第6話【過去の仲間その一】

 見たことのもない石造の建物。

 通りを行く人々の驚くほどの多さ。


 途中寄り道はしたものの、当初の予定通り最西の町プリュエストに辿り着いた私は、あまりの光景にただただ立ち尽くしていた。

 そんな私を見て、エマは少し考えるような素振りを見せる。


「ね! ね! 凄いね‼︎ 人間の町ってこんなに大きくて人が多いんだ! よーし。早速エマに教えてもらった性別の見分け方で……」

「それは今はいいですから。予想通り、ルシアさんの格好はかなり目立ちますね。まずは着替えを手に入れましょう」

「私の格好? なんか変かな? 色々な生き物の毛皮試したんだけど、これが一番丈夫で着心地もいいんだよね」

「周りと比べてかなり浮いてますからねー。捨てる必要はありませんが、人が多い町なんかでは、普通の服を着ておいた方がいいですよ。ただでさえ、ルシアさんは可愛くて目立つんですから」


 ここに来るまでに約束通りエマに色々なことを教えてもらった。

 中には理解し難い部分も多くあったけれど、ひとまず頭に入れておいた。


 そこで分かったのは、少なくとも私が独り立ちできるまでは、エマの言うことを素直に聞いておいたほうがいいということ。

 それほどまでに人間の世界は複雑でややこしい。


「それじゃあ、ひとまず着替えて、宿を探しましょう。今日は久しぶりにベッドに寝られますよ!」

「ベッド? よく分からないけど、エマの表情を見ると、良いものね!」


 私はエマに従い、通りをゆっくりとした足取りで進んでいった。



「ふおぉ……これ、全部食べていいの?」

「ええ! ルシアさんには二度も救ってもらいましたからね! 美味しいものを食べるっていうのも約束でしたし。それに。お金は沢山ありますからね」

「ありがとう! エマ。それじゃあ遠慮なく!」

「おやおや……こんな辺境の町に見知った女性が居ると思ったら、エマじゃないか」


 私は目の前の肉の塊、スワンプリザードのステーキを口に運ぼうとした矢先、いきなり声が聞こえた。

 肉は口に入れつつ、私は声のした方に目を向ける。


 声を発したのは男ののようだ。

 短く赤い髪と髪よりも紅い燃えるような瞳が特徴的だ。

 その後ろには女が二人。


 一人はうねりを持った青く長い髪と深い藍色の瞳。

 もう一人は黄緑色の真っ直ぐな髪を左右で束ね、瞳の色は蒼色だ。


 前回の山賊の時は、てっきりエマの知り合いだと思い込んで失敗したので、今度はきちんと様子を見なければ。

 そう自分に言い聞かせ、目の前で湯気をあげているステーキを再び口に運び、必死でもぐもぐした。


 ちなみに、エマから男女の見分け方をきちんと学んだ私は、間違いなく男一人と女二人だと断言出来る。

 が、教わらなくても私は間違えなかっただろう。

 何故なら、青い髪の女も黄緑色の女も、二人ともエマと同じくらい立派な胸を持っているから。


 三人の服装は細かいところや色は違うけれど、どれもゆったりとした長めの布で身体を覆っている。

 エマの服装とと似ているといえば似ているだろうか。


「リュクス! あなたたちこそ、どうしてこんなところに!」

「そりゃあ、学園一番の落ちこぼれ魔導師様の末路を一目見ようと遥々足を運んだに決まってるだろう?」

「リュクス。私たちがそんなくだらない、どうでもいいことのために貴重な時間を使うわけないでしょ。ぷっ。なーに、エマ? その顔。まさかあんた、リュクスの言葉を真に受けでもしたの?」

「分かる。分かるわナディア。そういうところよね。無能なのに自意識過剰なところ。ほーんと目障り」


 私には四人のやり取りの理解できない部分も多いが、少なくともエマはこの三人に会って、嬉しいということはなさそうだ。

 その証拠にこいつらが来るまでのエマは笑顔だったのに、今は青ざめている。


 プリュエストに来るまでに教えてもらったことの中に、人間は感情で顔色が変わるというのもあった。

 ちなみに驚くべきことに、あの胸の大きな男は、私の言葉で激怒していたらしい。


「まぁ、本当のこと言うと仕事だ、仕事。この町の近くに、山賊が潜んでいるらしい。あちこちで結構な被害が出ているから討伐してくれってやつだ」

「ちなみに山賊のアジトは洞窟らしいの。エマには到底無理な仕事よねー。あはははは。あ、別に洞窟じゃなくても無理だったか。ごめん、ごめん」

「ちなみにあんたが瘴気の森にエルフを探しに向かったってのは有名よ。うふふ、受ける。まだこの町にいるってことは怖気付いたのかしら? ま、エマにしては珍しくまともな判断じゃない? あの森に入って生きて出られるわけないんだから」

