魔法少女ブラックローズ VS 徘徊怪獣ワンダラー
暗い闇の中、赤い2つの光が怪しく煌めく。
粘膜気質のドロドロな身体に埋め込まれたそれは、どこを見つめているでもなくただ前を向き、ゆったりとした歩みで進んでいく。
ソレが通り過ぎた後に物理的な痕跡は何もないが、淀んでいて気分が悪くなるその雰囲気に、常人であれば正常でいられないだろう。
不運にもソレに触れられてしまった者は、昏睡、発狂、記憶の喪失等々。どれをとってもロクな結果にはならない。
起きている人には恐れを、寝ている人には悪夢を振りまくその存在は、我が物顔で建造物をすり抜けながらただ前へ前へと進んでいく。
明らかに異質でこの世のものとは思えないこの存在は、人呼んで『ワンダラー』。
ただ徘徊し、ただ不和を振りまき、ただ存在する、おおよそ生命体とは言い難いこの人類の敵は、多くの悪意の塊によって形成されている。
排除しようにも手が出せず、何をしようにも微動だにしない。
どこからともなく現れたこの化け物に気づいたものは、逃げる力すら段々と失い通り過ぎるのを祈るばかり。
多くのビルや街頭が建ち並ぶ集合地に、この異形の姿を確認したときにはすでに遅く、いまこの瞬間も、建物の中からその姿を憎々し気に見ている人が窓に映る。
歩く度に被害が大きくなるこの怪物の向かう先には、この周辺一帯で一番大きなビル群が壁のようにして建っている。
怪物があそこを通り過ぎればどうなってしまうのか。
予想できてしまう未来と、そうであって欲しくないという願望。
見守る人々が諦めの感情に駆られたその時、一陣の風が吹き荒れ、一つの人影が怪物の前へと降り立つ。
怪物と対峙するには明らかにちっぽけなその存在は、しかしながら圧倒的存在感を持って見るものを惹きつける。
自らの行く先を阻む障害物にどういった感情を怪物が抱いたのかはわからない。
だが、それを排除しようとする意志はあったのだろう。
いままではただ歩みを進めるだけだったその存在は、ドロドロの身体の一部を触腕のように伸ばして叩きつけるかのように人影へと振り下ろす。
建物を通り抜けられる怪物が意思をもって攻撃をしたらどうなるのか、触れるだけで異常を来すあの身体に覆われてしまったらどうなってしまうのか。
傍観する人々の想いとは裏腹に躊躇なく振るわれたその腕は、地に叩きつけられる寸前にまるで風船かのように破裂する。
強烈な閃光が煌めき弾け、深い闇夜の中、まるでスポットライトに当てられたかのように怪物と人影を照らし上げる。
風に靡く長い髪とスカート。怪物を鋭く見つめる勝気な眼。自信に溢れ三日月状に曲がる唇。胸に輝く紫水晶。
リボンとフリルが揺れ動き、黒と紫で彩られた全身は、誰が見ても可憐な少女の姿をしている。
右手に剣を握りしめ怪物へと先端を向ける狩人は、まさに異形の怪物の天敵。
「さあ、お前の罪を数えろ!」
魔法少女ブラックローズのエントリーだ。
ピンチに格好よく登場するのはヒーローにとって必須要項だろう。
どう格好よく登場すべきか、ポーズはどうしようか。
色々と考えながら『ワンダラー』の元に駆け付けた時に僕の眼に映ったのは、もう少しでビル群へと到達するドロドロの粘液の姿だった。
わざとピンチを演出しようとしていたわけではないが、急いで向かわないと『ワンダラー』による被害がどこまで広がるかわからない。
慌てて目の前へと登場し、立ちふさがる壁として怪物へと対峙した僕に、怪物がくれた反応は振り下ろされた触腕だった。
別に会話をしようとかそんなことは思っていたわけではないが、あまりにも直球すぎる熱烈な歓迎に、慌てて腰に下げていた剣を手に取り振り回す。
もっと遠目から不意を打って攻撃すべきだったか。
焦りの余り飛び出してしまった後悔の念も後の祭り、自らに振り下ろされる腕に、恐怖しながらも振るった剣がぶつかったとき、何の抵抗も感じられず一瞬にして腕が弾け飛んだ。
魔法も使っていない――というより使う暇も考えるだけの時間もなかったが、ただ剣を振るっただけの攻撃とも言い難い児戯ですら自らに降りかかる脅威を軽く打ち払うだけの力があるという事実は、乱れた心を平静に戻す効果的な材料となった。
自分の力は通用する。相手の攻撃は怖くない。
自信は恐れを吹き飛ばし、前に進むための原動力へと変わった。
足を踏み込み、『ワンダラー』の元へと瞬時に飛び込む。
剣を横薙ぎに振るい、ドロドロの身体を真っ二つにするように斬り付ける。
