魔法少女はメイドちゃん
皆さんは、誰にも気づかれずに建物に入りたいと思ったことはありませんか?もちろん、ありますよね?
そういうときはこれ、補助魔法「インビジブル」。なんとこの魔法、自身に向けられる認識を全て改変し、何も映らなかったことにできる優れものです。これを使えば人からの視線は勿論、監視カメラや写真にだって写らなかったことにできます。
使い方は簡単。この黄色いカードを手に持ちインビジブルと言葉にするだけ。するとあら不思議。魔法力の続く限り、貴方はまるで透明人間のようになることができるでしょう。もちろん、改変する部分を変えることで、声だったり匂いだったり、あらゆる認識をも変えることもできます。使用後はきちんと解除するのを忘れないようにしましょう。魔法力がなくなって気絶してしまった場合、唐突に現れるおかしな人になってしまいます。もちろん、犯罪行為に使う事は厳禁ですよ。ルールを守って楽しくマジック。
「なにおかしなこといってるっきゅ・・・?」
「いや、これだけ声を出してもほんとに誰も気づかないなって思って。我ながら便利な魔法作っちゃったなー。でも、冗談じゃなくて犯罪に使えそうな魔法だよね」
この「インビジブル」は僕がさっき作ったオリジナルの魔法だ。作ったばかりなのは理由がある。
サファイアと別れた後デパートに帰ろうとしたはいいものの、僕は人に見つからずに戻れる自信がなかった。デパートは『ワンダラー』が出現したこともあって、たくさんの野次馬と、パトカーと、救急車などが集まり、誰にも見つからないなんてことは到底無理があったからだ。
かといって、遠くで変身解除してから向かおうにも、絶対にデパートへ入れてくれるわけがないだろう。
諦めて自身の無事を伝えるのは後日でもいいかなと思ったが、小鳥遊ちゃんがどこの子かなんて知るわけがない。まさか、僕のアルバイト先に来店してくるまで待つというわけにもいくまい。
連絡先さえ交換できていれば、こんな苦労しなくてよかったのに、『ワンダラー』が突然現れたせいで有耶無耶になってしまったし。おのれ『ワンダラー』。
そんなわけで、誰にも見つかることなくデパートに入れる魔法を貰った教本から探していたのだが、そんなものはないともきゅに言われてしまった。どうやら、明らかに悪用されそうな魔法は本に載せてないらしい。もちろん適正があれば、載せてない魔法も作ることができるかもしれないけど、教本にないので自身で定義付けからしなければいけないため、簡単にはできなくなるらしい。
そんなわけで作りました、補助魔法「インビジブル」。自分に対する認識の改変という大雑把な定義付けでできました。
「どうかな、もきゅ?初めてのオリジナル魔法にしては出来がいいんじゃない?」
「ブラックローズ以外に作れるとも、使えるとも思えない魔法っきゅ。自分に向けられる認識全てを改変し続けるなんて、いくらなんでも燃費が悪すぎて使い物にならないっきゅ。正直コストパフォーマンスが酷すぎて、もきゅが魔法少女だったら即時廃棄処分するレベルっきゅ」
「僕のオリジナル魔法に対しての評価が酷すぎない・・・?もっと褒めてくれてもいいのに」
「もきゅはセーフティがきちんとした魔法のほうが好みっきゅ。そもそもブラックローズ以外に使い物にならないんじゃ、魔法という技術としては未熟っきゅ。適正云々の話の前に、魔法力っていう大前提が普通の魔法少女じゃ足りない時点で評価の対象外っきゅ。」
「酷すぎる・・・」
魔法や『ワンダラー』なんてものを生み出した研究者気質らしく、その評価は中々に毒舌気味だ。『ブラックローズなら適正関係なく魔法を作れるからとにかく色々魔法を作ってみるといいっきゅ』、とか普段はいう癖に、実際に出来たものが理路整然としていないと口を出したくなるようだ。理不尽じゃないか?
