零れ落ちる水滴はどの程度を掬い上げられるのか

「いやぁー危なかったねー」

「やっぱり手を貸したっきゅ。思った通りっきゅ」

「バレなきゃ問題ないんだよ。それに、流石に見捨てるなんて判断はできないしね」


 大型デパートの屋上が良く見える遊園地に建てられたお城の高所で、魔法の銃を構えながらもきゅと駄弁る。

 会話の内容通り、僕は少々手を出してしまった。クォーツに振り下ろされる『ワンダラー』の触腕を、魔法の銃で消し飛ばしたのだ。狙った場所だけに即時当たる魔法を込めた弾丸に浄化魔法を使用したものだったので、結果に不安を覚えることはなかったが、バレてないかだけが心配だった。

 それにしてもビックリした。今まで建物を通り抜けて悪意を撒き散らす『ワンダラー』しか見たことがなかったが、クォーツが戦っていた『ワンダラー』は、途中から明らかに物理的な攻撃手段を持っていた。魔法のクリスタルを砕き、床にヒビまで入れる。クォーツが防いでいなかったら、いま見えている建物周辺は瓦礫となっていただろう。それに、あんな威力の触腕をまともに喰らったら、魔法少女であろうとただでは済まないはずだ。


「もきゅ。あんな『ワンダラー』なんていままでにいたの?」

「他の妖精からちらっと聞いたことはあるけど、報告があまりにも少ないからいつものイタズラかと思ってたっきゅ。建物まで破壊する『ワンダラー』なんて、今までの比じゃないくらい危険すぎるっきゅ」

「クォーツも危なくなったら逃げればいいのに。自己犠牲のヒーローなんて、僕は好きじゃないんだよ」

「もきゅとしても、自分を犠牲にするくらいなら魔法少女には逃げて欲しいっきゅ。でも、それを自身で許せない子もいるっきゅ。仕方ない話っきゅ」

「あー、やだやだ。僕の中のヒーローに真向から喧嘩売ってるじゃないか」


 物語であれば、自己犠牲はとても美しい物だろう。誰かのために自身を顧みずに事を成す。有終の美とでもいうべきだろうか。きっと助けられた人の心には残り、称えられる存在となるだろう。なんて素敵なんだろう、反吐が出る。

 確かにそういったヒーローは多くいるだろう。僕だってそんなヒーローをいくつも見てきたことがある。だがそれは、物語だからという前提のもと、許されることだ。

 勿論、僕だって子供の頃はそういったヒーローに憧れていたさ。誰かの為に犠牲になれるヒーローはかっこいいなんて。ただ、そんなのは子供の妄想でしかない。ヒーローに潔白を求め過ぎだ。本当に格好いいヒーローは、自分だって、他人だって守れるヒーローだ。もちろん、全てを助けることなんてできないから、あくまで自分を優先した上での理想でしかないが。少なくとも自身の犠牲の上で成り立つヒーローなんて、僕に言わせれば下の下でしかない。


「あそこまで純粋だと、自分最優先な僕と比べた時に、自身のろくでもなさを見せつけられてる気分だよ。知ってるかい?僕だってあれくらい純粋な時があったんだよ?」

「知ってるっきゅ。それで理想が叶わないことを知って悩んだり、自分の中のヒーロー像に嫌気が差してたのも知ってるっきゅ」

「もきゅって結構色々知ってるよね。まぁ、だから僕も気持ちはわからないでもないし、正義は人それぞれだから彼女がそれを貫くのも勝手なんだけどね。でも、目の前でそんなことされるのは、やっぱり気分が良くないよ」

「魔法少女は純粋な子が多いっきゅ。もきゅ達が選ぶ子はそういう子を優先したっていうのもあるけど、適正のある子はそういう子に多かったっきゅ。だからきっと、同じような場面になったとき、他の魔法少女も同じような選択をするっきゅ。それに、子供たちの声援に背を向けるヒーローは、かっこ悪いと思ってしまうものっきゅ。ローズもそう思ってるはずっきゅ」

「分かってる。分かってるよ。だから嫌なんじゃないか」


 自己犠牲のヒーローなんていて欲しくない。反面、子供たちの声援に応えるヒーローはいて欲しい。こういうのを二律背反というのだろうか。ヒーローに向けた声援というのは、ヒーローの力と勇気になる代わりに、枷にもなってしまうものだ。声援に応え続けるヒーローなど、いつかは自己犠牲を強いられる運命にあるというのに。

