8 再会、夜道にて
「……んっ、うーん」
「ああ、クソッ……」
俺はカスミを背負いながら、真夜中の帰り道を歩く。
幸いカスミは死んではおらず、気を失っているだけだった。
俺たちが含んだあのアサガオの毒は、まだ消毒できていない。
早く強力な効き目のあるポーションを摂取しなければならないのだ。
任務は完了したけど二人とも道連れになりましたーなんて、洒落にならない。
「お、も、い! 重いッ! なんだこの刀は……!」
何よりも邪魔しているのはカスミが使っていた湾曲刀。
見た目によらずとんでもない重量があり、油断すると足にでも落ちて大怪我だ。
「カスミはどうやってこんな刀を……帝国の訓練法か何かなのか、秘密の仕掛けがあるとか。それとも、ただの馬鹿力なのか」
刀は捨てて行こうと思っていたが、後々失くしたどうしようと騒がれても困る。
今はまだ夜、俺の方は余裕もある。
足取りは遅くなるが、片手でがっちりとホールドし運んでいる。
「……やっぱり捨てようかな。何事も命優先……」
「――おーい、大丈夫ですかー!」
取捨選択をしていると、前から四人の武装した者たちが手を振ってこちらに向かってきていた。
そこで俺は足を止め、刀を一旦地面に突き立てる。
四人全員が盾の絵が彫られたバッジを着けている事から、冒険者である事を証明していた。
「ああ、あなたは――」
「レーヴァン先輩じゃないですか! こんなところで何を? 依頼の帰りですか!?」
ローブを着た若い女の声を遮って、剣士風の若い男が目の前に出てきた。
コイツは確か……。
「……レイド・ストレンジ」
「おお、僕の名前覚えててくれたんですか! 流石先輩、ありがとうございますっ!」
名前を呟いただけで、静かな夜に似合わない騒がしさが生まれる。
この男、レイドは以前に俺とパーティーを組んだ冒険者だ。
心の純粋さを写したような橙色の髪に、キリッとした切長の目はクールな印象を与えてくる。
が、それをぶち壊す独特の感性の持ち主であり、ギルドのみんなから【変なイケメン】と称されている。
「……レイド。ユートが困ってるでしょ」
「エレナも嬉しいだろ!? こんな所でばったりスターと会うなんてさ、これは幸運だっ!」
「ギルドでいくらでも会えるじゃない……」
「…………」
その隣で呆れた顔をしているウィザード。
レイドの仲間のエレナ・ファーブル。
後ろで見守る二人は知らない奴らだ、きっと新しいパーティーメンバーか何かだろう。
「なあレイド」
「はいなんでしょう! 疲れたならおぶって王都にお送りいたします……あ、依頼の途中ならその代行を――」
「持ってる回復のポーション全部出せ、緊急事態だ」
「かしこまりましたぁ!」
レイドはすんなり俺の頼みを受け入れ、持っていたポーションの入った鞄の中身を地面にぶち撒けた。
□□□□
「もう大丈夫ですよ。命に別状はありません」
レイドの仲間の一人がそう言った。
運良くレイドが持っていた上級の解毒ポーションをカスミに飲ませ、近くの木に寄りかからせた。
毒の症状は消え、彼女の顔色も徐々に回復してきているのが分かる。
危なかったが、もう心配は要らないだろう。
俺はもう一本のポーションを口につけ、自分の体を癒していく。
「助かったよレイド、お前がいなかったから死んでたかもな」
「いえいえ、それは絶対にないですよ。先輩は不死身で無敵でしょう?」
当たり前だと言うように、レイドは至って真面目な顔をする。
何がそこまで言わしめるのかは分からない。
そもそもレイドに尊敬されるような事をした記憶もない。
歳下の後輩……っていうだけだったはずなんだけど、前に一緒に依頼を受けてから妙に懐かれてしまった。
「はあ」
「かなりお疲れのようですね、肩でもお揉み……」
「いや大丈夫だから」
俺は近くの手頃な岩に腰を下ろす。
「お前たちはこれから任務なのか?」
「はい! 周辺の森に正体不明の魔物が出たらしいので、その調査任務なんです」
正体不明、ね。
……もしかしなくても、あのトゲだらけの人型じゃないか?
