不良少女と堅物委員長のような関係

 それは一言で言うなら青い少女だった。

 服やスカート、靴などのメインカラーとなっている深い青。

 髪や瞳のメインカラーとなっている清涼感のある水色。

 腰ほどに伸びた髪は肩程で縛られ、それをまとめるリボンには青い水晶が輝く。

 クールというよりも冷徹な印象を感じるようなカラーリングをした少女は、それに違わないような釣り目と、への字に絞められた唇によって強められている。

 どうみても普通ではない少女は、その吊りあがった眼と眉を歪ませ、明らかにこちらを警戒した素振りを見せる。

 話しかけられたのはこちらであるはずなのに、まるで不審者に絡まれたかのような反応をされても困る。

 いや、むしろ不審者を発見したときの反応か?


「初めまして。私は魔法少女委員会日本中央支部所属の魔法少女、サファイアと申します。貴女の所属部署と魔法少女名をお聞かせ願えますか?」


 なんか尋問みたいなのが始まったぞ。というか所属部署ってなんだ。多分、もきゅが言ってた組織とか、そのあたりに関係するんだろうけど、正直なんて返せばいいのかわからないぞ。


「お答え頂けないのですね。ご存じでしょうか、魔法少女はその力の悪用を防ぐ為、委員会への所属が義務付けられております。そのご様子ですと中央支部以外の魔法少女ということでもないのでしょう。先ほどこの近くに出現した『ワンダラー』を倒したのも貴女ですか?色々と詳しい話を聞きたいので、大人しくご同行願います」


 不信感を確信に変えたのか、きっちりと揃えられていた足に心なしか力が入っているように見える。


(もきゅ、どうすんだよこれ。なんか敵対行動取られてるんだけど)

(最初にも説明したけど野良の魔法少女なんて義務を放棄する不良と同じっきゅ。当然、組織に所属してる人たちからすれば、仕事もしないで遊んでるダメ人間みたいに思われるっきゅ)

(えぇー・・・『ワンダラー』だってちゃんと倒したのに)

(会社に所属してないのに仕事をしたって、評価されないのは当たり前っきゅ)


 自営業の許される職ではないという事だろう。理解はできるが悲しい。


(どうすればいいと思う?正直なんて答えればいいかもわからないんだけど)

(逃げればいいと思うっきゅ。そもそもローズは野良の魔法少女なんだから、敵対するのは分かり切ったことっきゅ。名前だけ名乗ってすたこらさっさっきゅ)


「力づくで、ということはしたくありませんのでどうかご同行ください。もしくは、存じ上げなかったということでしたら、説明を怠った『妖精』の怠慢でもあります。こちらで精一杯の対処をさせて頂きますのでご安心ください。いきなりのことで怖がらせてしまったのでしたら申し訳ありません。ただ、これはとても重要なことなんです、なのでどうかお願いします」


 始めは威圧的だったのが段々と弱々しくなっていき、最終的にはこちらを気遣うような口調へと変わっていく。

 まぁ、本当の少女がいきなりこんなこと言われたら恐怖でしかないだろう。

 僕は少女ではないが、警察にいきなり声をかけられたら、もしかしたらこんな気分になるのかもしれない。

 力づくではしたくないという言葉の通り、向こうからなんらかのアクションを起こすつもりはないようなので、こちらから動かせてもらおう。


「アクセル」

「・・・!?待ちなさい!私の話を聞いてなかったのですか!?魔法少女は委員会への所属が義務付けられてます!最悪、犯罪行為として処罰される恐れもあります!!魔法の行使を破棄して、同行してください!!」

「僕の名前はブラックローズ。どこに所属するつもりもないし、誰の指図も受けない」

 

