日記を過ごす

ナナシマイ

*


三月十日

今日は高校の卒業式だった。泣きに泣いた。秋まで生徒会長を務めていた佳奈ちゃんが代表で挨拶をしていて、すごく感動した。「私たちは、そして、後輩や先生方、保護者の皆さんは、いつか、ここで私たちが過ごした日々を忘れてしまうでしょう。けれども、この日々が無くなってしまうわけではありません。この高校で、このメンバーで、この三年間を過ごしてきたからこその未来が、私たちのこれからが、続いていくのです」……過ごした日々を忘れません、などと言わなかったあたりが佳奈ちゃんらしい。だからこそ心に響いた。佳奈ちゃんはこれから就職するけれど、私はのほほんと大学に進学する。何となく、みんなそうだから。ちゃんと生きなきゃな。


三月十一日

この日付は、やはりあの地震を思い出す。当時生まれた子が、もう二桁の年齢になるのだと思うと、何とも言えない気持ちになる。あっという間に、世の中は三月十一日に何も感じない人だらけになるのだろう。直接被害を受けたわけでもないし、知り合いを亡くしたというわけでもない。だが、自分を含め、そういった他の人たちも、心に何かしらの痛みを残しているはずだ。この痛みの共有が、まだ苦しんでいる人たちの支えになればと思う。


三月十二日

きょうは、パパのおみまいに いきました。みゆはパパのすきな カスミソウをかってあげました パパはむずかしい、びょうきです。でもカスミソウを見たら、わらってくれました。パパがわらっているところが大すきです わらっていなくてもすきだけど わらっているともっとすきです。だから早くげん気になって たくさんわらってほしいです。



「良い日記だね、ニキ」

 私は日記帳を閉じながら、カスミソウを持った「みゆ」という女の子を想像した。

「そうだねぇ。みゆちゃんのパパ、元気になると良いね。カーシルもたまには、ボクに花束をくれたらもっと良いんだけどねぇ」

「もー、うるさいなぁ。ニキは花束もらったってどうしようもないでしょ」

 ニキは人間ではない。さっきまで私が読んでいた、不思議な日記帳だ。ここに書かれている日記は私が書いたものではなく、毎日、その日に書かれた日記の中でが選ばれ、ニキに載るのだ。「いちばんのもの」というのは定義が曖昧で、いちばん感情が強いものであるとか、いちばん怖いものであるとか、いちばん考えられた文章であるとか……まぁ、日によってまちまちである。とにかく、そうやって選ばれた日記がニキに載ると、

「カーシル。新しい日記が届いたよ」

と、私を呼んでくれる。ニキはそのために喋れるようになったらしいが、どうにもお喋りがすぎるきらいがある。それでも彼は、私の唯一の同居人(帳?)であり、話し相手であり、一応よき理解者でもある、大切な存在だ。

「じゃ、明日も七時ね」

 そんな大切な日記帳に目覚まし役を頼み、私はベッドに潜り込んだ。脇にあるテーブルにニキを置き、その横にあるランプの灯りを消した。

「はいはい。それは良いけど、たまには一発で起きてね」

「えー、それは何とも言えないな。明日にならないと、分からないよ」

「そりゃそうだけどさ。……まぁいいや、おやすみ」

「うん、おやすみ」

 一日が終わる。


「……シル、カーシル起きて、朝だよ! 七時! ……やっぱり駄目か。はぁ。……カーシル! 大変だよ、隕石、隕石が落ちてきたってば! 起きないと潰されちゃうよ!」

「おはよう。……隕石がどう、したの?」

「……カーシル。もしかして、起きてた?」

 バレた。今日は珍しく、「七時!」の時点ではっきり目覚めていたのだ。隕石のくだりがおかしくて、笑いを堪えるのが大変だった。勿論私はそんなことは言わず、テーブルの引き出しからクロスを取り出す。美しい木彫りが施されたニキの表紙を磨くことが、日課となっているのだ。膝の上に抱え、人の顔にも見えるその縁をなぞっていると、やっぱり答えてあげようかと気が変わる。

