評価のされない縁の下の力持ち

「ただいま戻りました」

「えっと、失礼します」


 ブラックローズと出会った後の委員会の魔法少女2人は、紅姫をなんとか説得して魔法少女委員会の本部まで足を運んでいた。

 紅姫を委員会まで連れてくるのに当たって、魔法少女学校への扉を呼び出すことも考えたが、もうすでに変身をしている上に魔法も使用したことがあるという説明を受け、道中で最低限の魔法と心得を教えておこうという考えの元至った結果だ。

 本来なら魔法の使用は魔法少女学校で許可が下りるまでは控えるべきものだが、サファイアは未経験の魔法少女を教導する認可を得ているので、まるで教師のように説明をしながら本部までの道を渡ってきた。

 魔法を学び、鍛えている2人とは違い、正真正銘初心者である紅姫は、その魔法の素晴らしさに感動すると同時に、慣れない力の行使をしたため疲労困憊の状態で辿り着いた。

 深夜の『ワンダラー』討伐から帰った2人を応接室の一室で出迎えた主任の沢田は、戻ってきたのが3人になっているのを驚きながらも、室内へ歓迎し飲み物の用意をする。


「おかえりなさい、2人とも。そちらの方は初めまして。怪物対策省魔法少女委員会の主任を任されてます、沢田優子といいます。緑茶だけど、どうぞ。それで、サファイア。詳しい説明をお願いしてもいいかしら?電話だけじゃなく貴女が直接ここに連れてきたという事は、何かしらのトラブルかしら?」

「そうとも言えます。少々込み入った話にはなりますが、お聞きください」


 サファイアが、本日の『ワンダラー』討伐の際に起こったことについて沢田へ説明をする。ブラックローズに会った事、紅姫に会った事、そして紅姫が魔法少女になったばかりであるという事。

 説明を聞いていた沢田は、話が進むにつれて眉の皺を深くしていき、話が終わるころには少々頭が痛そうにしていた。


「そう。とうとう何の説明も受けない魔法少女が誕生してしまったのね・・・。話は分かりました。紅姫さんの事は、こちらで引き継がせていただきます。サファイア、クォーツ。もう遅い時間ですので帰って大丈夫ですよ。お疲れさまでした」

「はい。それでは、お先に失礼します」

「お、お疲れさまでした・・・!」

「クォーツ」

「は、はいっ!?」


 沢田がクォーツを呼び止める。突然声を掛けられたクォーツは、驚きのあまり近くのデスクへぶつかってしまい、あたふたと身体を彷徨わせる。

 ぶつかる要因となった声を掛けてしまった事に若干の罪悪感を感じつつも、クォーツへ問いかける為に沢田は話を続ける。


「今日は、どうだったかしら?魔法少女、まだ続けられそう?」


 本日のクォーツの出動は『ワンダラー』の討伐ではなく、リハビリのようなものだ。

 一度は魔法少女を辞めてしまったクォーツが再びここに訪れてくれたときは、驚きもしたし、何よりも嬉しかった。

 二度とこの子を同じ目に合せてはいけない。『ワンダラー』という怪物に一人で立ち向かわせてしまった事、人々の悪意から守ってあげられなかった事、魔法少女を辞める決断をしたときに何もしてあげられなかったこと。

 沢田にとっては後悔の全てであり、この場所にいつづける最大の理由でもある。

 今度こそ、彼女を、そしてこれからの魔法少女を守る。それが大人である自分が出来る、魔法少女への恩返しなのだから。


「えっと。『ワンダラー』に出会う前に終わってしまっていたので、まだ、分かりません・・・」

「そうよね。無理はしなくて大丈夫よ。調子がいい時にサファイアとまた出動してもらうわ。魔法少女として動くのは、それからでも遅くはないから。自分の事を一番に考えてあげて」

「はい、ありがとうございます!えっと、失礼します!」


 クォーツは頭を深く下げ、出口へと向かい歩いていく。

 見送る背中姿にはかつての重く暗い雰囲気はなく、足取り軽くとまではいかないものの、一歩一歩しっかりと地に足を踏みしめて前だけを向いている。

 この先、彼女が自身の理想の魔法少女になれることを祈りながら、沢田自身――魔法少女委員会の大人達のお仕事、の問題を片づけることにする。


「さて、それでは紅姫さん。少々お話よろしいでしょうか。あまりお時間を取らせる気はありませんが、ご家族へのご連絡はもうされてますか?もしまだのようでしたら、こちらからご連絡することもできますが」

