転生勇者はフラグが見えない
砂糖ちょこ
第一章 テンプレな転生
第一話 お約束な展開とか要りません。
俺は異世界転生系のライトノベルを読んでいると、いつも思うことがある。
美少女キャラ多くね?
主人公チートすぎね?
つか美少女たち主人公のこと簡単に好きになりすぎじゃね?
そして自分が転生したら、と想像する。
もし俺が転生したなら。
チートも超スキルも美少女ハーレムも無い、
ごく普通の冒険者になりたい、と。
○○○
「佐々木、これもよろしく」
「はい……」
俺は
「ついでにこれお願いね〜」
「あ、じゃあ俺も」
「これやっといて明日までに」
ここにいる皆さんは、俺の上司……は最初の一人だけで、後はそれに乗っかって仕事を人任せにしている同僚たちである。
「あの……なんでお前らまで?」
「いいじゃーん私この後用事あるんで」
「どうせ暇だろ」
「よろしくなー、じゃお疲れっした」
聞いたところで、こんな返事が返ってくるだけだ。こちらの方を見向きもしていない。
ちなみに現在時刻はもう七時を回ろうとしている。つまり、残業。
しかも、俺だけ。
一人取り残された社内に、俺のキーボードを叩く音だけが響く。作業をやめてしまえばこの部屋は無音になるだろうが、その気味の悪さを想像すると、とてもできるものではない。
カタカタ。一定のテンポで叩き続けていると、最早手の感覚すら消えていく。それどころか、何も考えていない。考えれば、作業が円滑でなくなる。
このどう考えてもブラックな企業で働き稼ぐためには、無心で仕事をする他ない。
カタカタ。キーボードの発する音だけが、脳に情報として入ってくる。
○○○
俺は小さな頃からライトノベルと言うものが好きだった。現実とは違う世界。様々な姿の人々。剣を持ち、魔法で戦う冒険者たち。それらに強い憧れがあった。
俺はそんな物語の中の冒険者になりたかった。
よくある転生モノの主人公になりたかった。
でも、毎回思うところがあった。
現実じゃ、こんな都合の良いことは起こらない。
仲間だって簡単にできるものではないし、出会いだってそうそうない。モンスターや魔法などは別としても、そこだけがいつも疑問だった。
その上主人公たちは感覚がマヒしているのか知らないが、そんな状況に全く触れもしていない。
俺は単純に世界観に憧れているのであって、チートがしたいわけでもハーレムを作りたいわけでもない。
なのに。
「勇者様!」
「どうか我らをお救いください!」
……なんだこれ?
――時は数十分前に遡る。
俺は仕事を何とか終え、帰宅しようと電車のホームまで来ていた。
上司他三人の仕事まで任されるとは想定外だった。何も文句を言わずに黙々とやってきたので、いつの間にか「都合の良いやつ」扱いされていたのだろう。
とにかく帰ったら早く寝て、明日に備えなければ――そんないつも通りの事を考えていた。
「あっ」
突如、声が降りかかる。俺に、ではない。
声のした方を振り返る。若い女性が、何かを見て怯えた顔をしている。
電車を待つ中の、一人の男が刃物を持っているのが見えた。
《間もなく 一番ホームに 電車が参ります》
運悪くアナウンスが流れる。もう電車が来てしまう。
そうすれば、乗客が危険だ。そんなことはとっくに分かっている。問題はそれをどうするかであって。
《黄色い線の 内側まで お下がりください》
止めるか? いや、面倒な事に巻き込まれるかもしれない。それは避けたい。かといって止めなければ、すぐ帰ることはできない。
《電車が 参ります》
どっちも同じじゃないか?