「ごめんごめん。ニキの起こし方が面白いからさ、つい」

「もう、こっちは必死なんだからね。勘弁してよ」

「だからごめんってば。……ふふ、でも、隕石って」

 思わず笑うと、ニキは不貞腐れたような声を出した。そんな彼をベッドの上に置き、朝ご飯の用意をするためにキッチンへ行く。用意と言っても、私の朝ご飯はジャムを塗った硬めのパンにヨーグルト、それからカットフルーツだけだ。すぐに終わる。「いただきます」と手を合わせ、食べて、食べ終わり、空いた食器を洗う。この間、私たちは会話をしない。いつものことで、あくびが出そうになる。……いや、本当に出てきた。

 ベッドの、ニキの横に腰掛けると、また出てくるあくび。その体勢から後ろに倒れこむ。ばふっと音がして、少しだけ埃が舞った。

「カーシル、今日はどこにも行かないで寝てるの?」

「まさか。ちょっと眠いだけ」

 すぐに出かけるよ、と、ニキの表紙を軽く叩き、目を閉じる。少しの間そうしていると、だんだん眠気が引いていくのが分かった。ゆっくりと起き上がり、よいしょ、と声を出して立ち上がる。向かうのは洗面所だ。ささっと歯を磨いて顔を洗った後、その倍くらいの時間をかけて髪を梳かす。ベッドの上から、

「そんな丁寧にやったって、誰も見てやしないのに」

という声が聞こえてきたが、私はそれを無視した。

 綺麗に整えた髪型に満足して頷く。それからベッドのところへ戻り、その横の壁に掛かっているコートを羽織った。中の部屋着はそのままだ。

「じゃあ、行ってくるね。留守番よろしく」

「行ってらっしゃい。気をつけてね」

 ニキは行き先を聞いてこない。私も言わない。言えない。

 私自身、どこへ行くのか分かっていないからだ。

 家の扉を開けるまで、今日がどんな一日になるのか知ることができない。私はそれでも、毎日扉を開ける。扉の向こうにある「今日」に、期待する。

 もう一度、行ってきます、と呟いて、私は扉を開けた。



外に出ると、私は整形外科のある病院へ向かった。重たい腰に顔をしかめながら病院に入ると、待合室はかなり混雑している。とりあえず受付を済ませ、真ん中の空いている席へ。ゆっくりと腰を下ろして、ふぅ、と息をつくと、制服のプリーツスカートから覗く自分の足が目に入る。

今日は午前の間に学校へ行けるだろうか。確か四時間目は体育だ。それならどうせ見学だし、あまり急ぐ必要はないかと考え直す。気持ちに余裕が出てきたので、私は子供向けの間違い探し絵本を読んで診察までの時間を潰すことにした。

診察室に入ると、ショートカットヘアと日焼けした肌が特徴的な、サーフボードでもやっていそうなおばさん先生が迎えてくれる。

「今日は足まで痛そうだねぇ」

彼女は私の歩き方を見ただけで、すぐに体の調子を見破る。

「はい、太ももから膝のあたりまで痺れてきちゃって」

「んんん。筋力が落ちてるんじゃないかねぇ? ちゃんと寝るときはコルセット外してる?」

「あー。よく寝落ちしちゃって」

ずずっと顔を寄せてくる先生から目を逸らすと、彼女は呆れたように首を振った。

「駄目だねぇ、それじゃあ治るものも治らない」

何も言い返せない。とりあえずいつも通り電気を当ててもらい、簡単なストレッチをして診察は終わった。まだ四時間目の始まる前だ。会計をして学校へ向かう道、さっきよりも腰が軽い。

学校に着くと、校庭にクラスのみんなが見えた。ちょうど準備体操が終わったところらしい。男女別になってサッカーの準備をしている。私は体育教師から見えないように、木陰のベンチに座って授業を眺めることにした。

女子のサッカーは本当にお遊びだ。ちょろちょろと転がるボールをみんなで追いかけている。クラスに一人はいそうなサッカー女子が、このクラスにはいない。だからゲームも全く動かない。どちらかと言うと、男子のゲームの方が気になるようだ。そちらはサッカー部の男子が張り切っていて、さっきから何度も格好良いシュートを決めている。