 足に力を込めて後方へと一気に飛ぶ。

 地上40階。ここ周辺では一番を争う高さのビルから飛ぶのは、魔法の力があるとはいえ脚が少々すくむ思いだ。

 正面にいた青い少女がこちらに向かって何かを叫ぶが、風によって遮られ、いずれ何も聞こえなくなった。

 さすがに追ってはこないだろうが、直線で帰って自宅バレでもしたら目も当てられない。

 ビルの屋上を順々に飛び跳ねながら、来た時よりも速度を上げて自宅へと迂回気味に向かうことにする。






 「ただいまー」


 玄関前に着地して誰にも見られてないか確認しながら、マイホームへの帰宅を完了する。

 変身を解除すると同時に魔法が消え去り、服もいつもの――少女の身体になってからはいつものと言い難いが、自宅用の軽装となる。

 可愛い魔法少女服から普通の服装になると、なんとなく違和感がある。

 可愛らしさとは無縁な、あまりにも簡素すぎる服なので、いずれは買い物にいかないといけないだろう。


「ローズ、まずはお仕事お疲れ様っきゅ。無事『ワンダラー』を倒すことができて僕としても嬉しい限りっきゅ」

「ありがとう。予想していたよりは簡単だったから、なんとかやっていけそうだよ」

「その調子っきゅ。『ワンダラー』はまだまだたくさんいるから張り切って倒すっきゅ」

「いや、そんなにたくさん出てきても困るんだけどね・・・。それより、これから先も他の魔法少女とあんな風にぶつかるのかと思うと憂鬱だよ」

「仕方ないっきゅ。それが野良の魔法少女である宿命っきゅ。ただ、サファイアと名乗ったあの子も言っていた通り、組織には支部があるし、魔法少女にも担当があるっきゅ。詳しいところまではさすがにわからないけど、魔法少女自体人手不足だから、出会う魔法少女はそこまで多くないはずっきゅ」

「でも出会った場合、また不審者のように詰問されるんでしょ?」

「うーん・・・。正直あそこまで言われるのは予想外だったっきゅ。魔法少女は総じて小中学生くらいの子達だから、義務だったり、責任感だったりで動く子はなかなか珍しいっきゅ。多分さっきの子が特別真面目なだけだと思うっきゅ」

「真面目系ヒーローかー。うーん、いいね」


 やはりヒーローの中にはそういった真面目な子は必要だろう。正義というのに相応しい。

 問題はその真面目さが僕に牙を向いてきてることだが。


「とりあえずはサファイアちゃん?以外からはそこまで気にしなくていいのかな」

「大小あると思うけど、野良の魔法少女だからという理由で邪険にしたりする子はいないと思うっきゅ。友好的か、無関心かくらいだと思うっきゅ」

「無関心もきついなぁ・・・」


 叶うなら、次会う魔法少女は友好的であって欲しい。

 魔法少女生活は身体のダメージはなくても心のダメージが蓄積されそうだ。


「そんなことより!そろそろ魔石をポイントに還元するっきゅ!携帯を開くっきゅ!」

「そんなことって言わないでよ!魔法少女のモチベーションを上げるのも大事なんでしょ!」

「誰からも好かれる魔法少女なんて目指してないんだから、その程度気にしてたって仕方ないっきゅ。それに、魔石のポイント還元の内容を聞けばモチベーションなんて簡単にぶち上るっきゅ」


 なんで僕よりもきゅのほうがテンション高いんだろう。

 僕のモチベーション上げるためのシステムじゃないのか。

 仕方ないので言われた通りに携帯を開き、指示された通りにアプリケーションを開く。


 『魔法少女アプリ』


 あまりにも直球な名前をしたそのアプリケーションは、開くとブラックローズの名前と共に全身が表示され、その脇に様々なコマンドみたいなものが並んでいる。

 なんとなく育成ゲームのような雰囲気を感じる。餌でもあげればいいんだろうか。


「なにこれ、ゲーム?」

「違うっきゅ。これは『魔法少女アプリ』っていって、魔法少女同士のSNSだったり、ランキングだったり、ニュースだったり、『ワンダラー』の出現情報がまとめられてたり、まぁ色々と便利なものっきゅ」

「説明雑すぎない?」


 そもそもランキングって何を競うんだ。美少女コンテストでもしてるのか?優勝するぞ?


