第4話【収入源その一】
私は今までに感じたことの無いくらい晴れやかな気持ちで、両腕を振りながら街道を歩いていた。
いや、スキップしていた。
「さっきからルシアさん、とても嬉しそうですね。そんなふうに歩いてたら疲れちゃいますよ。目的の町まではまだ随分とあるんですから」
「へーき、へーき。だってさぁ。こんなに明るいんだよ? 見晴らしもいいし。空気もなんだか美味しく感じるし、森を出るって決めて良かった! それに町に着いたら美味しいものが沢山食べられるんでしょう!?」
隣を歩くエマの方に身体を向けて、私ははしゃぎながらそう言った。
森で私が旅の動向を願い出た時、エマは驚きつつも快諾してくれたのだ。
今は大森林ガーフェルトから最も近い場所にあるという町、最西の町プリュエスト。
エマの話によると、ガーフェルトの東に位置し、プリュエスト以西は未開の地なんだとか。
ガーフェルトもそうだけど、瘴気というもの濃度が濃く、強力な魔物がはびこっていること。
そして、瘴気自体が人体に悪影響を及ぼすことがその理由だった。
「確かにメルフィムも瘴気がどうとか言ってたし、もう随分昔だけど、森の空気が悪くなったり、変な生き物が増えたりしたもんね」
「それなんですけど、ルシアさんの話からして、エルフにとっても瘴気は害のあるものだと思うんですよね。そんな場所でずっと暮らしてて、なんでルシアさんは大丈夫だったんでしょうね」
「さぁ? そんなことよりさ。私もうお腹ぺこぺこなんだ。なんか食べようよ!」
「そうですね。ちょっと早いですけど、お昼にしましょうか。私一人分の食料しか持ってきてないですけど、予定よりもずっと早く町に戻れるので、ルシアさんの分も十分にありますよ」
「やったぁ!」
手頃な木陰を見つけ、私はその場所を指さしながらエマに顔を向けた。
下には短い草が一面に生えていて、座るのにも良さそうだ。
「あそこに座って食べよう!」
「ええ。そうですね。って、もう座ってる!? いつの間にそこまで動いたんですか!?」
待ちきれず私は先に木陰の下に座って、走ってくるエマを待った。
と、いきなりエマの前に三人の人間が立ち塞がる。
三人とも顔の下の方にまで毛が生えているが、多分人間だろう。
それぞれ手に、銀色に光る刃物を持っていた。
私はそれぞれの胸を注視し、そして確信した。
全員男だ。間違いない。
男の一人がエマに話しかけ始めた。
笑っているので、機嫌がいいようだ。
知り合いか何かだろうか。
「へっへっへ。こいつは珍しいほどの上玉だぁ。なぁ兄弟? おい女ぁ! どこに向かうつもりか知らねぇが、今からお前の向かう先は俺たちのアジトだ。悪いことは言わねぇ。大人しく従う方がお互いのためだぜ」
「くっ! こんなところに山賊なんて!」
「おーっと。動くんじゃねぇ。無駄な喋りもなしだ。その格好、お前魔導師だろう? 魔導師の魔法は確かに強力だが、これだけ近付いたら、俺たちの方に分がある。そんなの言われなくても分かってんだろ?」
どうやらプリュエストに行くのをやめて、男たちが何処かへ連れて行ってくれるようだ。
置いていかれては困るので、私は急いでエマの元まで戻ることにした。
「そういえば、上から見てた限りじゃもう一人ちっこい連れが居たはずだが、そいつはどこへやった? ……って、あれ? おかしいな。そこに居るじゃねえか」
「んー! んー‼︎」
どういう理由か分からないけれど、エマは男たちに手を縛られ、口にも布を巻かれている。
エマは私に向かって何か言おうとしているみたいだけど、布のせいで全く分からない。
あは。なんだか面白い。
「こっちはこっちでモノ好きには人気がありそうだな。おい。お前も。大人しく俺たちの言うことを聞け。分かったな? 黙って言う通りにしたら、いい思いさせてやるよ。ぐへへへ」
「んー! んんー‼︎」
いい思いってなんだろう。
もしかして美味しい食べ物をたくさんご馳走してくれるのかな。
私はウキウキしながら、男に連れられてアジトとかいう場所へと向かった。
向かう途中、男たちは互いに「これで美味いもんがたらふく食べられますね」などと言い合っていたので、きっと凄い料理が待っているのだろう。
