おっちょこちょいな道先案内人
「よし、こんなものでいいかな」
部屋のオブジェと化していた魔法の本を全て秘密基地である図書館に移動して一息を着く。
普通の紙で出来た本、羊皮紙の本、金や宝石をふんだんに使われた馬鹿みたいな本、何かよく分からない奇妙な本。様々な装丁やデザインがされているが、全てに言えるのはとにかく厚くて重いということだ。
超人的身体を手にしたからいいものの、常人でこの作業をしていたら途中で投げ出してしまっているだろう。
図書館にさえ持ち込んでしまえば後は自動的に並べてくれるようで、とにかく押し入れに片っ端からいれることで元々の部屋へと戻すことができた。
本日は魔法少女達と約束した日だ。何をするのか分からないが、まとまった時間が欲しいということと、迎えに行くから自宅にいて欲しいとのことなので、部屋の片づけをしている。
この前、積んでいた本が雪崩を起こしてしまい、床にぶち撒けられた状態でそのまま放置していたわけだが、こんな散乱した状態の部屋に人を呼ぶわけにはいかないし、そうじゃなくても、魔法の本など人目に付かせるわけにはいかない。
おもてなしをするわけではないが、汚部屋と思われるのも外聞がよろしくないので、魔法の本に限らず部屋の掃除を行っている。
とはいえ、魔法の本を片づけてしまえばあとは簡単だ。
変身をして銃を取り出し、銃弾をセットして引き金を引く。
「クリーン!」
生活魔法という便利魔法の一つ、クリーン。名の通り、対象を綺麗にしてくれるという、主婦におススメしたい魔法だ。
魔法が発動されると同時に軽く風が吹き、埃や汚れが瞬時に消えていき、皺になっていた絨毯やソファもぴっちりきっちりと整い、新品のように綺麗になっていく。
しばらくして優しい風が止むと、部屋の見本として雑誌に乗せられそうなくらい整った空間が現れる。見る人が見ればきっと、なんということでしょうという感想を頂くことができるだろう。
この魔法は本人の記憶や部屋に刻まれた記録から整った状態を呼び起こし、それを設計図に魔法を発現させるという意外と複雑な仕組みの魔法だ。
本来は物や空間を別々に分けて一つづつ魔法を発動していくのだが、めんどうなのでまとめてやってしまった。
ちなみに魔法の本を先に片付けたのは、魔法同士が干渉する可能性があるので念のためにどかしたほうがいいともきゅに言われたからだ。そういわれると図書館でワープ使ったのが不安になるのだが、魔法の本は高いところに設置され、干渉しないようになってるらしい。
時間はかかってしまったものの、一仕事終えた後は気分がいい。
お昼ごろというのがどのくらいか分からないが、とにかくご飯だけは済ませないと。
「お昼までに間に合ったぞー。ご飯にするぞー」
「昨日のうちにやったほうがいいってもきゅはいったっきゅ。こんなギリギリまで放っておくなんてだらしがないっきゅ」
「僕は夏休みの宿題も最終日にやるタイプなんだよ」
まんじゅうに人間の心理は理解できないかと思ったが、よくよく考えたら好奇心趣くまま研究に手を付けていく妖精なら、きっと同じようなことをしたことがあるはずだ。
どうせもきゅだって、好きな事してるときは掃除なんてしないで放置するタイプだ。間違いない。
「不名誉なレッテルを勝手に張られてる気がするっきゅ」
「気にしない気にしない。おっひるー」
もきゅの疑惑の目を無視してストアを開いて、目ぼしいご飯を探し出す。悩んだ結果、今日のお昼ご飯はシチューだ。ストアで購入したらレトルトタイプの袋で出てきたのだが、開けてお皿に盛り着けるだけですでに完成した暖かい物が出てきた。ご飯も別売りの物を買って盛り付ければ、ほんの数分でシチューライスの完成。
お味の方は当然美味で、野菜が沢山はいったシチューは飽きない味で楽しませてくれる。
「料理しなくていいのは助かるね」
「お湯で温めるなんて面倒な工程は必要ないっきゅ」
