ヒーローショーに必要な持ち物は声援だ

「もきゅ、あんまりはしゃぐとはぐれちゃうよ」

「問題ないっきゅ。もきゅは何処にいてもローズの位置がわかるっきゅ。迷子になんてならないっきゅ」

「僕からは君の位置が分からないから程々にね」


 僕達は今、東区の大型デパートに来ている。

 ここ東区は、開発区でありながら移り変わりが一番遅い地域でもあり、学校、テーマパーク等々、子供向けの施設が数多く残る場所でもある。西区と比べればビルも非常に少なく、どちらかと言えばベットタウンとしての役割があった場所でもあるため、むやみやたらに開発区としての移行をすることができず、現在でもなお、対怪物向けの施設や会社よりも、一般家庭のほうが圧倒的に多いのが現状だ。

 そういった側面もあるが故に、他区と比べて様々な店が充実しており、開発区に住む人々からは休日に羽を伸ばしに訪問する繁華街のような扱いも受けている。

 当然、現在来ているデパートもその例に漏れず、わざわざ遠出をしてでも来る価値がここにはあった。


「みんなー!もうちょっとしたらヒーローがやってくるよー!いい子に待っていられるかなー?」

「「「はーい!!!」」」


 デパート、屋上、子供たち。そこまで揃えば、最早言うまでもないだろう。

 僕は今、ヒーローショーを見に来ている。いや、本来はそのつもりはなかったのだが、これはきっと運命なのだ。


 話しは少々遡るが、元々の目的は、箪笥の中に仕舞われている服の種類少なさに不満を覚えたことに起因する。僕の箪笥の中にある服は、魔法で男だった事実が改変されたその時からあるもので、それはもちろん僕の買った覚えも見た覚えもない物なのだが、如何せん質素が過ぎる。簡単に言うなれば、男でも女でもどちらでも着ることのできる中性的な物しかなかった。

 もちろんそういった服の中でも可愛い物だって探せばあるだろうが、自身の持つ服を確認すると明らかに可愛さのパラメータがゼロに近く、せっかくの美少女が台無しである。僕の趣味じゃない。

 魔法の携帯で注文してもよかったのだが、どうせ買うなら実際に色々見て回りたくなるのは人情というものだろう。

 そういった理由で始まり、こうして東区の大型デパートまで出張ってきたというわけだ。

 男の時は興味が薄かったこともあり、僕は服に詳しいわけではない。正確には、服に関わらず女性ものに関しては初心者でしかないわけだが、それでも色んな服を試着して鏡で確認するという行為は、とても楽しい経験であった。ボーイッシュな物、フォーマルな物。様々な物を店員さんからもおススメされ、そのどれもが自分に似合う物だったが、女児服を持ってくるのだけは辞めて欲しい。ヒーローは好きだが、プリントされた服を着たいわけではないのだ。

 最終的にはオススメの中からいくつかの服を購入し、現在は、魔法少女服である黒い服とは対照的な、白くて軽く、袖の短いロングワンピースを着ることにした。リボンもフリルの量も少ないと感じてしまうくらいには感覚が壊れてきてはいるが、身体を回すと広がるスカート周りは、なんとなく動かして広げて見たくなる魅力がある。

 ここまでくれば女性の買い物が何故長いのか、僕にも理解できるようになってきた。なぜなら、服を買った事によりそれに合う靴やアクセサリーなどが欲しくなってしまったからだ。

 これは良くない。いくら僕がなんでも似合うような美少女とはいえ、欲しい物を片っ端から買ってしまえば、そんなお金があるはずなど、あるはずなど?あるな。お金。たくさんあったわ。

 なんの問題もない事が判明したので、この欲望が収まるまで気ままに色んな店を回る事にした。とはいえ、強欲に全てを購入するのは流石にどうかと思うので、背丈を少々誤魔化せる厚底の靴と、髪を纏める為の長くて綺麗なリボンと、僕のイメージカラーに似合う紫色の宝石の付いた革ベルトの時計を買った。