まぁ多分、魔法はプログラミングのコードみたいなものなのだろう。改変する物や範囲を順々に指定していって積み上げていき、その範囲外に漏れないようにし、そして自身のスペックにあったものにする。もきゅはそういった綺麗なコードが好きなのだろう。
僕の場合とりあえずスペックに物を言わせて、多少おかしかろうが無理やり自分に合うように稼働させてるようなものだから、もきゅとしては汚いコードを見ているようで溜まったものではないのだろう。
まぁ、僕が使うために作った魔法だし、誰かが使うために改変する必要もないのでこのまま使うが。
とにかく、もきゅからは酷評を貰ってしまった素敵魔法で、誰にも確認されることなくデパートまで侵入することができるのが分かったので、あとはクォーツに会って無事を伝えるだけだ。邪魔になるので置き去りにしていた荷物を素早く回収した後、屋上まで続く大きな階段を駆け上がり、わき目も振らずに屋上のトイレまでダッシュで駆け込んで変身を解除する。変身解除した僕は、ブラックローズではなくただのローズだ。鏡に映るのは服装だけが変わった姿だが問題ない。これで、どこからどうみても、『ワンダラー』という怪物を恐れてトイレに逃げ込んだ美少女の完成だ。
「よし。クォーツの所へ向かおうか」
「っきゅ。屋上のヒーローショーの舞台で子供たちと話してたっきゅ。早くいくっきゅ」
トイレから出て、まずはクォーツを確認する為に屋上を見渡す。
木々のへし折れた屋上庭園、ひび割れた床や壁、原型のない壊れた遊具、歪に曲がった鉄柵。数時間前までヒーローショーが行われていたとは思えない程の凄惨な状態は、否が応でもここで起きた悲劇を思い起こさせるだろう。
中央のヒーローショーが行われていたはずの広い場所に行くと、壊れた舞台の傍で子供たちとお話をしているクォーツの姿があった。クォーツは泣いている子供たちをあやしながら警察や保護者の人たちに向かうよう促しているようにも見える。
服はボロボロになり、腕や脚からは血が流れ、ほほにもいくつかの裂傷が見える彼女は、その痛ましい姿でありながらも皆の中心として立っていた。
正にみんなのヒーローとでもいうべき姿は、かつて僕が思い描き、そして諦めて、諦めきれない理想の一つだ。そんな彼女に尊敬の念を抱きながら、人々が離れた瞬間を見計らって、彼女へ声を掛けるために歩を進める。
「小鳥遊ちゃん!」
「ローズちゃん!?大丈夫だった!?怪我はしてない!?」
小鳥遊ちゃんに声を掛けながら近づくと、こちらに気づいた彼女はまるでスタートダッシュを決めたかの如く速度で突撃してくる。あまりの勢いに片足を一歩引いてしまうが、彼女はぶつかる瞬間急速に止まり、そしてこちらの怪我を確かめるようにあちこちを触り始める。
魔法少女の状態であまり力を入れないで欲しい。そっちで怪我をしちゃうぞ。
「それは僕の台詞だと思うな。君のおかげで僕は怪我一つないよ。小鳥遊ちゃんは・・・大丈夫とは言えないよね。でも、助けてくれてありがとう。格好よかったよ」
「ううん。ローズちゃんのおかげで、わたし、勝てたよ。立ち上がれたよ。ありがとう!」
改めて本人から言われるとかなり複雑な心境になるが、彼女自身が満足しているならそれでいいのだろう。傷つきながらも笑顔でいる小鳥遊ちゃんは、これで自身をもう魔法少女失格だなんて言わないはずだ。
後は出来れば自己犠牲の精神を辞めて欲しいところではあるが、きっと言っても聞かないんだろうな。
「僕には応援くらいしか出来ることがないから、もし君の力になれたならよかった。それより、小鳥遊ちゃんは早く病院にいかないと。こんなに怪我をしちゃって・・・。跡が残ったら大変だよ」
「大丈夫。いま、わたしの仲間を待ってるんだ。もうすぐ到着するみたいだから、すこしの我慢だよ」
「その仲間が、いま到着しましたよー。クォーツ。無理をしないって約束したのは、だれかなー?」
僕とクォーツの間に、突然小さな子が割り込んでくる。小さいといっても僕より少し小さいくらいだが、こんな場所にいるということは、この子も魔法少女なのだろう。
「うぅっ・・・ごめんなさい。でも、わたし、『ワンダラー』を倒したよ!」
「でもじゃなーい!その傷を治すのは誰だと思ってるのー!それに、女の子なんだからもっと自分を大事にしなさーい!おばかー!」
「ご、ごめんなさいー!!」
割り込んできた少女の全身をしっかりと確認する。
肩程で揃えられた短めの髪は太陽のように輝く金色。
丸々とした眼は晴天のように広がる碧眼。
頭を飾るカチューシャと服は、どこからどうみてもメイドの物。メイド?
