第5話【収入源その二】
「て、てめぇら!? どうやって出やがった? ん? おい、ブロスの野郎がいねぇ。あいつ、手ぇ出そうとして、ヘマコキやがったな……」
私たちに気付き、部屋にいた男たちが全員椅子から立ち上がる。
私たちをここへ連れて来た男以外にも複数人居るが、その内の一人を私は凝視する。
一瞬悩み、そしてエマに向かって自信満々に伝えた。
「エマ。あそこの人、あれは女でしょ!? 間違いない。あんなに胸があるもの。ちょっと形は悪いけど……」
「ルシアさん……あれは、どこからどう見ても男性ですよ。胸の有り無しで性別判断するの、そろそろやめません?」
どうやら私もまだまだらしい。
しかし、エマはどうやって性別を判断しているのだろう。
あの男は、明らかに私より胸があるのに。
思いながら。私は目線を真下に一瞬だけ向けた。
「て、てめぇ! 馬鹿にしてんのかっ! おい、てめぇら。こいつらをさっさと牢にぶち込んでこい! 今度は簡単に逃げられねぇようにきちんと縛り上げとけよ! それとブロスの野郎はタダじゃおかねぇ……」
「あ! ねぇねぇ。エマ。あの人、顔の色がどす黒くなったよ。面白いね」
「ルシアさん。そうやって自然に煽るのはわざとですか? それと、気付かれないように逃げれば良かったのに!」
私が知っているエルフも森で出会ったことのある生き物も、顔の色が変わるというのは見たことがない。
それが面白かったのだけれど、どうやら失礼なことらしい。
今度からは気を付けないと。
「てめぇら。弱っちいブロス相手にどうやったのか知らねぇが、ここに居る奴らをあいつと同じと思ってくれちゃあいけねぇぜ。俺も鬼じゃねぇ。大事な商品だ。余計な怪我したくなけりゃ、大人しくしな」
「エマ。この人たち、本当にご馳走してくれないんだよね?」
「まだ言ってるんですか? くれませんから! それよりどうするんですか? 自慢じゃないですけど、私は全く当てになりませんからね‼︎」
エマの言葉を聞いて、胸の大きな男は胸より大きなお腹を触りながら、にやけ顔になる。
「おい、ちっこいの。そっちの嬢ちゃんはちゃんと状況わかってるみたいだぞ。てめぇはどうすんだ?」
「そりゃ、ご馳走くれないなら、こんなところさっさと出て行くわ。出て行く前に私の愛用の棒を返してもらいに来ただけよ。お腹も空いたし、返してくれる? 胸の大きな男の人」
「て、てめぇ‼︎ おい! このふざけた野郎に痛い目見せてやれ‼︎」
胸の大きな男の顔が再びどす黒く変化した。
反省したばかりだけれど、やっぱり面白い。
そんなことを思っていると、近くの男が襲いかかってきた。
手には短く薄い金属を持っている。
「ちょっと、いきなり何よ」
私は軽く手で払いのけた。
男の身体が宙を飛び、離れた洞窟の壁にぶつかり、そのまま地面へとずり落ちる。
「は?」
胸の大きな男は、口をだらしなく開き、キョトンとした顔で私と壁にぶつかった男を交互に見ている。
私はどうしたものか、とエマの方を見ると、エマも同じような顔をしていた。
「な、何をした⁉︎ てめぇ、そうは見えねぇが魔導師か⁉︎ おい! 一斉にかかれ! 魔法を使う暇を与えるな‼︎」
「へ、へい‼︎」
胸の大きな男の言葉に、残りの人たちが指示通り全員で私に向かってきた。
なんだかよく分からないけれど、ようやく私は事態を理解した。
生き物というのは本能的に相手が自分より強いかどうかを見抜く力がある。
それがなければ、うっかり強者に手を出し、殺されてしまうから。
私だってその力がなければ、あの森で生き抜くことはできなかった。
今となっては私よりも強い生き物を見かけることはなくなったけれど、昔の私なら瞬殺できる生き物はいくらでもいた。
ここにいる人たちからは全く脅威を感じない。
もっと言えば、ガーフェルトの森のほとんどの生き物よりも弱いだろう。
私とは明確な強さの差がある。
それなのに私に攻撃してくるということは、つまり、頭がおかしい。
「ちょっと理解できないけれど、私も無駄に殺すなんて嫌なのよね。だってあなたたち食べても美味しくなさそうだし」
一人一人相手をするのも面倒なので、私は先ほどよりは少し強めに腕を振る。
腕から発生した衝撃波が全員を薙ぎ倒した。