 仮にあの場面でクォーツが逃げた場合、きっと子供たちは、人々は落胆をしてしまうだろう。彼女はヒーローじゃなかったのかって。

 勿論僕が同じ立場であれば、突然変異して強力になってしまった『ワンダラー』と対峙して勝てないと悟った場合、自分自身を優先する。例えかっこ悪いヒーローになって悔しさで涙を流したとしても、割り切る。そんなことにはなりたくないが、僕は大人だ。そういう選択を迫られる覚悟だって、出来ている。

 だけどクォーツは逃げなかった。自分を応援してくれる人たちを助けたいと、自分が犠牲になっても助けたいと、逃げずに立ち向かった。それは彼女の選択であり、責任であると言い切るのは非常に簡単だ。

 だが、僕はクォーツに応援して欲しいと頼まれたときに、幻視してしまった。

 ヒーローとして怪物に立ち向かう姿を。人々の声援を受けて立ち上がる姿を。皆の理想のヒーローとして、光り輝く姿を。

 だから、彼女の望むように応援をしてあげた。

 その時点で、僕が彼女を非難する資格はないだろう。彼女の退路は、僕が絶ってしまったようなものなのだから。


「どんどん自分が嫌な大人になっている気がするよ。物語みたいなヒーローなんていないって、理解してるはずなんだけどなぁ・・・」

「もきゅから言わせればローズは子供っきゅ。心の底では幼い頃の理想のヒーローを諦めきれない、正真正銘子供っきゅ」

「言うねぇ。まぁ、否定はしないんだけどさ。なんだかんだ言っても、物語にいるようなヒーローはかっこいいんだもの。自己犠牲は別としてね。ただ、魔法少女がみんな逃げるという選択肢を失ったら、いつかきっと犠牲が出ちゃうよ。僕は、バッドエンドは好きじゃないんだよ」

「わかるっきゅ。もきゅだってハッピーエンドのほうが好きっきゅ。でも、現実はそう甘くないことも知ってるっきゅ」


 そう、現実は甘くないんだ。皆の応援がどれだけ力になろうとも勇気になろうとも、敵わない相手には、敵わない。例え負けても、生きてさえいれば何度でもやり直すことは出来るが、死んでしまっては、なにもできない。

 今までの『ワンダラー』であれば触腕に触れられた者は昏睡、発狂、記憶の喪失等、まともな結果には陥らないものの、死という最悪の結果と比べれば幾分かマシなものであった。勿論、悪意に蝕まれた結果、様々な病気などと合わさって死に至る事はあったようだが、直接的な原因になることは極々稀だったようだ。それに、魔法少女であれば、例えあの触腕に捕まり悪意に飲まれてしまったとしても、多少は耐性があるため、一般の人よりは軽い症状で済むらしい。もちろん比較的軽いというだけではあるが、死に繋がることはまずないらしい。なかったらしい。

 だが、あの『ワンダラー』は違う。いままでのと比べると明らかに異質だ。

 もしあの『ワンダラー』がこれからも現れるとしたら、きっといつか、死者という明確な犠牲が出てしまう。僕はそれが嫌だ。ただ、それだけだ。


「ヒーローが犠牲になるのは、いやだなぁ・・・」

「もし、そう思うのなら、ブラックローズが助けてあげるといいっきゅ。君は今日、一人の魔法少女を救ったっきゅ。それと同じように助けてあげればいいっきゅ。全てを救うことはできなくても、きっと、今見たいに悩むこともなくなるっきゅ」

「僕が助ける、か」


 僕が誰かを助ける理由は、それが僕の為に繋がるからだ。褒められる、感謝される、カッコよくいられる。そういった自分勝手な理由でしかない。それでも、ここでこんな悩むくらいなら、もきゅの言う通りに助けるために動いた方がいいのだろうか。


「まぁ、気が向いたらね。影のヒーローはかっこいいと思うけど、感謝もされないんじゃ面白くもないよ」

「タブレットでポチポチして魔法少女達の悪評を消すのだって、誰にも感謝されるものじゃないっきゅ。それでも続けてくれてるブラックローズなら、大丈夫っきゅ」

「それはだって、流石に放置するのは気分が悪いし。もきゅにお願いされたものでもあるし」

「ローズは意外と優しいところがあるっきゅ。そういうのをツンデレっていうっきゅ」

「あぁもう、うるさいうるさい。やめやめ、この話。問題に直面したときに考えることにするよ」


 どうせすべての実を拾おうなどと元から考えてもないし、全知全能でもない。僕の知らない間に傷つく人など無限にいるだから、今から考えても無駄な徒労に終わるだろう。

 そんなことよりも、少し前から僕の事をこっそりと見ている奴がいる。隠れているのだろうが、残念だったな。僕にその程度の小細工は通用しないぞ。これで何度目になるかはわからないが、いい加減見られている事に敏感になってきたんだから。


