第7話【過去の仲間その二】

「エマは危なくないよう離れててね」


 私の少し離れた斜め後ろにエマ、それよりもかなり離れた真正面にリュクスたち三人が立っている。

 各々の手には、すでに魔導師が好んで使う、杖が握りしめられていた。


「先に言っておくけどよぉ。怪我しただのなんだのって、責任取れねぇぞ?」

「エマー! 今なら私たちの靴の裏舐めるだけで許してあげるわよ。きゃはははは」

「いやよ。ナディア。エマなんかに舐められたら靴の裏が汚れるじゃない」


 三人は口々にさっきと変わらぬ口調で、くだらないことを喚いていた。

 ようやく私は自分の腹の底から湧き上がる感情を理解した。


 私は怒っているのだ。

 おそらくエマと過ごした時間でいえば、私なんかよりあっちの方がずっと長いのだろう。


 それでも私はエマのことが好きだし、私の好きなエマを馬鹿にするあいつらが許せない。

 すぐにでもあのふざけた口を閉じてやりたい。


 私は強くそう思っていた。

 ふと、愛用の木の棒を強く握りしめていることに気が付き、手を緩める。


 感情に任せて力を奮ってしまえば、三人をしまうから。

 心を落ち着かせるために一度息を深く吐いた。


「どんなつもりか知らねぇが、本物の魔導師の実力ってやつを見せてやるよ!」


 リュクスがそう言うと、赤色の円形の石が先端に付いた杖を前に突き出し、何やら早口で言葉を紡ぎ始めた。

 すると杖の先端から燃え盛る炎の球が私に向かって飛んだ。


 私は少し身体を移動させ、炎の球の軌道から逃れる。

 横を通り過ぎた炎の玉は、後ろに立っていた木にぶつかり、幹を粉砕した後、折れた木と残った幹両方を燃やした。


「はっ! 俺の得意属性は火でな。【火炎球ファイアーボール】は初歩の魔法だが、俺が使うとこの威力ってわけだ。まぁ、これでも制御してるんだぜ? さすがに殺しちまっちゃあ、悪いからよ」

「当たりもしない球を投げつけて、どうしてそんなに嬉しそうなの?」

「なっ⁉︎ てめぇ! 言いやがったな! 今のはわざと威力を抑えていたと言っていただろうが! これを見ても同じことを言えるか⁉︎」


 先ほどと同じようにリュクスが杖を私の方に向け、さっきとは少し違った言葉を紡いだ。


「避けられるもんなら避けてみな! 【火炎雨ファイアーレイン】」


 今度はリュクスの頭上の広範囲に、筋のような火が無数発生した。

 その火の雨とも呼ぶべき無数の炎が、一斉に私に向かって降り注ぐ。


「当たってもどうってことなさそうだけど、せっかくエマに買ってもらった服を汚されるのは嫌なのよね」


 私は空に向かって、手に持つ棒を下から振り上げる。

 その一振りで発生した風圧に煽られ、リュクスの放った火の雨は全てたち消えた。


「ば、ばかな⁉︎」

「変わって。リュクス。どうやら相手は風魔法を使うみたいね。相性が悪いわ。私がやる。交代は問題ないんでしょ?」

「時間がもったいないから全員でかかってきてって言ったはずだけど」

「なーに、あの子。見た目によらずすっごく可愛くない。実力の差を分からせたら私が可愛がってやろうと思ってたけど、いらなーい。と言うことで遠慮するのやーめた」


 ナディアは落涙形をした青色の石が付いた杖を地面に突き刺し、石の前に両手を掲げて言葉を紡いだ。

 先ほどリュクスが魔法を放つまでにかかった時間を過ぎても何も変化が起きない。


「ルシアさん! 真上です‼︎ 逃げてください‼︎」

「今さら気付いてももう遅いよ。随分悠長にしてくれてるから、いつもより大きめに作ったからね。これなら風で押し返すなんて無理でしょ。魔氷に押し潰されちゃいな!」


 エマの叫ぶ声に反応して自分の頭上を見上げると、そこには巨大な氷の塊が浮かんでいた。

 ナディアの言葉から、どうやらただの氷ではなさそうだ。


 私に向かって一直線に落ちてくる氷に向かって、私は再び手に持った棒を振った。


 ボシュっ‼︎


 私の棒が氷の塊を撃ち抜いた瞬間、衝撃で氷全体にヒビが入り、さらに粉々に砕け散った後、溶けながら再び空へと舞い散っていく。

 当たり一面に散らばった氷の小さな欠片が、光を反射してキラキラと光った。


「な、何が起きたの⁉︎ 私の魔氷を砕くだけの威力の風魔法なんて、ラザリーにだって無理なはず……」

「どいて、ナディア。確かにそんな高威力の風魔法は私にも難しいけど、魔法ってのはただ威力があればいいってわけじゃないのよ。要は使い方しだい。同じ風魔法同士。私の方が扱いに長けるって教えてあげなくちゃ」


