お気の毒ですが

「最後にもう一回確認するんだけど、武器を降ろして大人しくしてくれない?君も僕も、痛いのは嫌だろう?」

「笑わせるな。痛いのは貴様だけじゃ」

「仕方ないか」


 最後通牒も蹴られてしまったので、諦めて武器を取り出し確認をする。危なそうな魔法だけは発動させないようにしないといけない。

 荒れ果てた森の中で、勇者と魔人が対峙する。

 カエデは短い杖を構え、僕は片手で剣を軽く構える。

 剣の鍔にはメダルを嵌め込んでいないが、今回は怪物退治ではないので不要だろう。一応、銃だけはいつでも使えるように心構えをしておく。


「魔人め!成敗してくれるわ!」


 緊張のさ中、開戦の火蓋は、カエデが杖を振る事で切られた。

 最初に攻撃をしてきた時と同じように、彼女が手に持つ杖を縦に振ると、複数浮いているカボチャの一つが僕に向かって飛んでくる。

 かなりの速度と威力があるのは、尊い犠牲となった自然諸君のおかげで確認できているが、正直『ワンダラー』の触腕のほうがよっぽど脅威だ。

 飛んできたカボチャに対して剣を幾度も振るい、細切れにする。木を粉砕しても原型を持つほどの硬さを持っていたが、ほとんど抵抗を感じないままスライスすることができ、通り過ぎたあとはざっくばらんに切られたオレンジの光る物体が残る。口の中に火が入っているわけではなく、それ自体が光るようになっているカボチャの破片だが、切り口や中身は果実のようには見えず、まるで玩具のように見受けられた。


「これはどうじゃ!」


 カエデは自身の攻撃が防がれたのを見るや、間髪入れずに先ほどと同様にカラフルなナイフを飛ばしてくる。カボチャを飛ばしてその隙にナイフを投げる。それが彼女の得意な技なのだろうか。

 確かに僕は、油断をしてカボチャからナイフへの攻撃を喰らったし、彼女がそれが通用すると思っていてもおかしくないだろう。しかし、それも先ほど見た攻撃であり、あまりにも単調だし、直線的すぎる。同じ攻撃が通じるなどと、それは見通しが甘すぎると言わざるを得ないだろう。

 カボチャもナイフも、標的に狙って飛んでいくだけの単純な魔法だ。かなり正確ではあるが、それゆえに対処はあまりにも容易い。

 剣を正面に構え、飛んでくるナイフを全て上に弾き飛ばす。来る場所が分かる攻撃などこの身にとっては児戯でしかなく、油断さえなければこの程度の速度はあくびが出る程だ。

 宙へ飛ばしたナイフを全て左手で掴み、一体どんな素材でできているのか確認をしてみる。

 持ち手を握ってみたところ、重さも感触も確かにプラスチックのような素材でできている玩具のナイフであることは間違いなく、柄も剣先もなんの鋭利さも感じることができない。魔法で強化されている間だけ脅威があるとみて良いだろう。


「それはワシの武器じゃ!返すのじゃ!!」

「じゃあ、返してあげるから受け取りなよ」


 敵に武器を取られて返せなどという奴がいるかと思うが、僕は優しいので彼女の願いを叶えてあげよう。

 左手に持つ計5本のナイフをスナップを利かせて投げ返す。

 こちらへ飛んできたときと同じような速度で返却してあげると、カエデは慌てたようにカボチャを自身に寄せナイフと身体の間に割り込ませる。

 間一髪で間に入ったカボチャにぶつかったナイフは、魔法で操られ鉄球のように硬くなっているカボチャとは違い何の魔法もかかっていないため、ぶつかりひしゃげてしまいナイフとしての原型を保てなくなった。