「問題ねぇよ。夜遊びする事なんて珍しいことでもねぇし」

「わかりました。サファイアからは大体の事は聞いたと思いますが、魔法少女達はここ、魔法少女委員会に所属する事が義務付けられています。もちろん、まだ怪物対策省も魔法少女委員会も一般的に公表されているものではないので、強制力という面では薄いものではありますが。しかし、ここまで付いてきてくださったということは、同意いただけたものとして理解してよろしいでしょうか?」

「半ば強制的だった気がしねぇでもねぇけどな?まぁ、仕方ねぇともう割り切ったよ。どうせこの委員会とやらに入らねぇともっと面倒なことになるんだろ?だが、アタシは魔法少女なんてもんやる気はねぇからな?ここに来たのは、魔法は学ばないと危険だと脅されたからだ。アタシが必要なものが揃ったらあとは好きにさせてもらうぞ」

「魔法少女を続けるかどうかは貴女の意思を尊重させていただきます。ただ、魔法少女学校へは通っていただきますし、いままでの生活を保障できるものでもありません。魔法少女は未だに謎が多く、こちらでもしっかりとした体制が整っていないからです。不都合が生じる場合もございますが、その時はこちらでも精一杯対処させていただきます。いまはこれくらいの確約しかできないんです、申し訳ございません」

「よくわかんねぇが、魔法少女は続けなくていいんだろ?あとはまぁ、高校に通えればいいわ。魔法少女学校ってのに行かなきゃなんなくても、高校をやめる必要はねぇんだろ?」

「もちろんです。魔法少女であることを秘密にしてくだされば、と注釈が付いてしまいますが」

「だれが好き好んで魔法少女なんてもんになったって言いふらすんだよ!」


 高校生で突然そんなことを言い出す者がいたら、それを信じる人間よりも幾分か遅い中二病の発症を疑う人間のほうが多いだろう。

 魔法少女に成ったという事実は、幼い子供にとってはともかく、大人の道を歩んでいる高校生にとっては自慢できるものではないのだ。


「同意頂けたようだし堅苦しいのは抜きにして、魔法少女委員会は貴女を歓迎するわ。魔法少女名は『ガーネット』と名乗るといいわ。赤い姿の貴女にぴったりよ」

「おい!アタシは魔法少女なんてやらねぇっていってるだろ!?魔法少女名なんていらねぇよ!」

「その姿で出会う人全てに紅姫と名乗るつもりかしら?ここには魔法少女関係者しかいないとはいえ、あまりオススメしないわよ?」

「・・・・・・くそが!」

「不満はあると思うけど、貴女のためでもあるのだから飲み込んでちょうだいな。それより、今日はどうする?このまま家へ帰るのかしら?宿舎もあるからそこを使っても構わないわよ?」

「帰るのは面倒だ。案内しやがれ」

「私は教師の役目もしているの。まずは言葉遣いから教えるところからかしら?」

「・・・案内してください」

「よろしい。あまり細かい事を言うつもりはないけど、ここには貴女より小さい子がたくさん訪れるから、そこらへんは配慮してもらえると助かるわ」

「善処するよ」


 沢田が紅姫――もとい魔法少女ガーネット、を宿舎に案内しながら、各施設や役割、怪物対策省というものについて簡単に説明していく。

 魔法少女という子供向けのファンタジーに対し、現実が対応せざるを得なくなった結果出来上がった施設や役割は、魔法という言葉の上から泥を被せるくらい予想以上に夢がないものであり、ガーネットはそのちぐはぐさに顔を歪めることとなった。

 これは子供に見せたら夢を壊すようなものじゃないかというガーネットの感想を予測したのか、沢田は苦笑しながら、子供向けに作られた場所もあると答える。無機質で利便性のみを求めた遊びのない施設群は、中学生ならまだしも、小学生にとっては余りにも冷たく映り、実際に訪れた子の中には泣き出してしまった子もいたからだ。

 『ワンダラー』を倒し人類を守る子供たちの要望を出来るだけ叶える。『ワンダラー』が与えた被害と比較すれば、魔法少女達の要望などささやかなものでしかないので、不都合ないように揃えるのは我々の役目ではあろう。だが、それらを叶えた結果、委員会に所属する大人達は節約をせざるを得ない状況にも陥っている。人類の功労者に対して報いることはあっても、それを支える大人達はそれでも助けられている側でしかないので、中々報われることがないのだ。大体、魔法少女に報いるのは当然にしても、それを支える為の予算まで削っては本末転倒ではないか。給料面ではなく最低限人数がいなければ満足のいくサポートなどできるはずないではないか。

 説明が段々と愚痴めいたものになっていった沢田を見たガーネットは、魔法少女という自身の立場に少しばかりの幸運を感じはじめ、反面、いまだに醜態を晒し続ける大人の姿を目に焼き付け、この職業には絶対に就くまいと心を確かにしながら、宿舎の手続きを手短に済ませそそくさと逃げるように入居する。


