勇者の特権
「色で判断するのは良くないと思うよ?」
「色どころか杖も持ってない上に魔女帽子も被ってない。おぬしのどこが魔法少女なのじゃ」
この子はきっと現実の魔法少女を知らず、理想のイメージの魔法少女しか認めてないのだろう。僕の知っている限り、杖をメインウェポンにしている子はそこそこ見るが、明らかに『わたしは魔女です』みたいな帽子や恰好をしている子はいない。
まぁ確かに、その基準で言えば僕も紅姫、もといガーネットも、魔法少女には見えないだろう。杖は持ってないし、武器は剣とか銃とか刀とか、可愛らしくない物だ。衣装だってローブがあるわけじゃないし、僕はともかくガーネットは可愛いよりも綺麗目なデザインだ。
とはいえ、仮に僕が魔法少女じゃなくても、一般人の可能性だってあるのだから、いきなり魔人扱いするのはよろしくないだろう。
「んー・・・取り合えず自己紹介しない?僕はブラックローズっていうんだけど、君のお名前は?」
「ふん。よーく聞くがよいわ!わしの名前は魔法少女勇者カエデ、貴様らを滅ぼす勇者の名じゃ!」
「魔法少女勇者カエデ・・・?カエデちゃん?」
「勇者カエデと呼ぶがよい!カエデちゃんではいつもと変わらんじゃろうが!」
勇者なのか魔法少女なのかはっきりして欲しい。それはそれとして、いつもと言われても困るのだが、きっと本名がカエデなのだろう。そして、ガーネットと敵対?していたあたり、最近魔法少女になった子なのだろう。
委員会に所属しているなら、ガーネットに反発する理由などないし、当然本名で魔法少女として活動するリスクを犯させるような真似はしないだろう。そもそも魔法少女がどんなものかの理解が薄い時点で御察しだ。
とすると、彼女は野良の魔法少女として扱うのがよいのだろうが。
しかし、そうなると僕の出番は一切ない気がするな。
ガーネットの時もそうだったが、僕が出来ることなど野良の魔法少女を見かけても委員会を紹介する程度だ。あの時はサファイアに任せたが、今回はガーネットに任せてしまえばいいと思うんだが、しかし、そのガーネット自身がヘルプを要求している。
「勇者カエデちゃんは、魔法少女委員会は知っているかい?」
「そこのハレンチ女が何やらいっておったのぅ。魔法少女は委員会に入らないといけないやらなんやら。つまり、おぬしらはやっぱり、その委員会とやらのお仲間ということか?」
「いや、僕は仲間じゃないんだけどね」
「はぁ?もしやこのワシを謀っておるのか?子供と思うてバカにしとるのか?」
困った。そもそも説得力がなかったようだ。
まぁ確かに、委員会に所属してない奴が「所属しなきゃいけないよ」なんて言ってる意味が分からないだろう。かといって嘘をつくのもなぁ。
「もうよい。おヌシらと話をしていても埒があかんわ。魔人共の言葉に耳を貸すなど、時間の無駄でしかなかったのぅ」
問答に飽きたのか、それとも我慢ができなくなったのか、カエデはそう吐き捨てると杖を構えてこちらへ向けてくる。
もしかしてと思うが、魔法を使うつもりなのだろうか。もしそうだとしたら、流石に止めないといけない。
「勇者カエデちゃん?僕は悪くない魔法少女だよ?」
「黙っとれ魔人。貴様の言葉はもう聞いておれんわ。ワシを惑わそうなど、1000年はやいわ。喰らえ!!」
言うが早いか、杖を持つ手を縦に振り下げる。杖の先から何かが出てくるという事はなかったが、彼女のジェスチャーによって周囲を浮いていたカボチャが動き出す。ひとりでに動き出すカボチャの数々は、本当に幽霊屋敷に迷い込んでしまったかのような錯覚を呼び起こすが、その中の一つがこちらに勢いよく飛んでくる。
突然のことに驚きながらも横へ跳び、直線で飛んでくるオレンジ色の球体を避ける。メキッ、という何かが折れるような音がしたのでそちらを見ると、カボチャはその勢いのまま、後ろでぶつかったであろう樹木にめり込み、半分ほどその身体を埋めていた。
「まだまだ!」
鉄球でも飛ばしているのかという威力を目の当たりにし、その被害にあった樹木を見ていた僕の目の前に、いつの間にかカラフルな玩具のナイフのようなものが飛んできていた。
反射的に手を顔の前に出し、防御の体制を取る。
深く考える暇もなく、また、飛んでくるものに対して本能的に防いだだけの格好のため、叩き落とすことも避けることもままならず、手に腕にそのナイフが突き当たる。
服に当たった所は被害が薄く、衝撃と少しの痛みが走るくらいだったが、露出している手に当たった所はナイフの先端が刺さり、そこから血が滴っていた。
見た目は明らかに玩具のナイフだが、魔法であるならば見た目など関係ないのだろう。
普通の刃物であれば簡単に傷つけることもできない強靭な魔法少女の身体に、血を流させたという時点で異常であり、危険である。
そう、魔法少女の身体に傷をつける程の威力があるのだ。これがもし、一般人に向けられたとしたら、あのナイフ一本でもただでは済まないだろう。
これで分かったが、木々や地が崩れ、めくりあげられたこの自然災害のような状況を巻き起こしたのは、間違いなく彼女だろう。そしてガーネットはきっと、彼女を傷つけない為に魔法を使わず、刀で防ぐだけでいたのだろう。
「魔人というのは中々頑丈じゃのぅ。それにその服、何で出来ておるんじゃ」