「カーシル! 授業、ずっと見てたでしょ。見学で出席すれば良かったのに、もったいない」

昼休みになってから教室へ入ると、かえでに声を掛けられた。さっきまでおさげにしていた髪はほどかれていて、軽くウェーブしている。

「だって出席したら片付けさせられるんだよ、あれ面倒だもん」

「そうだけどさぁ、少しでも出席しておいた方が良いんじゃないのっていう心配よ、心配」

「ありがと。でもさ、腰が痛くて休んでるのに、重い物持たされるって意味わからないでしょ。やんなっちゃう」

そんな会話をしながら給食の準備をする。今日はカレーうどんだ。カレーは好きだが、うどんはあまり好きではない。なんとなくお米の神さまを想像してみた。ごめんよ、神さま。私はカレーライスを食べたかったよ。

五時間目は数学だ。特に面白いことは何もない、というより眠気をどうにかするのに必死だった。船を漕いでいたのだろう。帰りの会が終わったあと、かえでにくすくすと笑われた。彼女は私よりも後ろの席なのだ。

「じゃあ、また明日ね」

「うん、また明日。今日はコルセット外し忘れちゃ駄目だよ?」

給食の時間にしていた病院での話を思い出したのか、かえでは手を振りながら念押ししてきた。彼女とは家の方向が逆なため、校門で別れる。私は苦笑いになりながら手を振り返した。家に帰ったら、まずはコルセットを外そうと思った。



「ただいまー」

 帰宅するなり、私はベッドに倒れこむ。

「おかえり。ほら、まずコートを脱ぐ」

「はいはい」

 ニキの言葉に仕方なく立ち上がると、彼は分かりやすく、はぁと声を漏らした。

「溜め息つくと幸せが逃げるよ」

「ボクは人ではありません」

「人じゃなくても、逃げるもんは逃げるの。ニキだって不幸な日記ばかりが集まったら嫌でしょ?」

 そう言いながら壁にコートを掛けて、夕飯を作るためにキッチンに入る。一人用の小さな鍋に調味料を入れて火にかける。野菜を適当に切り、沸騰した鍋に放り込んだ。それからうどんも。ぐつぐつぐつ。白い麺が茶色に染まっていくのを眺める。最後に卵でとじて完成だ。

 煮込みうどんを食べながら、私はカレーうどんについて考える。カレーが好きでうどんが嫌いだとしたら、カレーうどんはどうなのだろう。よく分からなかった。

「カーシル。新しい日記が届いたよ」

「ありがとう。食べ終わったら読むね」

 カレーうどんについて考えるのを止め、食べるスピードを速める。早く日記を読みたい。

 私にとって、日記を読むことは何よりも大事なことだ。色々な人の、色々な感情に触れる瞬間はいつだってどきどきする。日記というのは内省だ。ある人は驚くほど純粋に、またある人は理想的に。日記の書かれ方によって、その人と日記の関係性が浮かび上がってくる。それを知ることが、私は好きだった。だから、

「ねぇカーシル。今日は疲れたんじゃない? 読むのは明日にしたら?」

などとニキが聞いてきても、取り合うわけがなかった。

「何言ってるの。日記を読まなかったら一日が終わらないよ」

 そう言ってニキを開く。



三月十三日

真衣ちゃんは今日も可愛かった。俺は真衣ちゃんにルビーのピアスを買ってあげた。真衣ちゃんの誕生日だから奮発した。真衣ちゃんの真っ赤な唇とそれはよく合っていた。「ありがとう」と笑う真衣ちゃんがあまりに愛しくて、その顔の輪郭をなぞるとくすぐったそうに笑った