「こっそり覗き見てないで出てきたらどう?僕はそういうの感心しないなぁ」

「失礼しました。どうやら独り言をブツブツと言っているようでしたので、声を掛けるタイミングを失ってしまいました。改めまして、こんにちは、ブラックローズ」

「こんにちは、サファイア。深夜以外で出会うのは初めてかな?君も随分と働き者だね」


 声を掛ける先には、特に隠れてもいない青い少女が、今日も吊りあがった眼と眉を歪ませ不機嫌そうにこちらを睨んでいた。僕は今日も怒られるようなことはしてないはずだし、むしろ褒められるべきだと思うのだが、どうしていつも睨まれるんだろうか。


「深夜だけに活動しているわけではありませんので。それと、そう思うならば貴女も委員会に入って働いてくださいませんか?貴女が大人しく入って下されば、私の仕事も少しは楽になるはずです」


 お小言モードに入ってしまった。ちょっとした軽口をするとすぐに鋭い正論をかましてくる、これだから真面目ちゃんは苦手なんだ。僕とはとことん相性が悪すぎる。

 まぁ、やるべきことはやったし、ここにはもう用はない。こわーい子に見つかってしまったし、小鳥遊ちゃんにローズとして顔を見せておかないと心配するかもしれないし、早いとこ退散してしまおう。すたこらさっさー。

 アクセルを発動する為に青色のカードを取り出す。前に見せたことがあるのでサファイアは僕が何をしようとしてるのか気づいたのか、慌てたように声を張り上げて止めてくる。


「待ってください!今日はそんなことを言うために会いに来たわけではありません。逃げないで、少々お時間をください」


 別に逃げてはないが。用事があるだけだが。


「うーん。手短にお願いするよ」

「ありがとうございます。では、お聞きしますが、私が『ワンダラー』の信号を元にここ周辺を探しているときに、クォーツと『ワンダラー』が戦闘を行っているのが見えました。クォーツが触腕に襲われようとした際に、強い閃光がその腕を消滅させました。あの現象を起こしたのは貴女ですね?」

「ありゃま。バレちゃったなら仕方ないね。でも、獲物を横取りする気はなかったんだよ?流石に助けたほうがいいかなーって思って。余計なお世話だったらごめんね?」

「いえ、責めようと思っているわけではありません。むしろ、感謝をさせてください。クォーツには、例え『ワンダラー』と出会ってしまっても一人で戦わないようにと厳命していたのですが、あのくらいの歳の子は無理をする子が多くて。貴女が助けてくれなければ、クォーツはきっとただでは済まなかったでしょう。委員会を代表して、お礼を言わせていただきます。ありがとうございます」


 なんか、サファイアに感謝をされてしまった。僕は野良なんだが、委員会を代表して感謝していいんだろうか。それに、あまり堅苦しくされても困るんだが。


「感謝は受け取っておくよ。まぁ、僕がやりたかっただけだからあまり気にしないで。それと、あの子には内緒にしておいて欲しいな。僕が勝手に手を出したなんて知られたら恥ずかしいし」

「わかりました。そういうことにしておきます。ブラックローズ、先ほどの『ワンダラー』のような変異した状態を、ご存じですか?」

「いや、初めて見たよ。『ワンダラー』ってあんな風になるんだね」

「そうですか。あれは、ここ最近確認されたばかりの現象で、真化と言われています。新種の『ワンダラー』と捉えて貰っても良いかもしれません。もしよろしければ、詳しい話も含めて特区にある魔法少女委員会を訪ねてはくださいませんか?無理に入れ、ということはもう言いませんので、情報交換という形で、いかがでしょうか?」


 真化、新種の『ワンダラー』ねぇ。もきゅ以外の妖精がいなくなってしまったのもあって、色々情報が欲しいというのが本音だけど、委員会にいくのは気が引けるなぁ。サファイアはこう言ってるけど、魔法少女は委員会に入らなければいけないってルールがあるだろうし、仮に訪ねてもあまり楽しくなさそうだ。


「まぁ、気が向いたらね」

「はい、お待ちしてます。もし訪ねてくださる際には、特区の通行受付の方に、わたしの名前と、魔法少女であることを証明していただければ問題ありません。お話を聞いて下さり、ありがとうございます」


 どうやらお話は終了のようなのでここでおさらばさせてもらおう。

 今度こそ、青いカードに込められたアクセルを発動し、サファイアの目につかない場所までてきとーに移動する。

 さて、皆のヒーローの顔を拝みに行こうか。

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