「おい、お前っ」
声を出したのは、俺ではなかった。
側に居合わせた青年が、男に突っかかっていく。
やめろ、そんなことをしたらそいつを刺激するだけだ――そんな考えは、俺の心の中だけにあって言葉にでない。
「あああああああああぁぁぁぁぁっっっ!!」
《電車が 参ります》
男が青年に刃物を向け、襲いかかる。まずい。
「やめっ」
突発的に俺は飛び出していた。何をすれば良いのか分からないまま、とりあえず男を押さえる。
「あーくそっ!」
「離せ離せえええっ!!」
男がもがくので、身動きが取りづらい。というか、段々と端の方に向かっている。
だから面倒な事に関わるのは嫌だってあれ程――
《黄色い線の 内側まで お下がりください……》
その黄色い線が、足元に見えた。
一時の浮遊。そこに重力が加わるので、身体が地面に叩きつけられる。
地面? いや、線路の
《この電車は 各駅停車 所沢行きです》
「う、嘘っ」
「誰か! 救急車!!」
人々の声が薄れていく。動けない。
――これが死か。俺は意外とあっさり、この状況を受け入れていた。
いやまあ、受け入れるしかないんだけど……
でも、良いかもな。
もしこれで、転生なんてできたりしたら。
それだったら、今生に悔いはない。
と、思っていたのが間違いだったらしい。
俺は今、望み通り異世界らしき世界にいる。それは良い。というか本当に来れたので驚いているぐらいだ。
問題はそこじゃない。
「勇者様……? どうかなさいました?」
「いや、どうかしたじゃなくて……」
目の前にいるのは、明るめの緑の髪をした少女。エルフなのか、耳が少し長いように思える。
その奥に見えるのは、たくさんの民家。どうもここはどこかの村のようだ。
「ていうか、何で俺が勇者なんですか……?」
「何をおっしゃるんですか、その手首の紋章を見れば明らかですっ!」
エルフの少女はにこにこしながら言う。いや紋章ってなんだよ……と思い右の手首を見ると、なるほど確かにそこには痣のようなものがあった。
「つーかここがどこなのかすら、分かってないわけなんだけど」
「やだなあ勇者様ってば。どうしてそんなご冗談を?」
うーん。そうじゃなくって。
しかし……本当にこんなテンプレ展開になるなんて。その一、社畜。ブラック企業で働く主人公、毎日サービス残業。その二、ある日不幸な事故死で異世界に転生。そしてその三、目覚めたら自分は勇者で、目の前には美少女。
……めんどくさいなあ。
「まあいいや……じゃ」
俺は少女に背を向けようとした。
「はーい、って、ええ!?」
しかし、それは遮られる。
「じゃって何ですか!? なんで何もしないでお帰りに!?」
「いや、知らんわ……」
少女は目を見開いている。あり得ないといった表情だ。どうやら俺がここで何かすると思っていたらしい。何かする以前にここがどんな場所なのかすら分かってないわけだが。
「また来ますから。多分」
「いつですか?」
「うーん……分からないけど数年後かな」
「すうっ……!」
少女はまたも呆気にとられている。早く解放してほしいんだが。
「ゆ、勇者様は我々を救いに来てくださったのですよね!? どうしてそんな……」
確かにこの村は、とても発展しているとは言い難い。恐らく勇者なら、この村の問題を解決してからまた次の目的地へと旅立つのだろう。いわゆる、「異世界転生したけど現代の知識を駆使してチートします」系のやつだ。
けど俺は、そんなことをする気はさらさらない。
「俺勇者じゃないんで。本物が来たときにお願いしてください」
「で、でも……そんなあ……」
少女は明らかに落胆してしゅん、としおれている。確かに可愛いが可愛ければ良いというものではない。そもそも俺には前から決めていたことがある。
「もし異世界に行けたら、チートも超スキルも美少女ハーレムも無い、ごく普通の冒険者になりたい」――それが俺の夢だった。
なのにどうして村の危機なんぞ救って英雄にならなきゃいけないんだ。面倒なだけだ。
非情だと言われるかもしれない。困ってる人を見捨てるなんて、と。
だけど、それじゃあ結局は現実と同じ社畜だ。一つやってしまえばどんどん頼られるようになる。そんなことはもうしたくない。
せっかく来たんだからさ。異世界ぐらい、楽しませてくれよ。
今にも泣きそうな少女を置いて、俺は村の外へと歩き出した。
転生勇者はフラグが見えない 砂糖ちょこ @sato-choco
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