愉快なパーティ会場に招待されました

 N県のとある場所。

 山に囲まれた自然豊かなその地は、その時だけは普段とは違う様相を見せていた。

 折れた木々、焼け焦げた跡、そして鳴り響く高い金属音。

 平穏とは到底言い難いこの状景は、しかしながら、ほんの少し前までは人々を感嘆させるに値する観光名所の一つとして、この場所を知る者も多くいた。

 片田舎とはいえ人が住んでいないわけではなく、この光景を作り出す要因となった明滅する光や、金属のぶつかるような異音に当然気づく者はいたが、山火事のような赤の光が空へ照らし続けられることもなく、煙が立ち込めている様子もないことから、よく分からない異変が起きているということくらいしか理解も説明もできていなかった。

 そんな奇妙な出来事に不安を覚えた人が、警察に通報をしてからしばらくした後、空では鈴のような音色が鳴り響く。空耳とも耳鳴りとも思えるそれは、特別人々の記憶に留まることはなかったが、異変が確認できている場所の上空では、引力に引き寄せられ地面に向かう一人と一匹の姿があった。


 時刻は0時を過ぎて日の落ちた闇空は雲一つなく、星と月が輝いていた。

 街灯も、家の数も少ないこの場では、見通しが良いはずなのに地に足が付いていても一寸先は闇であり、少し油断すると躓くくらいには明かりという物が乏しかった。

 ましてや、上空から地を見下ろした状態では、光に当たる場所以外は広大な海のように黒一色であり、どこになにがあるかなど簡単に見つけることなどできないだろう。


「ひいいいいぃぃぃ!?!?落ちるうううぅぅ!?!?」

「ブラックローズ!アクセルを使うっきゅ!上空にワープするって事前にいったっきゅ!!」

「聞くのと体験するのじゃ違うんだよぉぉぉ!!」


 ワープは懸念していた事など一切起きず、あっさりと成功したのだろう。その実感をするよりも先に浮遊感に襲われ、そして地に引っ張られながら風を切る感覚に意識を持っていかれる。そこでようやく、自身が高所からの自由落下に身を任せていることに理解が追いついた。

 ジェットコースターのような急降下に、思わずスカートを抑えながら顔を下に向けるが、ここが何処なのか、下に地面が本当にあるのかすらまったく分からない闇が広がっており、焦燥感は増すばかりだ。

 確実に分かるのは、このまま何もしなければ地に足を着けることは出来ても、無事ではいられない可能性のほうが高いということだろう。

 もきゅの言葉に従って慌てて袖から青いカードを取り出して、飛ばさないように両手でしっかり掴みながら、最早慣れた文言を唱えて魔法を発動させる。


「アクセル!!」


 普段の10割増しくらいの気合を込めて発動させた魔法は、高くも低くもないいつも通りの効果を発揮して、落下による加速していた身体をゆっくりと減速させ、水中にいるかのようなゆったりとした速度まで落ち着かせることが出来た。

 いまだに目が慣れないので、闇の中に取り残されたかのような感覚は残るが、アクセルを使っていれば落下は大丈夫という安心感が、心に安寧をもたらしてくれた。


「ふぅ。これで大丈夫かな」

「ブラックローズは準備を怠りすぎっきゅ。上空に出ることは分かってるんだからアクセルは準備しておくっきゅ。あと、気合を入れすぎるとセーフティを超えて別の魔法が発動するかもしれないからやめるっきゅ」

「人間は高いところから落とされると慌てちゃう生き物なの!頭で理解するのと体験するのじゃ違うの!」

「頭で理解できてるなら体験できてるようなものっきゅ。この程度で慌てるなんて不便な生き物っきゅ」


 このまんじゅう、言わせておけば。

 手に持つまんじゅうを引っ張ったり縮めたりして人間様の力を見せつける。

 もきゅは手を伸ばして反撃を試みるが、その短い手で届くはずもなく、僕の手をタップする他手段は残されていなかった。


 そうして空中でもきゅを弄んでいると、何やらチカチカと真下で光が点滅するのを視認し、それと同じように不定期に金属音が微かに聞こえた。よくよく見ると、その周辺の木々の隙間から淡い光が少しだけ漏れている。