「カーシル」


「そういえば、今日はお昼ご飯何食べたの?」

 いきなり、ニキが口をはさんできた。私が日記を読むときはいつも静かなのに。

「カレーうどん。読んでる途中だから話は後にして」



。笑った顔は少し赤く染まっていて、花の様であった。花束も買ってあげれば良かっただろうか。でももう花屋は閉まっている。それなら今ここで作れば良い。ポケットか



「お昼にうどんを食べたのに夜も食べたの? 変わってるねぇ」

「ニキ、少し黙ってて」

 私はニキの背表紙を少しつねった。

「たまにはご飯も食べないと、お米が可哀想だよ」

 痛いと言いつつお喋りを止めないニキ。そんな彼を無視して――と言っても視線はニキに向けて、続きを読む。



らナイフを取り出して真衣ちゃんの喉に滑らせた。真衣ちゃんの喉からは赤い花が咲き乱れた、ああとてもきれいだと思った何か甘い匂いもする 真衣ちゃんの今までで一番かわいい姿を見ることができたこれで俺は満足だ俺の前には可愛らしい赤が並んでいる! ああ真衣ちゃんを殺めてしまったでも これで真衣ちゃんと ずっと一緒だ



「あーあ、読んじゃった」

 衝撃的な内容に、私はふぅと息を吐いた。閉じたニキを胸に抱く。

「どんな日記でも、私は読むよ。今日の日記に選ばれたんだもん。とても強い愛だったんだね」

「だいぶ歪んでいるけどね……。ボクはカーシルがおかしくならないか不安だよ」

「私は大丈夫。それよりも日記を読みたい気持ちの方が強いんだよ。だからあんまり邪魔はしないで欲しいな」

 ぽんぽん、とあやすようにニキを撫でてから、私はシャワーを浴びた。ちゃんと髪を乾かさないと明日の朝が大変なことになるのは分かっているが、やはり面倒臭い。私は半乾きのままでベッドに潜り込んだ。

「じゃあ、明日も七時ね」

 ニキに目覚ましを頼んで、灯りを消す。

「おやすみ、カーシル」


 次の日、私はいつものように大声で起こされ(今日は火事だった)、いつものようにニキの表紙を磨き、いつものように朝ご飯を食べ、いつものように髪を整えるのに時間をかけた。

「毎日毎日、よくやるねぇ」

 ニキはそう言うが、私は髪を弄ることが好きなのだ。それなら夜もちゃんとすれば良いのだが、それは話が別である。とにかく、仕方なく時間をかけているわけではない。ニキに言っても伝わらないから、私は適当に話を終わらせて、コートを手に取る。

「じゃあ、行ってくるね」

「はい、行ってらっしゃい」

 玄関の手前でニキを振り返り、私はコートを羽織った。今日はどんな一日になるだろうか。そう思いながら扉を開ける。



思ったよりも日差しが強い。夏でもないのに持ち歩いている、日傘をさした。待ち合わせ場所の駐車場に着くと、見慣れたハイエースが停まっている。足早に近づいて後部座席のドアを開けると、むわっと煙草の匂いが広がった。奥には私の機材が置かれている。

「お待たせ」

車に乗り込むと、運転席と助手席にはバンドメンバーのタカとアンリが座っていて、

「おはよう」

と挨拶をしてきた。すぐに車は発進する。私は鞄から煙草を取り出して火をつけた。三人とも好きな銘柄が違うから、車内はいつも変な匂いがしている。それももう慣れた。

しばらくしてリハーサルスタジオに着くと、私たちはいそいそと機材を下ろす。顔なじみのスタッフが出てきて、運ぶのを手伝ってくれる。

「亮くん、ありがとう」

そんなスタッフの亮くんは、アンリの彼氏だ。いつも私たちにサービスをしてくれては、店長に怒られている。

「そんな、礼なんていいっすよ。好きでやってるんすから」

「アンリのことがね」

そうからかうと、彼は照れたように頭を掻いた。

「もうカーシル、変なこと言わないでよね」

なんて言うアンリも照れている。呆れた私はさっさとスタジオに入り、ミキサーの電源を入れた。

今日は昔の曲を練り直す予定だ。ひとまず昔の通りに合わせてみてから、変えたい部分を挙げていく。それを一か所ずつ、納得がいくまでアレンジするのだ。当然、三時間では終わらない。続きはまた後日することになった。

