10 金と後処理は呪いである
「待ってください、本当に行くんですか!?」
後ろからカスミの張り上げる声が聞こえる。
本当に行くとも。そうしないと、莫大な額の借金が呪いのように降ってくるのだから。
「よ、妖刀はどうするんですか! このままじゃ呪いで死んでしまうんですよ!?」
「いや、その前に金に押し潰されて死ぬ!」
「どういう事か教えていただければ、助かるのですが……!」
有り余る力を使い走るが、俺の体力の底は知れているのですぐに減速していった。
「はあ、はあ、いやまあ……ただ、金を借りてるだけだよ。あのギルドマスターにね……」
息が苦しくなるのを堪えながら言った。
カスミは距離を詰め、俺に真剣な眼差しを向けてくる。
「お金……そんなものよりも命の方が大事じゃないんですか?」
「そりゃあ、大事だ。でも、助かった前提の話をするとして、その後が問題になってくるんだよ」
「その後……?」
徐々に回復する体力で、王都の門へ向かう。
隠す事でもないし、カスミには話しておいた方が接しやすいか。呪いが解かれるまで付き合いは続くだろうしな。
「これを見てくれ」
俺はポケットの奥深くに手を突っ込む。その中から一枚の小さな紙を取り出した。それをカスミに開いて見せる。
「何ですかそれは?」
「これは借用証明書だ。ギルマスと、俺の中で金の貸し借りが行われた事を証明している」
この紙がある限り、俺は冒険者として活動を続ける他ない。それが一番手っ取り早く借金を返す道である。
「えっと、借入金額……700枚金貨!?」
記載してある内容を読んで驚くカスミ。
700枚金貨。
並ならぬ桁の借金であり、世間話では聞かない大金だ。国のお偉いさんですら容易には集められない。贅沢すぎる暮らしを数年続けられるほどだ。
悪魔のような借りをギルドマスターからしている男こそが、ユート・レーヴァン。つまり俺である。
「今日まで稼いだ報酬は返済に回ってるんだよ。食事代と宿代を除いてだけど」
「……200枚の金貨を、ですか?」
「二年でな。これでも相当早い方だと思うけど」
今まで、冒険者になってからノンストップだった。
俺は反則で職についた条件として、Eから上のランクに上がる事ができない。だが、ギルドマスターの権限で高難易度の依頼も特別に受けられるようになっている。報酬は通常より低いが、借金返済の時短ができる。
マチチョウは、俺が負債を終えるまで離すつもりは毛頭ないらしい。Eランクには不可能な依頼でも、指定で任せてくるのだ。そのせいで俺は断ろうにも断れない状況にある。
「それでAランク相当の吸血鬼討伐に?」
「ああ。……まあ、同じような依頼をずっとしていれば、嫌でも慣れるもんだよ」
今回の吸血鬼だけではない。ゴブリンやオーガ、餓狼やドラゴンまで、幅広い魔物討伐を経験してきた。
危険な橋渡り、一体何度死にかけた事か。
「返済期間はとうに過ぎてる。今あの巨漢が温情をくれている内に、なんとかして金を集めるしかないんだ」
冒険者以外に、学歴を問わない高収入な仕事は他にないだろう。借金が無くならない限り、俺は依頼に囚われ続ける。
「……あの、一体なぜ借金を?」
「あーそれは、うん。
「魔道具?」
思い出したくもない、あの魔法杖。ギルドのテーブル席の椅子に置いてあった杖の上に、俺は気付かず乗ってしまった。躊躇いなく、疲れた体を解放するように、ズドーンってね。
「とにかく、後々お金か命のどっちが大事かがひっくり返る。俺は依頼を達成しないと、生き延びても社会的に死ぬって事なんだ」
「なるほど……って! あと八日しかないんですが!?」
「そう。だから、一日で片付けないとな」
時間はさらに限られる。
