まぁ、それはそれ、これはこれだ。

 僕は自由のほうが好きだし、そっちを選択する。


「あ、そうだ。ローズちゃんも、困ったことがあったらなんでも連絡してね。わたしが、駆け付けるから!」

「あー・・・。また同じように『ワンダラー』が出たらお願いするね?」


 魔法少女を利用する輩がいるといった話の後だと、積極的に呼び出すことに後ろめたさを感じる。いや、元から呼び出すつもりはないのだが。

 目の前の小動物のような少女は、悪い人に特に利用されやすそうなのでに気を付けて欲しいな。

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