「え? ルシアさん。あの……何したんです?」
「何って、腕を振っただけよ。もちろん殺さないように手加減はしたから。エマだって、食べたくないでしょう? いくらお腹空いてても」
「食べるって……ええ? ルシアさん。人間を食べるんですか⁉︎ もしかしていつか私も⁉︎」
エマは両腕で自分の身体を抱きしめるような格好をする。
何故か、少し引き腰だ。
「何言ってるの? だから人間は食べたくないって言ってるじゃない。でも、殺しちゃったら食べなきゃだし。エマももちろん食べるわけないでしょ」
「あ、もしかして。ルシアさんにとって、殺生は食べるためだけにするんですか?」
「当然じゃない。他になんのために生き物を殺すの?」
「え……いや。いいんです。忘れてください。ルシアさんは今のままがいいです」
なんだかよく分からないけれど、私の視界に目的のものが見つかったので、話を後にすることにした。
私の愛用の棒は、地面に転がっていた。
「あった、あった。さ、行きましょ。エマ。それにしても、結局この人たちなんだったのかしら」
「だからさっき説明したじゃないですか。山賊といって、村や旅人を襲って金品を奪ったりする極悪人ですよ。私たちみたいに物だけじゃなく人も
「ふーん。でもさぁ。知ってたんなら、先に言ってくれれば良かったのに」
「だから! 私は何度も訴えかけてたじゃないですか‼︎」
男に出会ってからのエマの様子を思い返してみる。
「ずっと、んー、んー言ってたけど、何言ってたか分からないもん」
「はぁ……そうですね。ルシアさんに私たちの常識を求めるのは無理だと分かりました。プリュエストに向かう間に、少しずつ教えるので覚えてくださいね」
「うん。分かった。あ! それなら最初に、胸以外に男女の区別する方法を知りたい‼︎」
私は目を輝かせてエマに妙案を伝えると、何故かエマは右手を額に当てて、深いため息を吐いた。
☆
「あ、そうだ。ルシアさん。ここを出る前にちょっと探し物をしましょう。さっきの
「探し物? 棒は返してもらったし、エマの荷物入れもあったでしょ? 他に何か取られたっけ?」
「私たちが取られた物じゃありませんよ。他の人たちのです」
そう言いながらエマは洞窟内の部屋を次々と見て回った。
男たちはこの洞窟内に住んでいるらしく、寝室や調理場らしき場所もある。
「この扉、鍵がかかってる……ここが怪しいですね。ルシアさん。さっきみたいに、この扉壊せますか?」
「なんだか分からないけど、この扉を開ければいいの? そんなことして大丈夫? さっきのはうっかり曲げちゃったけど」
「大丈夫です! さぁ!」
「分かったわよ。開ければいいのね? えーと。押せばいいのかな?」
バキっ‼︎
どうやら手前に開く扉だったらしく、扉ごと外れてしまった。
仕方がないので部屋の中に入り、邪魔にならないよう壁に立てかけておく。
「やっぱり! 見てください、ルシアさん! 山賊の集めた財宝が‼︎」
私の後を追って入ってきたエマが嬉しそうな声で叫んだ。
エマの方に目を向けると、棚に置かれた革袋の中を覗いている。
「んー、思ったよりも少ないですね。こっちのは街で売って換金しなきゃですねー」
「何をやっているの? エマ」
「何って、山賊の集めたお金とか換金前の品物を頂いているんですよ?」
「さっき、人の物を奪うのは極悪人だって言ってなかったっけ?」
私の質問にエマは人差し指を立てながら前に突き出し、その指を左右に動かしながら答える。
「ちっちっち。いいですか? 山賊は極悪人です。そして、私の尊敬する魔導師の名言にも『悪人に人権はない』とあります。つまり、山賊から奪っても問題ないってわけですよ」
「何その乱暴な理論……」
「う……ルシアさんは常識ないわりに、変なところで冷静ですね。街で食べ物を買うにもお金がいるんですよ。ルシアさんはお金持っているんですか? お金ないと美味しいもの食べられませんよ?」
「そんな! 分かったわ。エマ。『悪人に人権はない』ね。さぁ! 持てるだけ持っていきましょ!」
こうして、私は今後の収入源の一つを見つけたのだった。
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