9 呪いは我が身へ
翌日の朝。
「――きてください。起きてください」
「……ああ……?」
俺はその囁かれる声に目を覚ました。
一瞬ここがどこか分からなくなったが、すぐに昨日の事を思い出して把握する。
ここは王都の宿屋だ。
一生懸命にカスミと刀を運び、宿屋のベッドにたどり着いたのだ。
「もう昼ですよ、いつまで寝ているのです」
声の正体はカスミだった。
俺を包む毛布を引っ張り、意識を覚醒させようとしてくる。
どうやって入ってきたんだ……。鍵はかけたつもりなのだが、そう思い込んだだけだったか?
「……おお、元気になったのか」
「おかげさまでこの通りです。命を救っていただき感謝します」
「そうか。じゃあそのお礼として、今はほっといてくれるかな。まだ眠い……」
俺はそう言ってカスミの力に対抗して毛布を元の位置へ戻す。
「ダメですよ! ぐーたらなんてしてたら生活のリズムが崩れてしまいます!」
「とっくに崩れてるから大丈夫……。カスミはぐっすりしていたんだろうけど、俺はもう二日も寝てないんだ」
「……それは休んだ方がいいと思いますが、とりあえず起きてください! 大変なんです!」
「無理、死ぬ」
カスミの手を振り解き、毛布を深く被る。
まだ半日も熟睡できていない状況でまだ働かせるなんて、人間の脳と体力は許さない。
今すぐにでも夢の中に飛び込まなければ……。
「用があるなら、あと二日は待って……くれ……」
ただダラけたい訳では決してない。
本当に、それくらい休まないと気力は回復しないのだ。
「――。はあ、じゃあもういいですよ」
どうやら諦めてくれたらしい。
カスミはベッドと反対側へ向き、部屋の扉の方へ歩いていった。
「このまま
そう言ってガチャリと扉を開けて……。
今、なんて言ったんだろう? 天に召される?
「私のせいにしないでくださいね。全部、
「え、ちょ」
カスミは静かに、そしてスラスラと聞き捨てならない言葉を並べた。
まるで、もう諦めましたと言っているような顔をして部屋を出て行こうと……。
「……あー、ちょっとだけなら聞こうか」
俺は体を起こしてカスミを呼び止めた。
万が一。
そう、万が一俺の身に何かしらの問題ができているのなら寝ている場合ではないからな。
今すぐにでも解決しておくべきではないかもしれないが、一応どういう事か確認しておく。
「はい? 大丈夫ですよ、また二日後に戻ってきますので」
カスミの笑顔は俺の不安を更に掻き立てる何かがあった。
冗談で済む話じゃないと、彼女の顔は物語っていた。
「……まあ、その頃にはもう死体でしょうけど」
「詳しく話を聞かせてくださいお願いします!」
俺はそう懇願しながら、ベッドから飛び出た。
□□□□
「それで、どこまで話したっけ?」
「…………」
宿屋の受付の手前、カフェスペースのテーブルで俺はカスミと向き合う。
俺が泊まっている宿屋は二階建てだ。
一階はこのように客が寛げる場所として提供されている。
普段はここでコーヒーを飲みながらリラックスしているのだが、今はそうもいかない。
「話、聞いていませんでしたね?」
「いや聞いていたとも。ほら……吸血鬼って偉そうで腹立つよねって所まで――」
「一言も話してませんよそんな事っ!」
バンッとテーブルを叩いて怒るカスミ。
ちょっと頭がクラクラしてボッーとしてしまった。
やっぱりまだ寝足りないらしい。
「あなたは今、この妖刀の“呪い”にかかってるんです! あと五日程度で体が蝕まれてしまうんですよ!?」
更にテーブルがガタンと大きな音を立てて、何かが上に置かれた。
その正体は、俺がカスミとセットで運んだ、とんでも重量の黒い湾曲刀。
カスミは大変焦っているのか、他の客の目なんて気にせず俺だけを見つめてくる。
「一刻を争うんです。話はちゃんと聞いてください」
「あ、ああ。わかったよ」
カスミの威圧感が眠気を感じさせなくした。
とりあえず、その妖刀とやらの話に集中するか。
「これは、帝国のある貴族が所有していたものです。銘は、【
「黒蓮……名前からして悪印象だな」
「帝国に伝わっていた国宝の一つで、この刀には意思のようなものがあるのか、刀が持ち主に相応しい者を選別するんです」
「……ん? 国宝?」
何でそんなものをカスミが今持っているんだろう。
カスミは帝国の中でも高い地位の人間なのか?
いやだからといって、国宝って簡単に持ち歩けるものなのだろうか。
まあ、その辺はまた今度でいいか。
「次の持ち主として妖刀に選ばれたのが、私。唯一この刀を振る事ができます」
「専用の武器か。それで、他の奴が使えば……」
「死に至ります」
「そこだ。そこが分からない」
持つだけで死ぬ刀だと?
