第47話 王妃ミレニア

「私たちは、婚約したのち、将来結婚したいと思っています。ただ、私が気になるのは、ユーストリアの人々のことです。私がカイン殿下の王太子妃になれば、基本、ユーストリアに関わることはできなくなるでしょう。……それが、心残りなのです」


 恐らく聞く耳を持っていないであろうお父様を除いて、ダルケンの国王陛下と教皇猊下たちへ、順に視線を送る。

 お父様のそばに控えていたお兄様とフィレスも、曖昧な微笑を浮かべながらも、私たちの結論に耳を傾けていた。


「……それは確かに。通常であれば、ダルケンの王太子妃になれば、ユーストリアに関わらないのが通常ではあるが……」

 ダルケン国王陛下が、両教皇猊下に交互に見遣る。


「確かに……」

「ですが、すでにミレニア姫が両国の人々から愛される身。いずれかのみの存在とすれば、残された民が不平を漏らしそうですな……」

 両猊下が困ったように首を捻った。


「……特例は、無理でしょうか?」

 そこにフィレスが発言した。

「特例、ですか?」

 教皇猊下たちが再び首を捻った。


「ミレニア姫は、両国の聖女に任命された身。仮にダルケンの王太子妃になるとしても、両国での聖女としての活動は認めるとか……ただし、ミレニア姫にとっては公務が増えることになりますが」

 その言葉を聞いて、私はぱあっと顔が明るくなる。そして、カインと視線を

 合わせた。


「そうですね。例えば年に一回はユーストリアにもいらっしゃるとか、有事の際には訪れていただくとか。それでしたら、ユーストリアの民も安心するかもしれませんね」

 ユーストリアの教皇猊下が微笑んで頷いた。


「「……ならば……!」」

 そう、私たちが希望を抱いて、口にしたときだ。


「私は認めん! ミレニアは手放さん!」

 お父様が叫んだ。


「「「……陛下?」」」

 ダルケンの国王陛下、教皇猊下たちが眉間に皺を寄せ、理解不能といった顔をする。

「陛下……」

「……父上……」

 フィレスとお兄様が苦々しい顔をする。


「エレナは私のもの。一番最初にエレナと一緒にいたのは私。もう手放さん! どこへもやらん!」

 酒に溺れた真っ赤な顔で、お父様が喚き散らす。


「……お父様。私は私と申し上げたはずです」

 私は、以前した抗議と同じ言葉を口にする。


「まさか……が、我が国からの婚約を拒み続けた理由ですか」

 ダルケンの国王陛下はすでに呆れ顔だ。


「……ミレニア姫は、ミレニア姫です。母上のエレナ殿下とは違います」

 カインも私のために抗議してくれた。


「この泥棒め! ミレニアは十五になったら私の妻にする! 絶対に他の男にはやらん! これは死んだエレナの代わりに私に与えられた新しいエレナだ。エレナと同じ顔で朗らかに笑う。これは、私のものだ!」

 お父様が立ち上がって私のもとに足早にやってくる。足元は酔いでふらついていた。そして、私の肩をきつく掴んだ。


 ……「笑う」。

 今までとは違う私になったからこそ、こんなことになったってこと⁉︎

 なぜなら、今までは、彼は最終的には私を手放したのだ。


「痛い!」

 私はその食い込む指の痛みに顔を顰めた。

 その手から逃れようと抵抗しても、大人の男の手に対抗などできなかった。

 いや、酔い、錯乱状態だからこそ、余計にタチが悪いのかもしれない。


「陛下! 何をするんです!」

 カインが私を助けようとするけれど、お父様の掴んだ手から逃れられなかった。


「陛下! 流石に先程の発言は度がすぎます! 陛下にとって姫は姪。そもそも結婚は認められません!」

 ユーストリアの教皇猊下も見かねてお父様を諌めようとする。


「ならば教会の許しなどいらんわ! 事実上の私の妻にする!」

 そのお父様の言葉に、私はゾッとした。恐ろしさに体が震えた。


「……言っても無駄でしょう。は」

 それまで黙っていたフィレスが、ぽつりと呟いた。

 そうして、彼が軽蔑に満ちた瞳でお父様を一瞥して、目を眇める。

 その瞬間。


「……ぐっ⁉︎」

 お父様が私を解放して、その手で自分の胸を掴んだ。

 それは一瞬で、そのままその場に倒れ伏した。そして、その後ピクリとも動かない。


 フィレスが冷静な顔をしてしゃがみこみ、お父様の首に手を当てる。

「……侍医を呼べ。……まあ、もうですけれどね」

 お父様の急逝に、ホールが騒がしくなる。


 そんな中、私には聞こえないところで、お兄様とフィレスが語り合っていた。

「……お前か?」

「殿下。何を突然」

「……アレの行動はいく年にもわたり、目に余った。そしてとうとうミレニアに歯牙をかけようとした。私が手を下しても良かった。それを、お前が……」

「しっ……あれは、普段の不摂生とワインの飲み過ぎによるもの。私にもあなたにも関係のないこと」

「……そう、だな」


「ところで、あなたは良かったのですか?」

「何がだ?」

 フィレスの問いかけに、お兄様が首を捻る。

「あなたも、彼女を愛していたでしょう?」

「……まあ、ね」

 お兄様が苦笑する。


「確かに私はミレニアを愛している。けれど、私が彼女を本当に幸せにできるのか、確証が持てなくてね」

「……と言いますと?」

「私は、あの父の妄執と、母の怨嗟の言葉を浴びながら育ってきた。果たして、私がミレニアの愛を得られたとしても、……本当に幸せになれるのか、わからないんだ」

「……それは……」

 彼らの間を、しばし沈黙が支配する。それを破ったのはフィレスだった。

「……あなたは、何の因縁もない、良い方を新たに見つければいい。きっと、幸せになれます」

「そうかな」

「そうですよ」


 そうして、彼らはその場を離れたのだった。


 ◆


 やがて、お父様の代わりにお兄様が即位することになった。

 そのそばに控えるのは、宰相フィレスだ。


 私とカインは、婚約を内定しながらも、私が喪中ということもあって、ささやかに書面に認めるだけにとどまった。

 けれど、私は、カインと婚約することができたのだった。


 ◆


 そうして、また月日は流れ、私がダルケンに旅立つ日がやってきた。

 馬車から降りて、ダルケンの地を再び踏みしめた私の目の前にいるのは、私を待っていてくれたカイン本人。

 私たちは、互いに歩み寄って手に手を取り合った。


 ダルケンの王城に入って、結婚式を待つ日を暮す間も、カインの周りに女の影はない。彼は、日々私に会いにやってきてくれる。

 もう、世界は全く違う方向へ動き出していた。


 そうして私たちは幸せな結婚をし、やがて、カインが王に即位する日がやってきた。

 彼に寄り添うのは、まだそう目立ちはしないものの少しふっくらとお腹の膨らんだ、王妃となる私。

 そばに控えるマリアが、まだ幼い男の子を抱いている。

 その男の子は、私とカインの間に生まれた彼の世継ぎだ。

 そして私のお腹の中の子供も、カインと私の愛の結晶。


 私はダルケン王国の王妃ミレニア。

 私は、これからもずっと、カインと手を取り合い、幸せに生きていくだろう。


 END

———————————————-

これにて、完結です。

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王妃ミレニア〜死に戻り王妃は五度目の生をやり直す〜 yocco @yocco_

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