執事がセバスチャンとかテンプレすぎる件

日が沈み、コウモリに似た影が空に舞い始めた頃。城の灯が点り始めた。


やっぱり誰かいたんだ・・・。ドンキで安く買ったコスプレは撥水性が良く、しっかりと乾いていた。


気分はだいぶ落ち着いてきた。


暗くなった空を見上げると、やはり月のような星が三つ、妖しく鈍く光っている。



「さすがに地球じゃないよな~」



庭の植物にも、私が知っている花に似ているものがあったけれど、よく観察するとそれが全く違うものだと分かるものだった。


ただ、安心材料もあった。


城の中にあった家具や階段の高さ、噴水の作りを見ても異世界人も地球人と似たような文化を持っていることだ。


とても言葉が通じるとは思えないが、少なくとも人型をしてることは間違いなさそうだ。


この世界の住人は、私が元の世界に戻る方法を知っているかも知れない。


(大丈夫。もし言葉が伝わらなくても、身ぶりと手ぶりだけでも十分思いは伝わるはず・・・)


不安を打ち消すように、そうやって自分を励ます。



ふと、2カ月前の仕事帰り道、急に絡んできた外国人たちとの出会いを思い出す。


場所は渋谷駅のモヤイ像前だった。


私がバスを待っていると、8人ほどの大柄の外国人たちが「シンセングミ、オシエテ、クダサーイ」と、近づいてきた。みんな筋骨隆々で強面の男どもだった。


震え上がるほどの恐怖を感じながらも、断れず、私は新撰組の歴史を、近藤勇局長の生い立ちから大河ドラマ風に約1時間も演じ、言葉の壁を越えて伝え続けた。最後は、みんな目に涙をためながら「ヒジカタサーン」とか言っていたので、私のジェスチャー能力も捨てたものではないはずだ・・・



(いや。この回想はいま必要ないな・・・)。そう自分に突っ込みつつ、城の玄関の石階段を再び上った。



お腹も鳴り始めた。そりゃ1日半ぐらいは何も食べていないから当然のことだ。


「まずはご飯を分けてもらうことからかな・・・」


噴水の前に座り続けて痛くなった尻を叩いて、気合を入れる。


再び玄関の重い扉を開ける。





ギィ~~




「Welcome to our castle」


流暢な英語の発音で迎えてくれたのは、タキシードを身にまとった涼しい顔立ちのイケメン。


「ど、どうも。お邪魔します・・・」



思わずなんて応えて良いものか分からず、とっさに日本語で返す。



「失礼いたしました。日本語のお客様でしたか。ようこそ我らの城へお越し下さいました。お加減はいかがでしょうか?」


タキシードのイケメンは、すぐに日本語に切り替えて話し始めた。



「えっと・・・。日本語がいける人なんですか?」



イケメンは涼しい顔のまま「えぇ、勉強しておりますので、簡単なやりとりならば大丈夫ですよ」と、にこりと笑う。



私は腰の横で拳をグッと握り、気づかれないようにガッツポーズする。


(よっしゃぁ!第一段階クリア!!)


「昨晩はお疲れのようでしたが、大丈夫でしょうか?」


イケメンは心配そうな顔でこちらに問いかける。


「昨晩の記憶が無いのですが・・・」


正直に言うと、イケメンはさらに心配したように表情を曇らせる。


「我々の城の前にお嬢様が倒れてらっしゃったので、部屋に運ばせていただきました」


「あなたが運んでくれたんですか?どうも、ありがとうございます。起きた時にはとても驚きましたよ」


「いえいえ。『客人は最大限にもてなすように』と、当主からも申しつけられておりますので、ごゆっくりお休みください」


にこりと笑うイケメン。


(おいおい。お前が私をあの棺桶に突っ込んだ犯人か!何を涼しい顔で言ってんだよ!!)という心の声を押し殺す。



「ありがとうございます。ところで、あなたは?」


そう問いかけると、イケメンは優しいまなざしをこちらに向け


「私は、この城で執事をしておりますセバスチャンと申します」と、ほほえむ。


髪の毛は黒いが、瞳は紅い。年齢は20代の半ばといったところだろうか・・・。



「それではセバスチャンさん。ここはどこでしょうか?」



セバスチャンは私の漠然とした質問に、一瞬どう答えて良いのか悩んだ様子をみせる。


「・・・。お客様、それは城の名前を聞いているのでしょうか?それとも、この領地全体についてでしょうか?」


違う。そうじゃない。


「どちらかというと、この世界・・・かしら?」


「この世界・・・でございますか・・・。少し質問が私には難しすぎるようです。答えを持ち合わせておりません」


少し口元が笑ったように見え、腹が立った。


答えていないのは向こうなのに、なぜか私がすごくバカな子になったようだ。


「私は突然、ここに迷い込んだようです。私は違う世界の住人です」


と力を込めて、言い返す。



するとセバスチャンは少しハッとしたような顔をして、「我々とは身分の異なる方でいらっしゃいましたか。大変失礼をいたしました。お許しください。こんな片田舎では贅沢な品もご用意できず、ご不便をおかけします」と、深々と頭を下げる。


違う違う。そう意味じゃない。見下している訳じゃないから。違うのは身分ではなくて世界なんです…。


「我らグロスター家の領地では、ブドウ栽培とワインの生産に力を入れております。当主のトマスは不在としておりますが、今晩には戻る予定ですので、よろしければワインをお飲みになってお待ちいただけますと幸いです」


セバスチャンは90度にお辞儀したまま、こちらに目を向けることもなく話す。


どうやら偉い人が地方の領地の視察に来たと誤解されているようだ。


仕方が無い・・・。話題を変えるか。


「あなた、日本語が上手ですね。どこで学んだのかしら?」


「めっそうもございません。城の書物を読み、当主のトマスに指導を受けただけですので、こうして話すのは初めてのことです。発音なども自信が無くて・・・」


書物?当主の指導?


「トマスさんは日本へは良くお出かけになるのかしら?」


「それは・・・。我々も知らないのです。時折、書物を持って戻ってこられるので、そういう商人がいるのかも知れません。我々は日本と呼ばれる地がどこにあるのかも存じていないので・・・」


(部下に知らない土地の言語を無理やり習得させるなんて、何を考えているんだ。ここの当主は・・・)


ただ、元の世界とのつながりは見つかった。


ほっとして、体の力が抜けてくる。


「そうですか。それではトマスさんが戻られるまで、待たせていただきます」


そう伝えると、セバスチャンは「承知いたしました」と、私を客間へと案内する。




ん?この道…この階段…ってさっきの…?




おいおい・・・




こいつ・・・私が監禁されてた部屋に向かってないか?




「昨夜、お休み頂いていたこちらのお部屋で・・・」


扉を開けた瞬間、アンモニア臭が鼻に届いたようで、セバスチャンの顔が一瞬クシャッとゆがみ、すぐに扉を閉めた・・・。



「申し訳ございません!!ここは田舎の領地ですので、酪農の香りが部屋に入ってきてしまったようです。すぐに別の部屋にご案内いたします」



(いやいや、違うから。その臭い原因は私が出したヤツだから。酪農って失礼でしょ!)とは、言えず。にっこりと笑い



「そうですか。気にしないでください。別の部屋に行きましょう」と、ほほえみ返す。



(あぁ、やけ酒したい!)


この時の私は、異世界ワインのアルコール度数が地球のそれとは次元が異なることを知らなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ハロウィンの日にヴァンパイアの城へ迷い込んだけど、城主が溺愛してくれるので、ひとまずコスプレでごまかします。 夏野菜 @naatsuyasai

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