反応の遅れた『ワンダラー』は、振るわれた剣からまるで身体を守るように体積を増やし、触腕でガードのような姿勢を取り剣の軌跡に割り込ませる。
複数の触腕によって固められた身体は、何事にも揺るがぬ巌のように存在感を増すが、断ち切る剣は溶けたバターでも切るかのような抵抗しかみせず、腕を振り切った後には全身を3割程消滅させる結果となった。
「|||||||||||||||」
悲哀とも怒号ともとれる言葉として理解のできない異形が放つその声は、聞くものの恐怖を掻き立てる異音として街中へと鳴り響く。
しかし、攻撃を喰らった際に漏れだした異音など明らかに悲鳴以外の何物でもなく、それはただ、次の攻撃をより苛烈にするだけの後押しになる。
がむしゃらに残りの触腕を振り回してくるが、軽く剣を振るうだけで弾け飛ぶ攻撃などただ大きい風船みたいなもので、目の前へ振るわれる腕を一つづつ潰したあとには普通車くらいのサイズへと縮んでしまった「ワンダラー」しか残らなかった。
最早大勢は決しただろうが、邪悪にかける慈悲はない。
袖口から銀色に輝くメダルを取り出し、手に持つ剣へとはめ込む。
円形の穴が埋まると同時に剣身が輝きを持ち、物語に出てくるような神秘的なモノへと変貌する。
剣を構え敵を注視しながら、上段から下段へ両断するように剣を振り下ろしながら叫ぶ。
「光よ!闇を打ち滅ぼせ!」
メダルに込められた魔法が決められたワードによって真価を現す。
浄化魔法「ホーリー」。
闇を打ち払い、邪悪を消し飛ばすこの魔法は、魔法少女であれば誰でも使える唯一の魔法となっている。
魔法少女にの基本でありながら、怪物退治には必ず使われる浄化の魔法。その効果は見るも明らかだろう。
光の剣が天から降り注ぎ、怪物へと目掛けて突き刺さる。
地まで貫いたその剣は、怪物は勿論のこと怪物が放っていた淀んだ空気ごと打ち払い浄化する。
光が消えたあとには静寂が訪れ、先ほどまでそこに怪物がいたことなど信じられないくらい、何事もなかったかのように消え去っていた。
幻覚でも見ていたかのような光景に自身の眼を疑った人々は、このショーを作り出した魔法少女を探すが、すでに少女は怪物が消えたのを確認したあと、来た時と同様、風のように去っていた。
「いやぁ、とても見ごたえがあったっきゅ!さすが僕が認めた魔法少女っきゅ!」
「そりゃどうも。でももうちょっとアドバイスくれてもよかったんじゃない?さすがに初めての経験だと恐ろしくて敵わなかったよ」
怪物退治を終えた後、本当に消滅したのか確認するためしばらくビルの頂上で待機することにした。
自信満々に魔法を放って立ち去ったのに、実はまだ生きてました、なんてことになったら末代までの恥だ。
先ほどまで戦っていた場所を見下ろして問題がないか確認しながら、暇つぶしを兼ねてもきゅへと不満を漏らす。
「『ワンダラー』を子供扱いしておいて何言ってるっきゅ。あれだけ一方的に嬲った上にアドバイスなんかしたら『ワンダラー』が可哀そうっきゅ」
「怪物相手に可哀そうも何もないでしょ。それに嬲るだなんて人聞きの悪い・・・」
「ローズの攻撃魔法ならあの程度のサイズ、一撃で消し飛ぶっきゅ。攻撃魔法も使わないで浄化魔法で消滅させるなんて嬲りと誹られたって仕方ないっきゅ。まぁ、無慈悲なところもヒーローとして好ポイントっきゅ」
「攻撃魔法と浄化魔法って何か違うの?」
名前的にも効果的にも同じようなものだと思ったが。『ワンダラー』も消し飛んでたしあまり変わるようには思えない。
「浄化魔法っていうのは名前の通り、悪意のあるものを浄化するための魔法っきゅ。でもそれは『ワンダラー』自体を浄化するものじゃなくて、『ワンダラー』の放つ邪悪な力を抑えるための、いわば防御用の魔法っきゅ。『ワンダラー』の個体ごとに少し違いはあるけど、総称して『悪意』と呼ばれるあの気分が悪くなる気配は、魔法少女にとっても毒になるっきゅ。だから本来なら戦闘前や戦闘中に使うことで、悪意に対抗できる手段を得るっきゅ。間違っても『ワンダラー』に直接ぶち込むものじゃないっきゅ」
「えぇ・・・。でも『ワンダラー』倒せたよ?」
「そりゃ悪意の塊である『ワンダラー』だって過剰に浄化されれば消滅だってするっきゅ。本来なら『ワンダラー』の表面を削るくらいの威力しかないけど、ローズのは悪意を片っ端から削り切って粉々にした感じっきゅ。研磨機にかけて徐々に磨り潰したようなものっきゅ」