「いっててて・・・。勇者カエデちゃん、魔法を人に向けるのは危ないと思わないかい?それだけじゃなく、森をこんな風にしちゃって。良くない事だと思うよ?」
「魔人に魔法を使って何が悪いのじゃ?それに、魔人を倒すのにいちいちそんなの気にしておれんわ」
これは、ダメだろう。ヒーローはそれじゃダメなのだ。
僕は人に誇れるような魔法少女ではない自覚はあるし、人の正義に口を出せるような資格もない。だから、例えば悪人を捕まえるのに魔法を使っていたとしても気にしないし、よしんばそれで『最悪』が起きたとしても、状況によっては見て見ぬふりだってするだろう。悪は『ワンダラー』だけとは限らないからだ。
だが、その矛先が無害な一般人であるのなら、話は別だろう。
彼女は僕の事を魔人だと思い込んでいるようだが、そんなのは言い訳にならない。悪事を働いている証拠もなければ、自身でそれを見たわけでもない。彼女がそうあって欲しいという願望を、押し付けているだけだ。
自分を守るためではなく、誰かを守るためでもない。
ただただ、誰かを傷つけるために力を振るうなどあってはならないし、そんなものは、ヒーローとして認めることは、僕は出来ない。
「君は、僕が魔人だと、本当にそう思うんだね」
「当たり前じゃろう。勇者の前に現れるのは魔物か魔人と決まっとる!!」
仕方がない。彼女がヒーローごっこをしたいのなら、それに乗ってあげよう。
本当はヒーロー役を譲る事など僕のプライドが許さないのだが、魔人役がいないと話が進まないのだろう。
そして、現実は『ごっこ』ではないと教えてあげないといけない。例えそれで、彼女がヒーローとしていられなくなったとしても、いつ爆発するか分からない爆弾を放置することはよっぽどマシだろう。今のままでは彼女はヒーローではなく、それこそ『魔人』でしかない。
取り合えず、立場を明確にするために邪魔な子が、こちら側にいてもらっては困る。
ゆっくりとガーネットに近づき、そして彼女の腕を掴む。
突然腕を掴まれたガーネットは、不可解そうにこちらを睨みつけるが、それを無視して彼女だけに聞こえるように囁く。
「ごめんね」
「あ?オマエ、何アタシの腕を掴んでっ!?うおおおあああああっ!!??」
長身だが、あまり体重の感じないガーネットを魔法少女の怪力でもって投げ飛ばす。突然投げ飛ばされたガーネットは、カエデの近くまで飛んでいくが、持ち前の身体能力でもってなんとか受け身を取る。人が飛んでくるという状況になど会ったことがないだろうカエデは、何が起きたか分からないがとにかく慌てて頭から真横へと全力で跳ぶ。
ヘッドスライディングのような状態で危機を回避したカエデと、いきなり投げつけられて地に膝を着く羽目になったガーネットは、怒鳴り散らすように口々に叫び出す。
「おヌシ仲間を投げつけるとは何をしとるんじゃああ!!!」
「テメェ!?突然なにしやがる!?」
当たり前だが、投擲武器のように扱われたガーネットはかなり怒っているようだ。何の説明もなく投げ飛ばしたことは悪いとは思っているが、手加減をして軽く投げただけだから許して欲しい。だが、人に向かって危険物を飛ばしたカエデは文句をいう権利はない。
どこからどう見ても怒り心頭な二人は、いまだに文句をぶー垂れているが、そのノイズを無視して魔女っ子の望むように宣言してあげる。
「バレちゃしょうがないね。改めて自己紹介をしようか。僕はブラックローズ。『魔人ブロックローズ』だよ。よろしくね」
「魔人・・・ブラックローズ・・・!?やはりおヌシは魔人だったのじゃな!じゃが、何故仲間にまで攻撃をするのじゃ?」
「仲間?さっきも言ったと思うけど、僕は魔法少女委員会になんて所属してないんだよ。当然、そこのハレンチな女の仲間じゃないよ。そもそも、その子は魔法少女であって僕と同じ魔人じゃないし」
「おヌシ、本当に魔法少女じゃったのか!?」
「さっきからそう言ってんだろうがぶっ飛ばすぞ!!」
正義サイドにいるはずの二人だが、悪役の僕を無視してギャーギャーと騒ぎ立てている。そこ二人で喧嘩を始めるのは辞めて欲しい。せっかく2対1の状況を作ったのだから、仲良くやってくれ。
「さて、魔人が目の前にいる訳だけど、君はどうするんだい?森をこんな風にしたことや僕を傷つけたことも、謝れば許してあげるよ?」
「誰が謝るか馬鹿者め!貴様こそ、大人しくワシの経験値になるがよい!!」
魔人だと認めて宣言したのは僕なのだが、意気揚々と杖を構えられるのにはモヤモヤとした気分にさせられる。
何を言っても無駄だろうとは思っていたが、ガーネットと会話をしていたり森を心配していたりと悪役らしくない事をしているのだから、少しくらいは疑問に思って欲しいものだ。
理想の悪役である魔人が目の前に現れて、ウキウキしているところ悪いが、今回のごっこ遊びのシナリオはヒーローの敗北回だ。常識的にも倫理的にも未熟であり、世の中が物語のように進むと思っている彼女は、きっと正義が必ず勝つなんて幻想を抱いているのだろう。そして、正義であれば何をしても許されるという、勇者行為に疑問を思わないのだろう。
だからこそ、今回ばかりは悪役である僕が壁として立ちはだかろう。
そして、自分の望んだ状況が、自分の望んだ結末に繋がるとは限らないということを、身を持って知ってもらおう。
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