改めて全身を確認するが、誰が見たって彼女をメイドと表現するだろう。
さて、この場合はどちらなのだろうか。僕は彼女を魔法少女だと思ったのだが、もしかしたら小鳥遊ちゃんのメイドである可能性も出てきた。いやいや、仲間といっていたし魔法少女のはずだ。
おかしいな。僕の知ってる魔法少女服は、かなりファンシーで、フリフリで、リボンなはずだ。
紅姫の衣装はドレス風味で多少違ったものの、それでもまだ、魔法少女として通用する姿だった。
では、目の前のこの子はどうだろうか。考えるまでもない、メイドだな。しかも、ミニじゃない。高級感溢れるクラシカルなメイドだ。魔法少女にしてはフリフリもリボンも足りない気がする。
案ずるより産むが易し。こういうのは、本人に聞くのが手っ取り早いか。
「えっと、貴女はどなたでしょうか?」
「あーっと、すみません。自己紹介がお先でしたー。わたくしは魔法少女アベリアですー。気軽にメイドちゃんって呼んでくださいー」
「ご丁寧にどうも。僕はローズと言います。それで、魔法少女アベリアなのに、メイドちゃん・・・?」
「はい。そー呼んでくださいなー。みんなそう呼びますのでー。それより、一般の方はそろそろ避難をお願いしまーす。『ワンダラー』はいなくなっても、この屋上は危険ですよー。崩壊してしまったらバラバラですよー」
よくよく周囲を見てみると、周りにはもう僕のような一般人が一人も見えず、屋上の封鎖をしている警察らしき人しか見えない。魔法少女がいるということに誰も違和感を持ってない様子を見ると、警察と魔法少女って意外と連携してたりするんだろうか。
まぁ、僕も他の人たちと同じように避難すべきだろう。クォーツに僕の無事を伝えるという本来の目的はもう果たしたのだから。
警察の方に僕も付いて行って避難しようとすると、クォーツがそれを止める。なんで。
「あのね、メイちゃん。ローズちゃんは、わたしの友達なんだ。それで、魔法少女って、明かしちゃって・・・」
「あー・・・そーゆーうことですかー。関わりを絶つ気はないとゆーことですねー。それなら、いーんちょちゃんも来てるので、あの子に任せちゃいましょー」
「ん?もしかして僕がクォーツの事知っちゃったのはまずかった?」
魔法少女の正体を知っているなんてまずくない訳はないだろうが、あんな沢山の中で変身したのだから、僕だけじゃなくて色んな人が小鳥遊桃がクォーツであることを知っただろう。忠告するにしても、僕一人にするんじゃ意味ないと思うが。
「まったく関係のない方に知られてしまった場合は、正体を秘密にしていただけるよう呼びかけるだけですが、交友関係がある場合はその関係を絶って頂くか、それができない場合は多少お手数頂くことになっています。貴女には申し訳ございませんが、少々お話いいでしょうか?」
最近、背後から話しかけることが非常に増えた気がする。しかも、毎回のようにその人物は一緒なのだ。視線も、声も、そして真面目そうな口調も、いつもだ。
今回もどうせ話しかけてきたのは僕が想像してる人物で間違いないだろう。
振り向くとそこには、サファイアがいる。
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