「そういやぁ、あのブラックローズとかいう黒いのはどこいったんだ?なんかサファイアとは険悪とまではいかないまでも気まずそうにしてたが」

「あー・・・彼女のことはこちらでもよく分からないんです。どこにも所属していない、謎の魔法少女ですので・・・」

「はぁ!?なんだそりゃ!?」


 宿舎に入る前にした何気ない質問だったが、帰ってきた言葉は予想斜め上のものだった。

 どこにも所属しないのが許されるなら、自分だってそれでいいじゃないか。そう問いかけようとした相手は、深く聞かれることを嫌ったのか、急いで元の道を翻していった。






「飯田部長は今どこにいます?」

「部長なら仮眠室で休憩中ですよ。また何かトラブルですか?」

「大きなトラブルと言うほどではないですが、これからそうなる可能性がありますね」

「はぁ。私たちが休めるときはいつくるんですかね・・・」


 怪物対策省に所属する人間は、おおよそ国に所属しているとは思えない程ブラックな生活を余儀なくされている。むしろ、『ワンダラー』というものが国の危機であることを考えると、現状は正しい在り方であるのかもしれないが、働いている身からすれば溜まったものではない。仕事が終わらないので自宅に帰れる者は少なく、最早ここで家であるかのように生活を余儀なくされている。

 新たに作られた施設でもあり、寮のような生活場所は多く配備されているためそういった点で困ることはないが、仮眠室を使う人間がいる時点でお察しだろう。

 それはさておき、報連相は社会人として大事なので、仮眠室で疲れを癒している飯田部長には気の毒だが起きてもらわなければいけない。遠隔操作の目覚まし時計にその本領を発揮してもらうと、数分もしたあと飯田部長が本部まで現れることとなった。


「今度は何の要件だ?久々にまともな睡眠時間とれてるんだからまともな要件で頼むぞ」

「十分まともな要件ですよ。先ほど、サファイアとクォーツが連れてきた新しい魔法少女を保護しました。彼女は初めての高校生の魔法少女であり、精霊から魔法少女にされた後はなんの説明もなく放置されていたそうです。たまたま居合わせたブラックローズによって委員会への所属を促され、サファイア、クォーツの両名がそれを引き継いだそうです。保護した少女の名前は紅姫、魔法少女名はガーネットと名付けられ、現在は魔法少女用の宿舎でお休み頂いてます」

「ちょっと待て。訳が分からん。少し整理させてくれ」


 要点だけを揃えた説明から詳しい説明へと移行し、全ての話を聞き終わり整理したものの、疑問はまだ残った。


「新しく所属したガーネットが初めての高校生であり、なんの説明もなかったという事は分かった。懸念していた通り、これからはそういった魔法少女が増えることになりそうだな。早急に対処せにゃならん。それで、ブラックローズは一体どういうつもりなんだ?ガーネットに委員会に所属するように促したって意味がわからんぞ。そういった判断が出来るならブラックローズだって委員会に来てくれてもいいもんじゃないか?」

「私に聞いても分かりませんよ。サファイアが気づいたときにはもうどこかにいっちゃったみたいですし。委員会へ誘ったみたいですが、今回も聞く耳を持ってくれなかったみたいです。魔石を独占することが目的かと思ったんですが、ガーネットが倒した魔石は手を付けなかったみたいです。目的がよくわかりませんね」

「まぁ、単純に自由に動きたいだけかもしれないな。魔法なんて面白そうなモン、自由に使えない事に不満を覚える子供は少なくないしな。まぁ、わからんもんを考えても仕方ない。それより、明日から本格的に魔法少女の保護に動かなきゃならん。どうすれば分からない魔法少女を導く事が必要になるし、高校生まで魔法少女になれることがわかっちまったからな。これからは大人だって老人だって、もしかしたら男だって魔法少女になる時代がやってくるかもしれないぞ?」

「よしてくださいよ。最早少女の定義がわからないですし、男性があの衣装を着ている所を想像したくないですよ?」

「冗談だ。そうならないことを願うよ。それより、全ての少女達に魔法少女になる可能性があることを伝える必要がある。そろそろ俺らも表舞台に出るときが来たようだぞ」

「それでお仕事が楽になればいいんですけどね。人員補充はお願いしますよ」


 魔法少女委員会が世間に公表されれば、それを支援するために人員が集まることは期待できるだろう。それと同時に、仕事の量が増えることも必然と言えるので、結果がどうなるかなど今の時点で知る由もないが。

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