 今度はラザリーが相手らしい。

 ラザリーの杖は両垂型の緑色の石がはめられている。


 ラザリーはその杖の石を自分の口の前に近付けて、他の二人同様言葉を紡ぎ始めた。

 それを見たリュクスとナディアはまるで自分たちの勝ちを確信したような顔を見せる。


「はっはっは。おい、ガキ。頑張った方だが、相手が悪かったな。ラザリーを本気にさせちまった。まぁ、俺も本気出せば楽勝だったんだがな」

「あはは。黙って私の氷に押し潰されていれば一瞬で楽になれたのに」

「ルシアさん! 気を付けてください‼︎ ラザリーの風魔法は見えないという特性を最大限に活かした魔法を得意としてます!」


 見えない攻撃。

 それはどんなのだろうかと、思っていたら、顔に向かって風圧を感じ、私は念のため顔を横にそらした。


 すると、頬の辺りにかすかに薄い刃物状のもので叩かれたような感触があった。

 切れたわけでもないけれど、無意識に当たった頬に手を当てる。


「ふふふ。今のはどうやら運よく避けられたようね。でも。すでにあなたの周りには無数の見えない風の刃が取り囲んでいる。私の作り出した風の刃に切れないものはないわ。見えない恐怖を味わいながら、ズタズタに切り裂かれなさい‼︎」


 ラザリーは目を輝かせながら嬉々とした表情で叫んでいた。

 どうやら一思いに殺さず、獲物を弱らせてから狩る趣向のようだ。


 さっきの頬に受けた感じだと、切れないものはないと言いながら、私の肌を切るほどの強度はないみたいだ。

 かといって、さっきの炎もそうだけれど、エマが買ってくれた服がきざまれるのは嫌だ。


「うーん。取り囲んでって、私の頭上にもきっとあるのよねぇ。それなら地面はどうかしら?」


 私は自分の足元の地面に向かって、棒を突き付けた。

 途端に爆発した時のような音と大量の土埃が舞う。


「うふふ。分かるわ。土を舞い上がらせて、風の刃の軌道を見ようって魂胆でしょう? そんなの私が黙って見過ごすと思う? 私の魔法の属性を忘れてないわよね。宙に舞った土なんて、私の風魔法で――」


 なんだかブツブツ言っていたみたいだけれど、私は目的を達成して、地面にできた穴から飛び出た。

 穴を掘る時に舞い上がった土は、さっきの私の一振りで綺麗さっぱり霧散している。


「な、何をしたの?」

「何って、私の周りの見えない刃とかいうやつを、一掃しただけよ。全部視界に入れるために、足元の土をちょっと掘ったけど」

「土を掘ったですって⁉︎ 馬鹿な! あなた、風魔法だけじゃなくて土魔法まで習得してるというの? そんなどっちつかずで私たちの魔法に打ち勝つなんて……」


 人間にとって魔法というのは一つの属性を特化させるのが主流らしい。

 でも、驚く場所が根本的に間違っている。

 私は一度も魔法なんて使ってないんだよな。


「なるほどな……確かにふざけた口を聞くだけはあるぜ。まさか複属性の魔導師だったとはな。しかし、相手が悪かったな。一つの属性のみを高めた魔導師の恐ろしさを見せて……ぶべっ⁉︎」


 リュクスが再び面倒くさいことを始めそうだったので、距離を詰めて棒で軽く薙いでやった。

 この間の山賊の男よりも身体が貧弱っぽかったので、吹き飛ばさないように、本当に軽く。


 地面に倒れたリュクスは棒が当たった辺りをおさえながら、悶絶している。

 あまりの打たれ弱さに逆にびっくりするほどだ。


「さて。私はさっさとこのくだらないことを終わらせて、エマと食事に行きたいの。まだやるっていうなら、そこに転がってるリュクスと同じ目に合わせるけど?」

「ひ、ひぃ!」

「わ、私は、降参よ! 降参‼︎」


 怯えた目をしながらナディアとロザリーは、持っていた杖を地面に落とし、降伏の意を示した。

 もう私たちに歯向かう意思は持っていないだろう。


「あ! そうだ!! ちょっとあなたたち、確かめたいことがあるから、動かないでよね」

「ひ、ひぃ?」

「や、やめて! 降参だってば!」


 身体を震わせるナディアとラザリーの元へゆっくりと近付き、地面にへたりこんだ二人を見下ろす形で前に立つ。

 そしておもむろに人差し指でナディアとラザリーの胸の膨らみをつついた。


「うーん。エマといい、あなたたちといい。魔導師は胸が膨らみやすいのかしら……もしかして身に宿る魔力の量に関係が……」

「へ?」


 二人は間の抜けた顔で私を見上げている。

 気になっていたことも確認できたので、もうこの人たちには用がない。


 これでようやく美味しい食事にありつける。

 私はにっこりと笑顔を作って、後ろで身を隠しているエマに顔を向けた。


 何故かエマも他の二人同様、怯えた目で私を見返していた。

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