 もしかしたらヘルプを飛ばした子はここにいるのかもしれない。忘れてはならないが、本来の目的は魔法少女のヘルプの状況をを確認し、助けられそうなら助けることだ。決してこのようにもきゅと遊ぶことではない。

 地上に降りるために、抱えていたもきゅを放り投げて着陸の体制に入る。木々があちこちにチクチクと刺さり折れるが、強靭な身体と服はその程度で傷つくような柔なものではないので気にせず地面を目指し、光の灯る場所への着地を成功させる。

 つま先からゆっくりと降り立ち、服を払い整えてから周囲の確認を行う。

 ちょっとし森なのだろうか、外から見た時はほんの少しの明かりしか見えなかったが、その中は意外と明るかった。

 それもそのはずで、光源となっている場所にはカボチャのランタンが宙に浮いており、オレンジ色の光が夜明け程度の明るさで照らしていたのだ。

 笑うカボチャが点々と浮かんでいる光景は、こんな林の中でなければお祭りだと言われても不思議ではないだろう。いや、人によってはお化け屋敷かもしれないが。


「なにこれ、ハロウィンでもやってるのかな?」

「もきゅを放り投げるなんて酷いっきゅ!」


 途中で投げ捨てたもきゅが、浮遊しながら追いついてくる。自分で宙に浮いていられるのだから僕が抱える必要はないのに、移動している際は執拗に抱えさせてくるのだ。

 文句を垂れているもきゅにからかいの言葉をかけようとすると、それよりも早く少し先から声が投げられる。


「おいっ!誰か来たのか!?この際誰でもいいから助けやがれ!!」


 ふむ?助けを求めているのは分かるのだ、求めている側の台詞とは思えない言葉を浴びせられたぞ。

 何が起こっているか分からないが、ヒーローに対しての言葉遣いを教えてあげるため、もとい、状況の確認をするために声のする方向へと足を進める。

 木を避けてと草むらをかき分けた先からは、何かが燃えたのか少し焦げ臭いがしており、素人が伐採したような不格好に切り取られた木や、折れたり砕けたりした木によって土地が開かれ、周囲と比べて見通しの良い場所となっていた。

 地面にバラバラとなった木が散らばっている異様な光景ではあるが、焦げた臭いに反して山火事になっているような形跡はなく、どちらかといえば地面まで掘り起こされたり崩れたりしている様相は酷い土砂崩れでもあったかのようにも思える。

 そんな、自然災害の被災地のような場所の中心部では、2人の少女が向かい合っていた。


 1人は見覚えがある。少女というには幾ばくか成長しすぎた長身に、全身を主人公のような燃えるような赤いドレスワンピースに身を包み、右手には長い刀を持っている。

 見間違いでないのなら、あの美人さんは紅姫と名乗った高校生だろう。助けを求める声が乱暴なのも納得できる。

 その男勝りな印象のある紅姫が助けを呼ぶなんてどういうことなのだろうか。

 紅姫が見ているもう一人の少女を確認する。


 長身の少女と比較するなら、頭2つ分程は低いその子は、ひと目で言うならば『魔女』という外見をしていた。

 長く尖った先端が折れ曲がり、カボチャの形をしたオレンジ色の宝石のピンバッチが付いた、幅広なプリムが特徴のとんがり帽子。

 地面に付きそうなくらい長い、肩から羽織った黒いローブに腰の部分から膨らんだカボチャパンツのようなスカート。

 帽子と同じように先端の尖った靴。

 長いもみあげのオレンジ色の髪に星が輝くような飴色の瞳。

 赤いほっぺに月の模様のフェイスペイント。

 手に持つのは枯れ枝のような短い杖。

 それだけであれば、彼女は『魔法少女と言えば』という外見をしているのだが、オレンジをメインとしてサブに黒と紫で彩られたカラーリングは、ハロウィンの仮装パーティにしか見えない。


 赤いドレスの少女に、オレンジの魔女っ子。僕はどうやらパーティ会場に紛れ込んでしまったようだ。ヘルプを呼ぶなら僕より相応しい人はたくさんいるはずだ。いや、こっちが勝手にキャッチしたんだけど。