いや、流石にその程度のことを料理といった訳ではないのだが。
料理を欠片もしたことのなさそうなまんじゅうは、おいしそうにシチューを頬張っている。
僕は自炊だってすることができるんだが、そんなことよりストアの美味しい料理のほうが大事なので、聞かなかったことにして堪能する。
「そろそろかなー。時間指定してもらったほうがよかったかなー」
「ローズは色んなところが抜けてるっきゅ。不安ならクォーツにでも聞けばいいっきゅ」
シチューを食べ終わった後、迎えがいつ来るか悩んでいると、もきゅから鋭い突っ込みを受けた。
しかし、そんなこと言われても、連絡先を交換したはいいけど電話だろうがメールだろうが、なんて連絡すればいいかわからないのでそのままになっているのだ。
中学生とのやり取りなど、きっかけがないと僕にはハードルが高すぎる。
せめて小鳥遊ちゃんから何かしらアクションがあればいいのだが、向こうももしかしたら同じように待っているのかもしれない。予測建てはできるが、僕から実行には移せない。
まぁ、今日訪ねてくる事は確定しているので確認する必要はない。デザートでも食べて優雅に待って居よう。
最近は朝昼晩と、食後にはデザートとしてアイスを口にする。太らないという利点があるのをいいことに、甘い物への執着がどんどんエスカレートしているのだ。
歯止めが効いていないのは理解しているが、止める必要もないと放棄しているので、主食がアイスになる日も近いかもしれない。
そんな本日のアイスのフレーバーはイチゴのアイス。強めの酸味が甘さを引き立ててくれる絶品だ。
もきゅの食べているハチミツフレーバーの物と交換しながらゆったり味わう。
「アイスってなんでこんなにおいしいんだろうねー。毎日アイスだけでもいい気がしてきた」
「それにはもきゅも賛同っきゅ。アイスなしじゃ生きられないっきゅー」
実際そんなことはしないだろうし、甘い物だけじゃなく色々な味が欲しくなるだろうが、高級品なのも相まってその評価は留まることを知らず、甘いものの正義が食べ物ヒエラルキーの頂点に君臨し続けている。
手のひらサイズのカップアイスは結構な量があるはずなのだが、気づいたらペロリと一つ食べきってしまい、口に咥えたスプーンの行先がなくなってしまった。
空になってしまったカップを見ながら、今日は特別にもう一つ食べようかと冷蔵庫へ向かおうとしたときに、待ち侘びていた玄関のチャイムがようやくと鳴る。迎えの時間が来たという事だろう。
確かに待ち侘びていたことは間違いないのだが気分は次のアイスに意識がいっていたため、後ろ髪を引かれる思いで泣く泣くと玄関まで出迎えにいく。もきゅが2つ目のアイスを取り出しているのが恨めしい。
玄関のドアノブを捻り、チャイムを鳴らした人物を迎えると、そこには皆のヒーロークォーツこと、小鳥遊桃が笑顔で立っていた。
「ローズちゃん!お迎えに来ました!えっと・・・お食事中だったかな?」
「ん?あぁ、大丈夫だよ。とりあえず上がってよ」
「そう?お邪魔します」
アイス欲しさにスプーンを咥えたままだったのを指摘されてしまった。
恥ずかしさを誤魔化しながら中へと案内してしまったが、迎えに行くという話だったので僕の家じゃなくて他の場所で何かするのだろう。小鳥遊ちゃんしかここには来ていないようだし。
小鳥遊ちゃんは家の中をきょろきょろと見渡しているが、珍しい物でもないし少し落ち着いて欲しい。
取り合えずソファに座って向かいながら、話をすることにしよう。
「それで、僕はどうすればいいのかな?」
「え、あっ、えっとね!わたしが、迎えに来ました!」
嬉しそうに両手を広げて笑顔で答えてくれるのはいいんだが、それじゃまったく分からないです。
サファイアもそうだったのだが、魔法少女達はもしかして細かい話を省いて圧縮言語で話をする癖があるのかもしれない。いや、メイドちゃんは突っ込みを入れていたから違うとは思うんだが。僕の理解力が乏しいとは考えたくない。