帰りの車内で、あまり話さないタカが溜め息をつく。

「どうしたの?」

「俺たちさ、もっとスピード上げないとやばいよな」

アンリが煙を吐き出しながら首を傾げる。

「スピードって?」

「だからさ、ヒロたちのバンドは全国まわって、大きいハコでライブしてるだろ。事務所もついて勢いもある。……俺たちもなんとか流通版をだして、それなりのイベントやったけどさ、それで? そのあとは?」

タカの言葉に私もアンリも押し黙る。これは全員が分かっていたことだ。分かっていて、それでも口に出せなかった。この時点でヒロたちのバンドに後れを取っていたのかもしれない。去年までは対バンだってよくしていたのに、一緒に企画を打つような間柄だったのに、今では遠い存在に思えた。

答えの出ないまま、車は家の近くに停まった。

「色々、考えておくわ」

そう言って重い空気の車から降りる。煙草には火をつけたままだったので、吸いながら歩



 進めない。



煙草には火をつけたままだったので、吸いなが


煙草には火をつけたままだっ



「カーシル!」

 どこからか私を呼ぶ声がした。視界がぐらぐらと揺れ、景色が崩れる。



煙草には火



「カーシル! このままだと日記に閉じ込められちゃう、早く家の扉を開けて!」

 あぁ、ニキの声か、と私の頭は理解した。けれども、どうしたら良いのか分からない。



煙草




 周りの家も、道も空も、何もかもが消えていく中で、のところにドアノブが重なって見えた。はっとして手を伸ばすと、空間がドアのようにべろんと開き、私はそこ――家の玄関に吸い込まれるようにして倒れこんだ。

「カーシル! カーシル、無事っ!?」

 そろそろと部屋に入ると、ニキはひとりでに開いたり閉じたりしていた。慌てていることがよく分かる。

「うん、無事」

「良かった……」

 彼は安心したように自身を閉じ、ぱたんとベッドに落ち着いた。その横に腰を下ろすと、今度は説教を始める。

「まったく! カーシルは日記そのもの。カーシルが消えちゃったら、世界中から日記がなくなるんだからね? 前にも言ったよね、何かあったらすぐに扉を開けることって。まさか忘れたわけじゃないよね?」

「えっと、忘れてた……」

 本当に忘れていた。私は、私も、人ではない。私は「日記」だ。私がいるから、世界には日記がある。

 人間が書いた日記に触れるうち、いつしか彼らに憧れを抱くようになった。たくさんの感情を持ち、それぞれが関わり、変化する人間。私は人間のことをもっと知りたいと思った。毎日届く日記だけでは足らず、私は日記をランダムに借りて、その一日を過ごしてみることにした。

 扉の向こう側には、誰かの一日が広がっている。

 それはとても楽しかった。自分の中から湧き出てくる感情が、本当に自分のものであるかのように錯覚した。私は自分が人間に思えてきて、家にいる間も人間と同じように「生活」するようになった。

「人の思いが強すぎたの。私、飲み込まれちゃったんだね……。私の感情だけでは、到底人には及ばないなぁ」

「良いんだよ。カーシルは人じゃない」

 私は思わずニキを抱きしめた。悲しいのか、嬉しいのか……どっちなんだろう?

「分かってる。日記は思いの受け皿。行き場のない感情を、日記という形で預かってあげるだけ。そこに別の感情を混ぜちゃったら、その人の思いは濁ってしまうから」

「カーシル……」

「言ったでしょ、私は日記がどんな内容でも読むよって。どんな感情だって受け止めなきゃいけないし、受け止めたいって思う。それが私だもん」

 ニキは何も答えない。私はゆっくりとベッドに寝そべった。

「そうだ、ニキ。まだ今日の日記は届いてないの?」

「まだだねぇ」

 それなら今日はもう寝て、明日の楽しみにしようと思った。テーブルにニキを置いて、灯りを消す。いつものように目覚ましを頼もうと、ニキの背表紙をちょんと突いた。

「じゃあ明日は……お昼までに起きなかったら起こしてくれる?」

 明日がどんな一日になるか、私は知っている。

 おやすみ、と告げると、ニキからは嬉しそうに弾んだ声が返ってきた。微笑みながら目を閉じる。

「おやすみ、カーシル」

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