 ここまできたならせっかくなので、髪型もイメージチェンジをしようと思い、もきゅに手伝ってもらって後ろ髪を三つ編みにして、買ったリボンで纏め上げてもらう。髪なげぇ。

 背中で揺れる三つ編みによって、鏡に映る姿が普段よりも少し大人っぽく見えるが、その先でアクセントとなる可愛らしいリボンによって相殺されているだろうか。

 だがまぁ、これは仕方のないことのだ。どうやら僕は、いつの間にかリボンかフリルがどこかしらになければ落ち着かなくなってしまったらしい。こういうのも禁断症状というのだろうか。

 その後、大変満足のいく買い物をした僕は、その気分のままお昼を済ませていざ帰宅と取り掛かろうとしたときに、そのポスターに気づいたのだ。

 『ヒーローを応援しよう』という大きな文字から始まるそのポスターには、カラフルなスーツに身を包んだ男女?が4人映っている。こういった大型デパートには珍しくはない、いわゆるご当地ヒーローと言うやつだろう。そのヒーロー達の名前は一切知らないものの、ここで行かないという選択肢をとることができるはずもない。男が廃るというものだ。


 まぁ、そういった紆余曲折があり、僕は今、屋上にヒーローショーを見に来ている。

 デパートの屋上は大型というだけあって、草野球くらいなら出来るのではないかという広さがあり、子供たちの為のスペースが多く存在していた。中央には今回の為に設営されたステージがあり、その前方には子供たちとその保護者の方々が、始まるのをいまかと待ち侘びている姿が見える。人混みというには少々まばらでありながらも、これだけ多くの人が集まっているのを見れば、このヒーローショーが如何に楽しみにされているかが如実に表れているだろう。

 それにしても、これだけの子供たちが集まっているのはかなり新鮮味がある。今の西区――昔は名称が違ったが、に住み始めてからは子供たちの姿は少なく、開発区として変化をしていったことで更にその数を減らしていった。最近はアルバイト先のコンビニに来店する子達も増えたが、それでも、ここまでの人数が集まる事などないだろう。

 昔はこうした子供たちの輪に混じりヒーローショーを見るのは少々気が引けていたが、今はなんら問題ないだろう。何せ今の僕はここにいる子供たちと見た目があまり変わらないのだから!いや、もっと幼い子達のほうが多い気がするな。それに、服装もちょっと浮いていそうだ。

 先ほど買ったばかりの僕が着ている服は中々の値段――服がそこまで値段を上げられるものとは思わなかった、をしているので、当然ではあるが値段相応に質がいい。着心地も触り心地もとてもよいので非常に気に入っているのだが、ヒーローショーを見に来る恰好ではないとはいえる。まぁそこで気にする僕ではないが。

 少し前からちらちらと、何人かからの視線を感じるが、それは壇上に「導入兼これから怪人に捕まる予定のお姉さん」が登場したことにより一瞬で霧散した。ヒーローショーの始まりだ。

 ヒーローショーの話の展開は非常に単純明快だった。よくある勧善懲悪もので、ある日平和に暮らしていたお姉さんが突然現れた怪人達に捕まり、そして観客も人質にしたところでヒーローが登場する。


「待て!怪人ジョッキー!」

「貴様はダイトーレッド!?また邪魔しに来たのか!?」

「お前の好きにはさせない!いくぞ皆!」


 赤、青、緑、ピンク。4人のヒーローが息を合わせて下っ端怪人達をなぎ倒していく。

 様々なパフォーマンスをしながら怪人に正義の鉄槌を喰らわす姿に、会場は大盛り上がりだ。

 しかし、順調に倒していくように見えたが多勢に無勢、怪人ジョッキーによる強烈な一撃を貰ってしまい、あわや壊滅の危機と言ったところで、導入兼これから怪人に捕まるお姉さんが声を張り上げる。