そんな物騒なものを持ち歩くんじゃない。
「妖刀黒蓮は、かつて辻斬りとして知られていた武者が使用していたもので、千の命を奪ってきたと知られています」
カスミは刀の鞘を持ち上げ、俺によく見せる。
「これが何か分かりますか?」
「……何それ」
カスミが指差す先の一部分に、一つの妖しい光が灯っていた。
見る者をその中へと引き込むような、球状の紫光。
それが妖刀と言わしめるものだと分かるほど、他にない特徴を持っていた。
「これは呪球。持ち主以外が手にすると、妖刀がこの呪球を時間が経つごとに鞘へ溜めていきます。一日経てば一つ増えると認識してください」
「へえ……」
呪いの球、か。
聞くだけで嫌な予感がする。
それが何を表しているのかが自ずと知れてくる。
「鞘には合計九つ、約九日で全てが埋まります。そして、これは
「……つまり?」
「あと八日……この呪球が八つ溜まってしまえば、あなたの体は一気に朽ち果て、死にます」
今すぐに死ぬ呪いではなく、時間制限付きの呪いって訳か。
それが、あと一週間ほどで発動する、と。
「それは……本当にヤバいかも」
「はい、本当に不味い事態なんです」
俺は、余命宣告をされたという事なのか?
このまま残る時間を楽しくするしか方法がないのだろうか。
「何とかなる手段は……ある、よな?」
ああ、なんか俺の足震えてきたんですけど。
嫌だよ? まだ未練はたくさんあるんだから。
「あります。……ただ」
「た、ただ?」
「今の状況だと、かなり難しいものとなっています」
カスミは俯いてそう言った。
先ほどよりも顔色が暗くなっている気もする。
「それは一体どういう――」
「ちょっといいか。ユート」
何故か聞こうとした時、ダンディーな声に割ってこられた。
前を見てみると、カスミの後ろからマチチョウが歩いてきているのが分かった。
「どうしたんですかギルマス。今あんたの相手をしてる暇は……」
「失敗だ」
「はい?」
マチチョウが何かの紙を俺の顔に突きつけてきた。
それは、あのタキシードの吸血鬼の討伐依頼の紙だった。
依頼を受注し、昨夜達成してきたはずだ。
だがその紙には、達成した事を示すハンコが押されておらず、未だ進行中のままだった。
「依頼失敗だ。ユート、お前は何をしに行った? 冒険者失格になってしまうぞ……」
「……はい?」
この瞬間、俺の理解は追いつかなくなっていた。
「え? 依頼、失敗?」
「そうだ」
突然の通達に驚いてしまう。
俺は早朝、受付嬢に討伐の印を渡したはずだ。
クイーンの吸血鬼から出た灰を持ち帰ってきた。
それは倒した時にのみでるものなので、証明するにはそれ以上の戦利品はないだろう。
「ど、どうしてですか? 確かに吸血鬼の討伐を……」
「ああ、確かにしてあった。渡された灰は吸血鬼のもので間違いない。――そっちの冒険者の方のな」
マチチョウはカスミを指差して言った。
も、もしかして……。
「上位種は正解だが、性別は違う。キングの灰ではなくクイーンの灰だったぞ」
「……そういえば、キングの遺体は放置したままだったかも」
「お前……本当に何をしに行ったんだ?」
マチチョウは呆れたような顔で俺を見てくる。
俺の討伐対象は男のキング、カスミの方がクイーンな訳で。
肝心な証拠を俺だけ持って帰ってこなかったという事になっているのだろう。
いや違うんですよ。
得体の知れない奴がトドメを刺しただけで、実質討伐したようなものでしょ?
「はあ……。どうするんだ? このままじゃ職を手放す事になるぞ」
「……今からでも灰を取りに行ってきます」
「ああ、そうした方がいいだろうな。――それと」
マチチョスはもう一枚、見慣れない依頼の紙を出した。
「それは……?」
「ストレンジから聞いていないか? 最近、王国付近に奇妙な魔物が出るという噂を」
昨夜にレイドが言っていたやつか。
魔物とは、吸血鬼に致命傷を与えたあのトゲトゲの事だろう。
「ついでだ。お前もこの依頼に参加しろ」
「えぇ……。大丈夫ですよ、レイドたちだけで」
「それがそうでもない」
「わぶっ」
また紙を顔に押し付けられ、嫌でも情報を伝えようとしていくる横暴ギルドマスター。
やや怖いと評判の顔は、いつもよりも深刻な表情に変えている。
「魔物が出没するのはあの森だけではないという事も分かった。人手がいるんだ、お前みたいなイレギュラーならなお欲しい」
「で、でも……俺、あと八日で死ぬらしいんですよ」
「何を言ってるんだ。お前はいつも死んでるようなものだろう」
さらっと失礼な事を言ってくる。
だが、俺は冗談を言った訳ではない。
現在進行形で、妖刀の呪球が徐々に光を集めているのだから。
それをちらりと見ただけでも、災いが降ってきそうな予感を俺の心へ植え付けてきた。
「とにかく。冒険者を辞めたくなかったら、これを受ける方が手っ取り早いと思うがな?」
俺をどう動くのか見てくるカスミ。
選択は俺に託されたということか。
……優先順位は妖刀の方じゃないか?
「……残念ですが、受けませ――」
「あの件、どうするつもりだ?」
依頼を断ろうとした時、素早くマチチョウが口を挟む。
「……あの件?」
「ユート、お前が俺に借りた金貨。
約……500枚の件だ」
「…………」
「え? ちょっと、レーヴァンさん!」
忘れていた。
俺は依頼をマチチョウに丁寧に渡し、記されていた場所へ走りながら向かった。
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