「ん? エマなら森に入ったしエルフにだっ……んー」


 私が間違いを正してあげようと思って口を開いたら、突然エマが私の口を手で塞いだ。

 口の周りに付いていた、スワンプリザードのステーキにかかっていた甘辛いソースがエマの手で塗り広げられて、ちょと気持ち悪い。


「そういえば、なんだ? そのちっこいのは。さすがにエマの子にしてはデカすぎるし。子持ちの金持ちのじじいでも色仕掛けで落としたか?」

「エマの色で落ちるような金持ちがいるかしら」

「なりふり構わないなら一人くらい見つかるんじゃない? 昔から馬鹿みたいに必死だったし」

「もう分かりましたから、特に用がないなら帰ってくれませんか? 私はこれから友人と楽しい食事をする予定なので」


 エマがそういうと、三人は声を出して笑い始めた。

 私には何が可笑しいのか全く分からない。


 ただ、一つ分かったことは、この三人のせいで、エマが今嫌な気持ちになっているということだ。

 これ以上エマに嫌な思いをさせるわけにもいかない。


 私は未だに私の口元に置いてあるエマの手をゆっくりとどけ、できる限り静かな声で言った。


「あんたたちがエマとどういう関係にあるか私は知らない。知らないけど、エマが言ったように今私たちは食事を楽しんでる最中なの。目障りだからさっさと消えて。あと、あなたたちの言っている山賊なら、エマと私でこの町に来る前に潰してきたわ。仕事なら、さっさと確認に行ったら? 他にも山賊がいるなら違うかもしれないけどね」

「な? おい、なんだエマ。この生意気なガキは。俺たちに対する口の聞き方、きちんと教えておけ!」


 エマはよほど三人が怖いのか、山賊のアジトに居た時よりも悲壮な顔をしている。

 しかし、私から見る限り、この三人も危険を感じるほどの圧力はない。


「おい、ガキ。お前とエマが山賊のアジトを潰しただと? 虚勢を張れば俺らが怯むとでも思ったか? 残念だったな。お前は知らないだろうが、俺ら四人は同じ魔導師育成を目的とした学園の卒業生だ。エマの実力なんて分かってんだよ」

「あはは。リュクスと私とラザリーはその学園で各分野で首席卒業したのよ。一方のエマは落第スレスレ。変人教師の助けがなければ卒業すら危うかったんだから」

「そうそう。つまり、私たちとエマの実力には天と地の差があるってわけ。そして、私たちの対象である山賊も、私たちに依頼が回ってくるだけの実力者。エマなんて、手も足も出せずにやられるでしょうね」


 私は一度エマの方を向く。

 私の目線に気づいたエマは、一度だけ頼りなげに首を下に引いた。


 正直なところ、この三人とエマの関係に興味はない。

 私が今興味があるのは、エマと食事を再開することだ。


 そのためには、この三人が非常に邪魔なのはいくら私でも分かる。

 ということで、私はさっさと食事を再開させるために、行動に移すことにした。


「ひとまず、私たちが山賊を潰したのはほんと。証拠なら……ほら。山賊の集めてた財宝をこうして持っているわ」


 私は、山賊のアジトで見つけた換金前の品々を取り出して三人に見せる。

 その中の、紅く光る石がついた首飾りを机に置いた瞬間、三人の目の色が変わったのに気が付く。


「おい……ガキ。それをどうやって手に入れた?」

「だから、さっきから言ってるでしょ。山賊を潰したって。えーとリュクスだっけ? これが欲しいの? あげてもいいわよ。私に勝てたらね」

「馬鹿なのか? 俺がお前みたいなガキに負けるわけがない」

「んー。三人同時にでいいわよ。もちろんこっちは私だけ。あと、食事が冷めちゃうから、さっさと始めましょ」


 リュクスは私の提案に笑みを浮かべ、承諾の意を示した。

 さすがに店の中で戦うわけにはいかなかったので、エマに頼んで、必ずすぐに戻ってくるから、席と料理はそのままにして欲しいと、店の人に伝えてもらった。


 こうして、エマと私の二人に加え、迷惑な三人を連れて、町の外、開けた場所に移動し、対峙することとになった。

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