迎え役としては致命的に説明不足な小鳥遊ちゃんは、自身が何かおかしなこといったのかと首をかしげて疑問に思っているようだが、僕がどうすればいいのか教えて欲しいんだけど。
初対面の時に感じた大人しさや顔色の悪さは感じず、今はちょっと抜けてるが元気で可愛い子といった印象を受ける。多分、これが本来の小鳥遊桃という子なんだろう。
待っていても答えは出なさそうなので、もう一度彼女へ問いかける。
「迎えに来てくれて嬉しいんだけど、これからどうするの?お昼は食べたからいつでも大丈夫だけど、どこかへ移動するの?」
「あっ、そうだった。えっとね、魔法少女は、ゲートっていうのを開いて、魔法少女学校っていうとこへ繋がる道を開けるんだ。今日は、そのゲートを開くために、わたしが迎えに来ました!」
「魔法少女学校なんてあるんだ。すごいね」
迎えってそういう事か。つまり、僕はこれから魔法少女学校までいくのか。一度は見てみたいと思っていたからすごく楽しみだ。
ついでに色々情報が集められるといいな。
もきゅが精霊一人になってしまってからは他の魔法少女や委員会の情報がめっきり手に入らなくなってしまった。
真化とかいう意味不明な『ワンダラー』もいたし、ぶっちぎりでイカれていた魔女っ娘みたいな野良の子もいないとは限らない。
サファイアに情報交換のため招待をされているけど、一方的に情報が欲しいだけなので、出会わない選択肢が取れるのであればそちらを選びたい。
最低限、ブラックローズが侵入してもバレないかを確認しておきたいな。警備とかないのであれば、勝手に入って勝手に情報だけ頂いていくこともできる。僕も魔法少女の端くれなので、学校までのゲート開けるはずだし。一度も使ったことないから確証はないんだけど。
「それじゃ、小鳥遊ちゃんが開いたゲートで魔法少女学校まで行けばいいのかな?」
「うん!何度も開いたことはあるから、失敗はしないよ!それで、これから開こうと思うんだけど、準備はいいかな?」
「大丈夫だよ。最低限の物は持ったから」
一応出かける服装にはしてあるし、お財布と携帯2種も持ってある。
本日の髪型は縛らずにリボンだけをアクセントにしたシンプルなものだ。可愛い。
「それじゃ、玄関の扉をゲートにしちゃうね!あ、すぐに元に戻るから心配しないでね」
「よかった。いつまでもそのゲートってのになっちゃったら困るとこだったよ」
「大丈夫です!このわたしに、おまかせください!まずは、変身!」
彼女が変身を唱えると、どこにでもいる普通の少女から、魔法少女クォーツへと姿が変わる。
「そしたら、ゲートを開きます!」
クォーツが携帯を弄ると玄関の安っぽい扉が、一瞬にして木のしっかりとした作りの扉へと変わる。彼女がノブを捻って先を開けると、外の世界ではなく見たことのない景色が、まるで蜃気楼のように揺らめいていた。
扉を大きく開いた彼女は、そのまま僕の右手を掴んで、離さないようにとしっかり握ってくる。
「本来ゲートは開いた魔法少女しか通れないんだけど、手を繋いでれば他の人も入れるんだ。ということで、お手を頂戴いたします!あ、途中で離しちゃだめだよ?何が起こるかは知らないけど危険だって言われてるから」
「怖い事言わないで欲しいなぁ・・・」
魔法少女学校は別の世界にあるということをもきゅに聞いたが、その世界を繋ぐゲートの途中で手を離したらどうなるのか。
仕組みについてはまったく詳しい訳ではないが、僕の想像する限りだと絶対にロクなことにはならないだろうな。
クォーツが握ってくる手を絶対に離さないように握り返しながら、あと、もきゅを忘れないように逆の手でこっそりと握りながら、先導する彼女に続いて恐る恐ると扉をくぐる。
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