エマはというと、ずっと唸っていたけれど、途中から疲れたのかすっかり黙ってしまった。
なんだか拗ねてしまったみたいなので、後で慰めてあげよう。
辿り着いたのは洞穴の中だった。
人工的な手が加えられているようで、壁の所々には灯が灯っている。
「ひとまず、ここで待ってろ」
私とエマは何もない空間に押し込められた。
男の一人が柵のような扉を閉めながら、こっちに笑みを浮かべる。
「それにしても、もったいねぇなぁ……おい……俺らで、味見しとかないか?」
「馬鹿か? そんなことしたら、価値が下がっちまうだろ? 減った分をお前の命で払うか?」
「へ、へへ……冗談だよ。冗談。ちっ、行こうぜ」
こっそり味見したくなるくらい美味しいものを用意してくれているらしい。
いくらエマの知り合いだとしても、今日会ったばかりの私にまでご馳走してくれるなんて、なんていい人だろう。
「んー! んーんんー!!」
静かにしていたと思ったら、再びエマが私の方に向かって、再び唸り始めた。
ちなみに私もエマと同じように、口の周りに布が巻かれ、手首を紐で縛られている。
なんの遊びなのか分からないけれど、さすがに待っている間もずっとエマと話せないのも不便だ。
というか、そろそろ飽きたし。
ぶちっ。
ひとまず口の布を噛み切った。
これで普通に話せる。
「ねぇ、エマ。もうこの布いいよね? んー、ばかりじゃ何も分からないし、エマも取ったら?」
「んー!? んー! んんー!!」
何故かエマはびっくりした顔をしながら、さらに唸り始めた。
なんか必死だ。
あれ?
もしかして、エマは自分で布取れないのかな?
もしかして、さっきの男が着いたら外すはずだったのに、料理のことに夢中で忘れてたとか。
あは。おっちょこちょい。
それなら私が外してあげないとね。
んー、手首の紐もちぎっちゃっていいよね。
ぶち。
「さすがにエマの布を私が噛むのは、ちょっとアレだから、手で取るね」
「ぷはっ! ルシアさん!! 山賊の拘束、自力で外せたんですかっ!?」
「え? これやっぱり勝手に取っちゃダメだった? もしかして美味しいものはナシになっちゃう?」
「何の話してるんですか。あいつらは山賊ですよ。美味しいものなんてありません! 私たち、人買いに売られちゃうんですよ!?」
美味しいものがない……?
え……どういうこと?
絶望していると、エマは勘違いしていた私に状況を説明してくれた。
美味しいものをご馳走してくれると思い込んでいた私は、目の前が真っ白になってしまう。
そこへさっきの男が一人で扉の前にやって来た。
辺りをキョロキョロと確認しながら、何か気にしている様子だ。
「へへへ……さっきは兄貴が居たから諦めたが、こっそりやればバレやしねぇよ。おい。お前ら、大人しくしろよ? 大声なんて出してみろ。適当な理由付けて殺し……って! お前らどうやって拘束を解きやがった!?」
「男! よくも私を騙したな!!」
私が男を指さしながら怒りの言葉をぶつける。
男は面食らった顔をしたがすぐににやけ顔に戻った。
「いくら拘束を解いても、この柵は鉄製だ。出られねぇよ。魔法を使ってみるか? そんなことしたら中に居るお前らまで怪我するぜ」
「くっ! 何とかここから逃げる方法を考えなくては!! ルシアさん! 何か思い付きませんか!?」
「え? 鉄って初めて聞くけど、出たいなら普通に退けて出たらいいんじゃない?」
「ええー!?」
どうやらここには美味しいものがないみたいだし、エマもここから出たいみたいなので、邪魔な柵の扉を開ける。
鍵がかかっていたせいでかなり歪んでしまったけれど。
「な!? どういう魔法だ!? て、てめぇ! これ以上近寄るな!! こ……ぐべっ!」
「ひとまず、エマから聞いたけど、あんたたち悪いやつみたいだから、いいよね。さ、無駄な時間使っちゃった。エマ、行こう」
「え、ええ……ルシアさんって、本当にお強いんですね……」
私は他の男たちが去っていった方へ向かって足を進めた。
手を縛られる時に預かってもらった、私の棒を返してもらわないと。
あれには愛着があるからね。
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