まず取り損ねた吸血鬼の灰を回収する。その後、周辺にいるとされる謎の魔物の調査だ。レイドたちがまだ近くにいれば合流するのもあり、協力という形で同行させてもらおう。
まだ方法は教えてもらっていないが、解呪は難しいらしい。なるべく余裕を持てるように半日で終わらせられるプランを立てる。そうすれば、七日もあればまだ助かる可能性は高くなるだろう。
魔物を討伐しろとは言われてない、あくまで調査の依頼なので戦う必要はないはずだ。特徴や行動パターンをギルドに持って帰るだけでいい。
「カスミは別についてこなくてもいいんだけど……」
「いえ、私も行きます。私のせいで呪いが付いてしまったようなものですから」
「そう? なら助かるよ」
俺は三度目の正直を願って、カスミと共にラタデ村に出発した。
□□□□
「――な、ない!?」
俺は誰もいない村の真ん中で絶叫した。
ラタデ村には思ったよりもすぐに到着する事ができた。昨日来た時よりも早く、天気も快晴だったのだが……想定外の事が起きてしまった。
「吸血鬼の、灰がない!」
倒したはずの吸血鬼の遺体は消え、地面に残るのは雑草のみとなっていたのだ。風に吹かれたのか、それとも誰かが持ち帰ってしまったのか。どちらにせよ、もう証拠となる戦利品はもうない。
「どうしようカスミ! これじゃ俺、二つの意味で死んでしまうんだけど!?」
「お、落ち着いて下さい……。おかしいですね、まだ時間はそんなに経っていないと思いますが」
吸血鬼の灰なんて需要はあまり高くない、せいぜい食器を洗う洗剤にしか活用はできないからだ。村の人はおらず、レイドたちかと思ったが、誰かが来た痕跡も特に見られない。
「とりあえず、私が何とかしてみます」
「え? 何とかできるのか……?」
「ええ。……まずは、私を王都まで運んでくれた分を返しましょう」
カスミはそう言って妖刀を引き抜いた。その刃を地面に突き立て、カスミはそっと目を閉じる。すると刃は黒く染まり、上下左右に軽く振動した。
一体何をしているのか分からない。カスミは微動だにせず、手に持つ妖刀の黒い魔力だけがゆらゆらと揺れている。
声をかけようか迷っていると、カスミはすぐに目を開け、地面につけた刃を上げて鞘に戻した。
「今のは?」
「黒蓮の力、『
「すごいな呪い、そんな便利な……」
「一応妖刀ですからね、デメリットがある分、ちゃんと働いてもらわなければ」
デメリットとは俺がかけられた呪いを言っているのだろう。ただ、それは不利とは言えないのではないだろうか。自分以外の他人が呪われるだけで、本人は妖刀の力を使い放題では? それか何か、別の不安要素がその刀には備えられているのかもしれない。
「それよりレーヴァンさん。良い知らせと悪い知らせの両方を拾ってしまったのですが、どちらから聞きます?」
「嫌な予感しかしないけど、うん。良い知らせから聞こうか」
良いニュースと、悪いニュース。大抵、後者には前者の一定値を上回るほどの情報が出てくるのが多い、わざわざそういう言い回しをするくらいだからな。俺はその直感が働いたせいか、余計に心配になってしまった。
「良い知らせ、それは灰の居場所が分かった事です。幸い、まだ近くにあると思います」
カスミは眉をひそめてそう言った。少し前進した所でピタッと止まり、妖刀を地面に向ける。
「悪い知らせとは……その灰が、私の立っている真下にある事」
「真下?」
「おそらく洞窟か、意図的に作られた空間があるのかもしれません。明らかに、不自然ですが」
何故地上ではなく地下で灰が見つかったのか、それについて主に二つの可能性が俺の頭に浮かんできた。
一つ目は、何者かが地下へ持ち去った。灰なんて拾っても徳はしない、落ちぶれた盗賊などの輩かもしれない。
