人になかなか出会えない件

目が覚めると、真っ暗な闇の中だった。

目が開かなくなったのかと、勘違いするほどの暗さに、まだ夢の中にいるのかと誤解するほどだった。


まだ寝ぼけたままの頭で、昨夜の出来事を思い起こす。


「あっ!!やばいっ!真菜を店に置きっぱなしだ!」

急いで上半身を起こす。


ゴンッ!!

「痛っ!くぅ・・・」


おでこを硬い板のような物に強打し、痛みで闇の中をのたうち回る。

(えっ、血出てない?)。おでこの辺りをなでてみるが、幸い血のような感触は無い。


(なにこれ?どこ?車のトランク?狭いんだけど・・・)

頭上の壁を触り、足を曲げる。なんとか手足を動かせるが、寝返りも難しいほどの狭さ。どうやら細長い箱に閉じ込められているようだ。


足で何度か四方の壁を蹴ってみるが、力も入らず箱のフタになっている部分以外は、柔らかいクッションのようなものを踏みつけるような感触しか返って来ない。

「誰か~!!助けて!!」。力の限り声を出してみるけれども、箱の気密性は高いようで、自分の大声が耳に響いてくる。


恐怖と混乱によって取り乱すこと15分、更なる脅威が近づいていることに気が付く。

(うそ・・・やばい・・・。トイレに行きたい!!)


25年間、何度もトイレのピンチを迎えたが、そのたびに乗り越えてきた自負がある。ただ、今回ばかりは、かなりやばい予感がする。

「おらぁ!!出せ~!!!」。かなり荒い大声を出しながら、さらに箱と格闘すること30分・・・。


あぁ・・・あぁ~。


じんわりと腰の辺りが温かくなってくる。


(もう最悪。なにこれ。閉じ込めとか犯罪だよ。絶対、警察に訴えてやるから)

徐々に冷静さを取り戻し、もう一度、手探りで壁に施されたクッションを触りまくる。


コツン


右手を少し上げた位置の壁に何かがある。


ん?スイッチ?押して見ると、ググッと何かが動く感触がある。

すぐに四方の壁を押して見る。特に変化は無い。

(これはボタンを押しながらか・・・?)


右手に力を入れて、左手で手当たり次第の壁を押してみる。


ガタンッ

乾いた音とともに上部のフタが開き、まぶしい光が差し込んでくる。

やった!開いた!!


もし、犯罪組織に巻き込まれているのなら・・・。飛び出したい気持ちが、恐怖が抑える。

腕にゆっくりと力を込めて、フタを軽く持ち上げるようにして、少しずつフ開けていく。さきほどのアンモニア臭が徐々に外の新鮮な空気と入れ替わっていくのを感じる。

頭を少しだけ箱の外に出し、周囲を観察する。


目に入るのは、小さめの暖炉に大きなガラス窓、そして小さなテーブルとイスが2脚。いかにも古い洋館の一室といった感じだ。

(よし。人はいない)


フタを開けて立ち上がる。ぐっしょりと濡れたナイロン製のスカートが、ももの裏側に張り付く。


「はぁ、最悪だわ」


閉じ込められていた箱の方に目をやると、それは真っ黒な棺。

(いや、いくら犯罪者でも趣味悪すぎでしょ)


棺の臭いを閉じ込めるようにフタをすると、カチッという音がなる。

(あぁ、なるほど一度フタを締めるとロックがかかるのね)


スマホを確認しようと周囲を見渡すが、見当たらない。というか、荷物も全部無い。


私はなんで誘拐されたの・・・?いや、昨夜は確か・・・


意識を失う前の記憶を呼び起こす。

「BARを探して扉を開けて・・・森と、お城が・・・」

口に出しながら徐々に青ざめていく。


「うそ・・・でしょ?」

ガラス窓の方に駆けだして外を見渡す。どうやら部屋は2階のようだ。

外には塀の内側に庭園が広がり、外側には塀の入り口から一本の砂利道が、果ての見えない森につながっている。


「あれは、夢じゃなかったの・・・?」

わずかにアンモニアの臭いがする部屋の中で、恐怖が押し寄せてくる。

「無理無理。異世界とか本当に無理だから・・・」


ふらふらと部屋の扉を開け、廊下に出る。


石造りの廊下に赤いじゅうたんがまっすぐと長い廊下の奥まで続いている。

頭上には豪華なシャンデリアが点々と掲げられ、朝日を乱反射していた。


さっきまでは、逃げることを考えていたが、異世界ならば話は別だ。警察に期待することもできない。

「誰か、いませんか~」。恐る恐る小さい声を出しながら、人を探す。


しかし、物音一つしない。


(え・・・。こんなに広い城で留守とかありえないでしょ)

とりあえず、城の入り口に受付の人間がいるでのはないかと思い、階段を降りてみる。

階段の手すりをなでてみるが、ホコリ一つ落ちていない。


「これは!?手入れが行き届いている・・・」。探偵口調でつぶやいた独り言も静寂に飲み込まれていく。


1階の大広間に出ると、大理石の床に赤く重厚で大きなじゅうたんが広げられていた。

黒いパンプスの裏側がじゅうたんの毛でふわふわと持ち上げられ、歩きにくい。落ち着かない。


「これは相当なお金持ちですね~」。怖さを紛らわすように、今度はリポーター風の口調で自分を鼓舞する。


だが、一向に人の気配は無い。

「それでは外に出てみようと思います」

むなしい独り言をつぶやきながら、玄関の大きな扉をゆっくりと押し開ける。


「わぁ~これはすごいですね~」

目の前には、大きな噴水がたかだかと水を噴き出し、赤と黒のバラが庭園を彩っていた。


玄関の階段を降りて、噴水の方へ歩を進める。

噴水の縁に腰かける。水は驚くほど澄んでいて、中には藻の一つも浮いていない。

「さぁ、温度チェックしてみましょう~」


水の中に手を入れる。秋とはいえ、晴れ渡った日の午前、冷たくはあるが我慢はできる。


周囲に人影が無いことを確認して、パンプスを脱いで足をつけてみる。


冷たっ!!


でも、仕方が無い。まずはアンモニア臭の原因をきれいにしなくては・・・。


意を決して、腰の辺りまで水につける。

「ひぃ~~。冷たい~~」


ヴァンパイアのコスプレをしたOLが、庭の噴水に入っていく様子を現実世界の人が見たら、完全に酔っ払いだと思うだろう。

でも仕方が無い。「これで漏らした過去は、隠滅されました~」と、さわやかな笑顔でリポートを終える。


誰もいない異世界で、1人満足感に酔いしれる。幸い日差しがきらきらと降り注ぐ素敵な庭。

「あ~。今日は仕事いけないな~皆勤記録を更新してたのに」。悔しがる口調にはなったが、内心は少し安心していた。

楽しみの無い仕事、薄い人間関係。出勤前にため息が出る日々からの開放・・・。

朝日に照らされた庭園を眺めながら、恐怖は少しだけ和らいでいた。


「さて。スカートが乾くまで階段に座って、人が来るのを待ちますか」


このとき私は、まさか日が暮れるまで誰も出てこないなんて、夢にも思わなかったのである・・・。

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