「あ、あぁぁ~~!!?ワシのナイフが!!」

「あーあ。ちゃんとキャッチしないとダメだよ。玩具は大事にしないと」

「貴様がいうでないわ!!」


 バラバラになってしまった玩具のナイフを大事そうに抱えた少女は、泣きそうになりながらこちらを睨んでくる。

 そんなに大事な物なら、大切に保管しておくべきだろう。少なくとも玩具は人に投げるものではない。

 地面に転がる木やカボチャの破片を踏み潰しながら、ゆっくりのカエデに向かい歩いてゆく。


「それで、もうおしまい?勇者も大したことないね」

「終わりな訳あるか!ふざけるな!」


 彼女が手に持つ杖を我武者羅に振り回すと、カボチャが次々と飛んでくる。

 身の回りにいたカボチャはカエデ自身を守るため一纏めになっており、木の陰から出てくるような気配はまったくない。

 波状攻撃と言えば聞こえがいいが、実際は何も考えずに飛ばしているだけの工夫のない攻撃だ。どれだけ威力があろうとも正面からの攻撃しかなく、一度も通用していないのだから変わるわけもない。

 目の前に映るカボチャをゆっくり歩きながら順番に叩き斬り、前へ前へ進んでいく。

 十個ほどバラバラにしたところで、飛んでくるカボチャはいなくなり、宙に浮いているのも確認できなくなった。

 床に転がる光る破片は動く気配もなく、先ほどまで武器として浮かんでいたカボチャは、ただこの地を照らすだけの照明へと変わり果てた。


「で?降参?」

「うううぅぅぅぅっ!うああああぁぁっ!!」


 最早目立った武器は見当たらないが、震えながらも杖を構えている彼女は、泣きながら自身のポケットをまさぐると、何やらちっちゃな人形のような物を投げる。

 その人形の姿はまるで勇者を自称しているカエデの様な魔女の格好をしており、オーダーメイドで頼んだと言われても納得できるほどだ。そんな宙に放り投げられ人形は、途中で静止すると一人でに動き出し、右手に持つ杖をこちらに向けてきた。

 背中にゼンマイのようなものがついているが、あれも玩具なのだろうか。とにかく、彼女のターンはもうおしまいだ。これ以上好きにさせる必要もないだろう。

 腰に下げていた銃を取り出し、人形に軽く狙いを付ける。

 マガジンに入っている銃弾は狙った場所へ衝撃を与えるだけのシンプルな魔法だ。しかし、たかだか玩具の人形程度に耐えられるものではない。

 引き金を引くと、銃の先からは弾丸ではなく衝撃波が飛んでいき、軽い破裂音がした瞬間には人形へと命中しその身体を粉々にする。

 機械仕掛けの人形は、中身のギアやネジなどをぶちまけながら錐もみ回転すると、カボチャやナイフと同じようにただの残骸へとなる。

 呆然とするカエデの目の前に杖をもった右手が降ってくると、彼女はそれを掴んで膝を付きながら泣き出してしまう。

 まぁ、これで多少は大人しくなるだろう。もしかしたらまだ何か隠しているかもしれないが、僕に通用しないことは理解して貰えただろうし。

 カエデの目の前に立ち見下ろすと、それに気づいたのか彼女は顔を上げて怒鳴り散らす。


「貴様のせいで!ワシの大切な人形が!!」

「大切なものを武器として使うもんじゃないよ」


 責任転嫁は辞めて欲しい。武器として使ったのは自分自身だし、武器は壊れる消耗品だ。

 その程度で泣いていて自分を勇者などと、ビッグマウスが過ぎるだろう。

 余りにも子供っぽい態度に――間違いなく相手は子供であろうが、呆れていると、彼女はまったく反省した様子もなく、どころか人差し指で僕を差すと喚き立てる。

 