そういわれると結構むごい気がしないでもないが、相手は『ワンダラー』だし、むしろいい仕事をしたと思っておこう。
悪を滅ぼすのに手段は関係ない、正義の名のもとに全て赦されるのだ。
自分の行いに言い訳をしながら、そういえばと思い出したことをもきゅへ問いかける。
「もきゅ。そういえば『ワンダラー』を倒したあとにこんなもの落ちてたんだけど、これ何か分かる?」
手に持つのは黒曜石のように黒く、光に反射するとまるで闇のように揺らめくような結晶。
野球ボールより少しだけ小さく、ゴツゴツとした見た目と感触のするこの石は、『ワンダラー』がいたであろう場所に消滅した後落ちていたものだ。
ここまで歪な石など見たことも聞いたこともないので、恐らくは『ワンダラー』由来の物だと思われる。
見た目はあまりよろしくないが、別段嫌な気配がするということはなかったので持ってきてしまった。
まぁ、そのまま放置しておいて良い物でもなさそうだし仕方ない。
「あぁ!忘れてたっきゅ。それは『ワンダラー』を倒した成果みたいなものだから、持ってきてもらって助かるっきゅ。うっかりしてたっきゅ」
このまんじゅうとの付き合いは短いどころか24時間も経ってないが、忘れっぽいところもあり、いい加減なとこもあり、これから先信頼を置ける存在になるかがかなり不安だ。
マスコットキャラってヒーローのアドバイザーみたいなものなんだから、もう少ししっかりして欲しい。
呆れながらもとりあえずこの石の詳細を聞くことにする。
「その石は『魔石』っていって、『ワンダラー』の体内で形成された悪意の結晶みたいなものっきゅ。とはいってもそれ自体に危険性は何もないから安心するっきゅ。『魔石』を回収するとポイントに還元して色んなものと交換できるからどんどん集めるっきゅ」
「ポイントに還元?まるでゲームだな」
「まぁ、モチベーションを維持してもらうために色々参考にしたっきゅ。見返りがあったほうがやる気が出るのは、魔法少女になったって変わらないっきゅ」
「見返りを期待したら、それは正義とは言わない、ってよく言われてるけどね。まぁ正義のヒーローだって人間だし、僕としてはありがたいことなんだけど。それよりこんなもの集めて何に使うのさ。また『ワンダラー』みたいなの産み出そうとしてるんじゃないよね?」
もしそうだとしたら、さすがの僕もこれを渡すことはできない。模範的なヒーローを目指しているわけではないが、悪に加担するヒーローになるつもりだってない。
「『ワンダラー』の時だって不可抗力だっきゅ!色々と使い道はあるんだけど、これは君たちの国でも集めてたりするっきゅ」
「国で集めてる?これを?」
「そうっきゅ。魔石は悪意が集まった結果できたものだけど、その本質は純粋なエネルギーの塊っきゅ。それを色んなことに利用するために、国で集めて研究してるっきゅ」
「大丈夫なのかなぁ・・・」
『ワンダラー』から出てきた悪意の結晶を研究するなんて、ロクな未来が見えないんだが。
「さっきもいったけど、この石自体は純粋なエネルギーの塊だから、よっぽどのことをしない限り危険性はないっきゅ。電気だったり、燃料だったり、そういった物の代用品にもなり得る優れものっきゅ」
「それはそれで、別の問題が生まれそうだなぁ・・・」
利権問題だったりに難しい話に巻き込まれたくはないぞ。
とりあえず、即時問題が起きるような危険物ではないということが分かったので、もきゅに魔石を手渡す。
仮にこれで懸念するような問題が起きたとしても、それは別の人になんとかしてもらおう。
難しい話は素人が手を出してもロクな事にならないし。
「魔石が『ワンダラー』を倒した証明にもなるなら、ここで見てる必要はもうないね。よし、家に帰ろっか」
ビルの屋上で風に吹かれながら佇むヒーローというのは絵になるけど、いつまでもそんなことしてられない。
スカートを叩いて軽く伸びをし、家に帰るため魔法を発動させようとしたとき、背後から声を掛けられる。
「すみません、少しよろしいでしょうか」
丑三つ時に近い闇夜、月明りしか照らしていないビルの屋上。
誰もいないはずの所から声を掛けられゆっくりと背後を振り向く。
「少々、お時間をいただきます」
そこには、こんな場所には相応しくない、一人の少女が立っていた。
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