「正直使わない機能が多すぎるっきゅ。あれも欲しい、これも欲しいって追加していったから、もきゅ達も全容を把握しきれてないっきゅ。使ってるうちに覚えていくっきゅ、多分。それより早く魔石を取り出して携帯に押し付けるっきゅ!」


 もきゅが僕の手を掴んで携帯へと持ってくるように引っ張るが、どれだけ力を入れられても動く気がしない。非力まんじゅうめ。

 全力で引っ張っても動かないと分かったのか、早くしろと急かすように腕を叩きだす。

 もう少しもきゅで遊んでいようと思ったが、いい加減お風呂にも入りたいので逆らわずに、魔石を携帯へと押し付ける。

 コツッと画面とぶつかる感触があると思いきや、魔石は画面の中に沈み込んでいき、そのままその姿を消してしまった。


「まさか消失マジックの機能がついているなんて思わなかったよ」

「せめて魔法って言って欲しいっきゅ。もきゅは君をマジシャンにした覚えはないっきゅ。さあ査定の結果は・・・じゃん。330ポイントっきゅ!まぁ普通っきゅね」

「330ポイントって言われても、そのポイント自体が何なのか全然わかんないんだけど」

「このポイントは魔法少女の活動によって貰えるお金みたいなものっきゅ。例えば『ワンダラー』を何体倒したとか、新しい魔法を開発したとか、様々な成果によってポイントが貰えるっきゅ。魔石もその成果の一つで、大きさや純度によって貰えるポイントが決まるっきゅ」

「なんか増々ゲームアプリみたいだね。それで何と交換できるの?」

「色々っきゅ。魔法のアイテムだったり便利なスキルだったりから、日用品や食料品まで幅広く提供してるっきゅ」


 オンラインストアみたいなものなのかな。成果が自分の目でポイントとしてみれるのは確かにモチベーションに繋がりそうだ。


「ちなみにポイントは日本円だと1ポイントで大体1万円っきゅ」

「は?」


 じゃあさっきの石は330万円くらいの価値があるってことか?時給いくらだよ・・・。


「危険のある仕事にしては安すぎる気もするけど、魔石以外にもきっちり仕事の報酬は渡すから安心して欲しいっきゅ」

「別に安すぎるとは思ってないけど。でもそっか、危険な仕事ではあるもんね」


 今回危機に陥ることはなかったが、もしかしたらそのうち怪我でもしてしまうかもしれない。他の人たちと同様、悪意によって昏睡してしまうかもしれない。

 魔法少女は超人ではあるが万能じゃないんだ。

 労災降りるかな・・・。


「魔石は基本的にそれぞれの国や組織で回収してるけど、こうしてもきゅ達がある程度の価値の基準を作ってるっきゅ。そうしないと最悪、魔石の価値をタダにしてで回収するとこも出てくるっきゅ。不健全な行いは新しい怪物を産み出す元凶にもなりかねないっきゅ」

「魔石一つでも結構複雑なんだね・・・」

「新しい資源というのは多くの価値と問題を産み出すものっきゅ。難しい話は抜きにして、これで魔石の利用方法は理解してもらえたと思うっきゅ。今後もこの『魔法少女アプリ』を活用して、より良い魔法少女生活を目指して欲しいっきゅ」


 小中学生の情操教育にはあまりよろしくない話だったが、まぁ僕が気にしても仕方ないな。

 『ワンダラー』1体でこれだけのお金が入るなら、結構充実した生活を送れそうだ。

 魔法少女アプリで服でも探してみるか。

 ポイントでどんな物が交換できるか、携帯を色々と弄りながら脱衣所に向かう途中、もきゅが風呂敷に包まれた何かを渡してきた。


「これは今日のお給料と魔法少女ブラックローズ誕生の祝儀っきゅ。手渡しで申し訳ないけど受け取って欲しいっきゅ」


 札束の山だった。

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