「うるさいうるさい!!貴様!次に会った時は覚えておけよ!!」

「は?次?」

「そうじゃ!!ワシは貴様の事を覚えておるからな!絶対に、絶対に!許さんからな!!」


 この状況で次があると思っているのか。僕が本当に魔人とかいう意味不明な生物であるのなら、確実に勇者を自称している人間に次のチャンスなど与えるはずがない。

 というか僕が魔人じゃなくても、『次に会った時は覚えてろ』などという殺意を持った狂人を放置するわけがない。

 ヒーローは敗北してもまた立ち上がる事が出来る。でも、それがいつでもできるというわけではない。そして今この状況は、決して次なんて考えられる場面じゃないだろう。

 『ワンダラー』に敗北した少女は、例え心が折れていたとしてもクォーツのようにまた立ち上がれるという未来もあった。だが、真化した『ワンダラー』は、敗北が死に繋がるということも容易に考えられた。

 次という選択肢が取れるのは生きてさえいればという大前提であるはずなのだが、彼女にとっては、魔法少女になってからはゲームのような世界でしかなく、一度敗北しようがコンティニューやリセットができるとでも考えているのかもしれない。

 もし、自分は死ぬことはないと考えているのならば、僕が敗者に相応しいエンディングを見せてやろう。

 左手で彼女の胸倉を掴むと、背後の木に強く押し付け、右手で首をゆっくりと押さえる。

 細い首は力を入れればすぐに折れてしまいそうなほど華奢であり、暴れて叩く細腕も超人とは思えないくらい貧弱に感じられる。


「君が魔法少女をどんな存在だと思っているのか知らないけど、次なんてないよ」

「離せ!ワシは勇者だぞ!魔人になど負けるか!」

「敗北も受け入れられないの?君は負けたんだよ?今からどうやって僕に勝つのさ」


 右手にゆっくりと力を入れて首を絞めていく。初めは元気に暴れまわっていた彼女だが、段々と苦しくなっていきそれが続けばどうなるのか理解してきたのか、首を掴む右手に爪を立てて掴んでくる。

 しかし、魔法を使ったナイフですら少し刺さる程度だったのに、素手でどうにかできるはずもなく、ゆっくりゆっくりと絞めたあとに息ができるようにまた緩める。

 苦しかったのか大粒の涙を流しながら咳き込んでいる彼女に、それでも現実を突きつける。


「勇者カエデちゃん。君は負けたんだよ。敗北した魔法少女はどうなるのか知らないの?」

「勇者は・・・何度でも・・・立ち上がるんじゃ!!」

「生きていれば、そうだね。でも、君はここで死ぬんだよ?」

「死ぬ・・・?ワシが・・・死ぬ・・・?」

「当たり前でしょ?君は魔人に負けたんだから、敗北者が死ぬのは当然でしょ?それとも、セーブとかロードとかがあるとでも思ってるの?もしそう思うなら、今すぐにでも使ってみるといいよ」


 もしかしたら、そういった便利な魔法があるのかもしれないが、彼女がそれを使える可能性はないだろう。必死に手を動かし、もがきながら何かを考え抗っているが、最早その程度では無意味な行為でしかない。諦めない心は立派だし、ヒーローにも必要な要素ではあるが、この場においてそれが助けになることはなかった。


「それじゃ、殺すね」

「いやじゃいやじゃいやじゃ!!!ワシは勇者なんじゃ!!死にたくない!!!」

「我儘はダメだよ。君がさっき使っていた魔法も、普通の人だったら簡単に殺せちゃうような危険なものなんだから。それが自分に降りかかっただけで泣き喚くなんて、勇者らしくないよ。これに懲りたなら、次生まれ変わった時は、もっと人と自然を大切にするといいよ。じゃあね」

「ごめんなさいごめんなさい死にたくない!!!」


 徐々に力を込めていき、後ろの木に押し付けるように磔にする。つま先立ちをして耐えている彼女は、力を抜いてしまったらどうなるのか理解しているようで、必死に腕にしがみつく。

 もう僕の役目は終わったのだからいい加減悪役の座から降りたいのだが、如何せん期待していたきっかけがまったく動いてくれない。

 カエデが両手で掴んでいる右腕を見ながら、まだかまだかと待っていると、3本目の手が僕の腕に掛けられる。


「もう、それくらいでいいんじゃねぇか?」


 遅すぎる真っ赤なヒーローがやっと参戦してくれた。

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