次に、吸血鬼のキングが生きていたという可能性だ。吸血鬼はしぶとい、たとえ首を斬られても再生するだけの能力があるからだ。あの全身針の魔物にやられたのは見たが、実際、本当に死んだかは確かめていなかった。それに、何故吸血鬼だけを狙ったのかが未だに不明のままだ。
「太陽から逃れるために、アイツ……吸血鬼が隠れたのかもしれないな」
「では……まだ生きていると?」
「それは有り得る。吸血鬼に対する最後のトドメは“聖なる一撃”が必須だろ? あの針の魔物、あれは邪悪側な気がするんだよね」
まあ、そもそも魔物に神聖な奴なんていないと思うけど。
吸血鬼は死ぬと本来の姿に戻る、おぞましいコウモリの姿にだ。人型だったからか、首を落とされて死んだと錯覚していた。カスミの容態も危なかったのもあって見落とした、あってはならないミス。
「……よし、ギルドに戻ろうか」
「ええ、そうですねって何故ですかっ!?」
俺の提案に乗ってくれたと思いきや、すぐに否定するように驚いたカスミ。
「弱っている今が絶好の攻め時では?」
「勝てるかどうかが問題だよ、俺たち二人じゃ心許ないのもある」
確かに吸血鬼は昨日の戦闘、再生に時間を注いで弱体化しているかもしれない。だが俺は戦力外だ、引き返して仲間を増やした方が確実だろう。
「……いいえ、次は大丈夫です。私には勝てる自信がありますので」
「えぇ……。でも、自信だけあってもな……」
カスミが妙に行きたがる。
ポジティブなのは良いと思うが、昨日打ちのめされたばかりだろうに。
「それに、あなたがいるじゃないですか。本当はEランクではなくSランクの冒険者なのでしょう?」
「え?」
「どうして隠しているのかは分かりませんが、あなたがいれば安心です」
「……ちょっと待ってくれ、安心なんて微塵も見当たらないんだが」
カスミは俺の事を、Sランクだと思っているのか? だとしたらそれは的外れもいい所だ。昼間での俺のランクは正真正銘、Eランクだ。今は子どもがおやつを食べている時間帯、俺が出来る事はせいぜいカスミを応援してやる事だけだろう。
「吸血鬼を倒した人物……あの場には私たちしかいなかったので、必然的にあなたになるんですが、未だに信じられません」
「はあ……?」
「だって、今のレーヴァンさんには強さが感じられないんです。そうなれば、実力を偽れる強者、つまりSランクだと私は踏んだのですよ!」
「うん、全然違うけど」
確かに吸血鬼を追い詰めたのは俺だが、どうなったらSランク冒険者と見間違うんだ。
「では行きましょうか、日が暮れる前に終わらせましょう」
「ああ、いってらっしゃい」
「あなたも一緒に行くんですよ。ほら」
カスミは俺の力の抜けた腕を引っ張る。
「いやいやいやいや。俺なんて役立たずも同然、いてもいなくても変わらないから、帰ってコーヒーでも飲んで待っているとも!」
「依頼を受けたからには、きっちり責務を果たすのが冒険者でしょう!? 大丈夫です、あなたは私より強いのですから」
女の子とは思えないほどの怪力を見せるカスミ。
俺を逃さないようがっちりと腕を掴んでくる、この時点で俺は彼女より弱い事が証明されている。
冗談じゃない、地下を作った吸血鬼が何の罠も張らないでいる訳がないだろうに。
「さあ行きますよ! そもそも、これはあなたの依頼なんですから!」
「ああちょっと、潰れる! 腕がペチャンコになるっ!」
何でこんなに元気なんだ、昨日死にかけたんじゃないのか……?
「わ、分かったから、行きます行きます! だからもう離してくれ!」
有無を言わさず、俺はカスミに引っ張られる形で吸血鬼の元へ再び向かったのであった。
その冒険者、夜行性につき〜最強と最弱の両立〜 ない @NagumoOutarou1
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