「みんなー!お姉さんに続いてヒーローを応援してあげて!みんなの応援でヒーローを助けよう!せーの、がんばれー!」

「「「がんばれー!!!」」」


 もちろん僕も声を張り上げる。がんばれヒーロー。

 大勢の子供たちによる声援は空に木霊していき、その声を聞いたヒーローは立ち上がらない訳にはいかないだろう。

 膝を付いていた4人は力を込めて立ち上がり、怪人へと向き直る。


「どこにそんな力があった!?」

「子供たちの声援が、僕らの力だ!!」


 立ち上がった4人の前に、怪人達は為すすべもなく、最後は締めの必殺技によってその姿を消した。

 勝利をしたヒーロー達は子供たちに感謝をし、子供たちはその姿に声援を送る。

 これこそ理想のヒーローのあるべき姿なのだろう。


「いやぁ、楽しかったね、もきゅ」

「っきゅ。とても分かりやすく盛り上がるショーだったっきゅ。遠出した甲斐があるってものきゅ」

「まぁ、魔法を使えばすぐだけどね」


 ベンチに座り、アイスクリームを食べながらもきゅと感想を交わす。

 そういえば、この姿になってからどれだけ物を食べても体重が変わった覚えがない。身長も然りだが。

 この前のアイスといい、甘い物が好きなのでついつい食べ過ぎてしまうな。太らないなら別に問題はないけれども。


「ローズ、ヒーローショーってまだ続くっきゅ?」

「いや、こういうのって連続でやった憶えはないけど・・・どうしたの?」

「っきゅ。何かまた準備してるみたいっきゅ」

「あれ、ほんとだ」


 ショーが終わったはずの舞台はそのまま片付けに入るのかと思ったが、何やらセットはそのままでカラーリングと装飾が少々変わり、新しい舞台へと変わっていく。興味深いのでそのまま眺めていると、大きな看板が立てかけられ何の催しがあるかはっきりと分かる。

 『魔法少女リンリン』。なるほど?


「新しいヒーローショーみたいだね、魔法少女物の。珍しいね」

「珍しいっきゅ?結構ありそうな気もするっきゅ」

「屋内ならまだしも、屋外だとあまり見たことないかなぁ。僕も詳しくはないけど。でも、今のご時世もしかしたらこっちのほうが、色んな人からはわかりやすいかもね」

「っきゅ。いまや怪物と魔法少女は、一般の人にとっても他人事でいられない問題っきゅ。どういったストーリーかは分からないけど、それ目的に見に来る人もいるかもしれないっきゅ」

「そうだね。人もさっきより増えてきたよ」


 よく見ると、屋上にどんどん人が集まってくる。戦隊物のヒーローショーは、男児が中心となった客層ではあったが、魔法少女物は女児を中心としている筈だ。しかし、今見える人々はそれだけでなく、広い年齢層の来訪が伺える。僕は全く聞いたことはなかったが、もしかしたらここ東区では、結構な宣伝をしていたのかもしれない。

 先ほどよりも人が集まった舞台前は混雑しており、僕の割り入るスペースもなさそうだし、ベンチに座って大人しく見物するとしよう。

 せっかくだからと魔法少女のヒーローショーも見ていくことにしたそんな僕に、横から聞き覚えのある声が掛けられる。


「あの、久しぶりだね。お隣、いいかな?」


 いつの間にか隣には、少し前にバイト中にコンビニで声を掛けてきた、ヒーローに手厳しい子が立っていた。


 小鳥遊桃ちゃんというらしいその子は、互いに自己紹介をして隣に座るや否や、突然謝罪をしてきた。

 あまりに急すぎてびっくりしてしまったが、どうやら前にコンビニで会話したことについて気を病んでいたらしい。

 僕としてはその時にだって謝罪をされたし、そもそも個人の意見に強く何かを言うつもりもないのであまり気にしないで欲しいのだが、まぁ、謝ることでこの子の気が楽になるのならそれでもいいか。


「ローズちゃんに、ヒーローを応援してって言われて、初めて来てみたんだ。魔法少女のヒーローショーがあるみたいで、どんな感じなのかなって。みんなは、どんなヒーローを、応援したいのかなって」

「そうなんだ。まぁ、僕も魔法少女のヒーローショーは初めて見るから気になるね」


 これを期に、彼女にはヒーローを好きになってもらいたい。いや、好きだからこそ厳しい意見を持っているのかもしれないが、子供たちの応援は確かに力になるのだと、知ってもらいたい。