「お取込み中だったみたいだね。失礼しました」

「待てやてめぇ!助けろっていってんだろ!!」


 そういわれても、僕は君を何から助ければいいのだろうか。どこを見たって『ワンダラー』なんていないし、疲れている様子はあるが目立って怪我はしていない。それとも、土砂崩れに足を取られて挫いてしまったのだろうか。

 どうすればいいか問いかけようとした時、愉快な恰好をした少女が突然笑いだす。


「クックックッ。ハーッハッハッハッ!」

「何か面白い事でもあった?」

「魔人が、まさか2人も現れるなんて!ワシはツいておるのぅ!1人で手も足も出ないから仲間でも呼んだのか?無駄じゃ無駄じゃ!ワシの魔法は最強なんじゃー!」


 服装も愉快なら頭の方も愉快な子だったようだ。本当に彼女は魔法少女なのだろうか。仮想パーティから抜け出してきた説のほうが濃厚になってきたぞ。それと、魔人とはなんだ。怪人の親戚かもしれないが、僕はどちらにも当てはまらないぞ。


(もきゅ、魔人って何?そういうのがいるの?)

(しらないっきゅ。初めて聞く言葉っきゅ)


「だから!アタシは魔法少女だっつってんだろ!!」

「おヌシみたいな老けた魔法少女がおるわけなかろう。鏡を見たことはないんか?」

「テメェ!殺す!!」

「魔法も使えないような半人前が魔法少女を名乗るでないわ」


 変な喋り方をした魔女っ子が、紅姫の事を魔法少女と疑っているようだ。まぁ、確かにあそこまでの長身の魔法少女なんて見たことないし、少女と疑問が残るのは分かるが。

 それにしても紅姫が自分の事を魔法少女と言っているのは感動ものだ。きっと委員会でヒーローの素晴らしさを説かれて、この世界に身を投じる覚悟を決めたのだろう。

 それと、魔法を使えないってどういうことだろうか。


「魔法、使えないの?」

「あ?オマエよく見たら黒いのじゃねぇか。三つ編みとメガネしてたから誰かと思ったぞ。魔法は使えないんじゃなくて使わないんだよ。ガキに使えるわけもねぇし、委員会から無暗矢鱈と使うなって言われてんだ」


 そういえばメガネと三つ編みしたままなのを忘れていた。眼鏡をクイッと上げてアピールするが、興味なさそうにされる。

 魔法を無暗矢鱈に使うなっていうのは分かるけど、ガキに使うってどういうことだろう。魔法を使えないと魔法少女と認めないとでも言われたのだろうか。それくらいなら使ってもいい気がするけど。


「負け惜しみを言うでないわ。ワシの攻撃を避けるだけで手一杯の癖に強がりおって。大人しく魔人であることを認めて、ワシの経験値になるがよい!」

「言ってる意味が分かんねぇし人の話は聞きやがれ!アタシは魔法少女委員会のガーネットで、魔法少女だ!オマエと同じ魔法少女だって言ってんだろ!大人しくしろ!」

「魔法少女はそんなハレンチな服着とらんわ。愚か者め」

「好き好んでこの姿なわけじゃねぇよ!」


 紅姫はガーネットっていう魔法少女名になったのか。個人的には赤はルビーってイメージだけど、他に誰かいるのかな。まぁ、燃えるような彼女にはいい名前だと思う。


「そこのおヌシ」

「ん?僕の事?」

「他に誰がおるんじゃ。おヌシも魔人じゃろう。二人掛かりでもよい、かかってくるがいい」

「んー・・・?ちなみに、なんで僕がその魔人だと思うの?」

「馬鹿め。全身黒の魔法少女なんておるわけないじゃろ。魔法少女はいわば勇者じゃぞ?正義の味方じゃぞ?まっくろくろなぞ、魔人以外に何がおる」


 いいじゃん、全身黒の正義の味方がいたって。カラーリングでその人の正義は決まらないんだよ?

 それにしても、最初から敵意むき出しの子に出会うのは初めてだ。話は聞かないし、魔人扱いするし、おまけに経験値って何なのだろうか。

 彼女の中のヒーロー観は、いったい僕らをどのように映し出しているのだろう。

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