 魔法少女のヒーローショーは戦隊物と似たようなストーリーで進行すると思ったのだが、少し違っていた。

 ヒーローがいて、怪人がいて、応援する子供たちがいる。構図自体は変わらないものの、そこに至る過程や、伝えたいことは、明確に違っていた。


 とあるところに普通の少女がいました。その少女は不思議な動物から魔法の力を貰い、魔法少女となりました。魔法少女の敵は、黒くてドロドロした怪物です。少女は魔法の力を使って怪物を倒そうとしますが、力が足りません。怪物が観客へと視線を向け襲い掛かろうとしたとき、お姉さんが叫びます。


「みんな、お姉さんに続いて魔法少女を応援してあげて!せーのっ、がんばれー!」

「「「「「がんばれー!!!」」」」」


 魔法少女はその言葉を聞いて立ち上がります。くじけてしまっても、力が足りなくても。声援によって何度でも立ち上がりながら向かいます。魔法少女は傷つきながらも怪物をついに倒し、みんなの前に笑顔を見せます。服はいつのまにかボロボロの物を着ており、顔や腕には傷や汚れがついています。ただ、それでも格好よく、みんなの事を守ってくれました。


 なるほど。明らかに魔法少女を知っている人が作ってるんじゃないかな、これ。魔法少女と不思議な動物はまぁ、ありきたりな組み合わせだとは思うけど、ドロドロとした怪物なんて『ワンダラー』の事以外考えられないし、ヒーローショーのヒーローは、わざわざボロボロになったりなんてしない。理想のかっこよさというよりは、泥臭い格好良さだろう。作中でも普通の少女といったところが強調されていたあたり、これは分かっていて作っている作品だろう。


「いいショーだったね、小鳥遊ちゃん」

「うん。魔法少女の子、頑張ってたよ」


 とてもいい作品だったと思う。子供向けにしては単純明快とまではいかないものの、見に来た大人達にはしっかりと心に刻まれるだろう。そして、実際に魔法少女を見た時に、この作品を思い出すのだ。もしかしたら、魔法少女は普通の少女なんじゃないかって。

 この魔法少女のヒーローショーがいつから行われているか分からないけど、確実に、今を生きる魔法少女達の力になるはずだ。

 欲しい服も買えたし、楽しいヒーローショーも見れた。余は満足じゃ。


「さて、それじゃここらへんで僕は帰るとするよ。またね」

「うん!一緒に見てくれて、ありがとう!あの、よければ連絡先、交換しない?」


 小鳥遊ちゃんも楽しんだみたいで、興奮冷めやらぬといった感じだ。

 連絡先の交換については、まぁ、いっか。普通の中学生の子と話が合うとはあまり思えないが、ヒーローの話で盛り上がる事もできるだろう。

 二人で携帯を取り出していざ連絡先の交換をしようとすると、懐に入れた魔法の携帯が振動する。マナーモードにしているので音はしないが、『ワンダラー』の出現でもしたのだろうか。

 水を差された気分にもなったが、ヒーローとしてのお仕事も僕にとっては楽しみの一つだ。

 早めに小鳥遊ちゃんと別れて現場に向かおうとおもったとき、小鳥遊ちゃんが携帯を見つめながら震えていた。


「うそ・・・どうして・・・!?」


 携帯に何が映っていたのかは分からないが、尋常じゃない震えと怯え方をしている。

 こちらのことが目に留まらないくらいに混乱をしていたので、とにかくなんでもいいので声を掛けようとしたとき、突然寒気に襲われ、そして変身をしなくても感じられるほど近くに、悪意を感じ取った。怒り、怯え、嘲り。様々な負の感情が渦巻き、明確な悪意となり肌に突き刺さる。その悪意は先ほどまでショーをしていた舞台に集まり、集まり、集まり。そして黒く醜悪で粘液質な怪物へと変貌する。

 人々の前に、『ワンダラー』が現れた。

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