「それならラタデ村の森にいたけど」
「ッ! そ、それはどんな奴で!?」
「えーっと、全身が鋭い凶器みたいな奴だったな」
「特徴は一致、場所まで特定とは……流石です! ありがとうございます、先輩っ!」
キラキラとした眼差しで俺を見てくるレイド。
まあ別に大した事してないんだけどね。
それを聞いていたエレナがさらに詳細を求めてくる。
「その魔物と戦ったの?」
「いや? 対峙してた吸血鬼の頭を吹っ飛ばしただけで、そのまま森に消えていったな」
「……それだけ聞くと強そうね」
エレナはその話を聞いて眉を顰めた。
「あの、ちょっといいですか?」
「ん?」
すると、レイドの仲間らしき男女二人が俺の前に出てくる。
見ない顔だ、冒険者の新人かもしれない。
「レーヴァンさん? は、レイドが慕うほどすごい冒険者なのか? 失礼かもしれないが、噂どころか名前すら初耳で……」
「おいアルフ、それは失礼だっ!」
アルフと呼ばれた男は俺を怪しむように見てくる。
「すごくはないし、レイドがおかしいだけだよ」
俺はすぐに真実を伝えるが、もう1人の女冒険者の顔は不審がる様子だ。
「だってレイドさん、レーヴァンさんの事を“竜殺しの英雄”とか、“破壊の星剣士”とかそんな呼び名で呼ぶくらいなので……てっきりもっと怖くて歳上のイメージでした」
「レイドなにそれ聞いてない」
これじゃあ疑うのもしょうがないじゃん。
痛い二つ名であれば、屈強な超戦士か、それともインチキの嘘つきであるかどちらかだろう。
「ルカもまだ信じていないのか? 紛れもない事実だし、先輩はどの冒険者よりも強い冒険者なんだぞ!?」
「おいレイド――」
レイドはヒートアップし、俺の前に飛び出て叫ぶ。
「本当に聞いた事がないのか!? 冒険者ギルドの最終兵器と称された先輩を!」
「知らない」
「知らないです」
二人は真顔でそうレイドに言い放つ。
レイドは、普段俺の事をそうやって言いふらして周っているのだろうか。
「じゃあ、レーヴァンさんは今どこのランク帯にいるんだ? Aランク名簿にも載っていなかったし……」
「先輩はEランクだ。そんなところにいるわけないだろう」
レイドは当然だという顔で言った。
「Eランク!? 初心者と変わらないじゃないか!」
「や、やっぱり、レイドさんは何か弱みを握られているのでは? それでこき使われて……」
二人はより警戒心を強めて俺を見てくる。
改めて注目を受けると、心に突き刺さるものがあるな。
「先輩は本物だっ! そこまで疑うなら、先輩。今から一緒に調査任務へ……」
「待った待った、俺が弱い事実は変わらないし、寝不足でぶっ倒れそうなんだよ」
「では俺がおぶって……」
「いらねえ。……今日はパスする、こっちは色々あって疲れたからな」
レイドは断りを受けてしょんぼりしてしまった。
「とにかく、もう行こうレイド。
この人は胡散臭いし、期待もできない」
「そうしてくれると助かる」
「……レイドがあんなに騒いでた人が、こんなのなんて正直がっかりだ」
アルフは俺を睨んだ後、道に戻って歩き始めた。
ルカもアルフに続いてついていく。
「すみません先輩……。アルフの奴は少し短気な奴で……」
「いや、あの反応が正解なんじゃないか?」
「あとできっきり先輩の凄さを教えておきます」
「やめろ、余計嫌われるから」
レイドは真面目だがどこかズレている。俺を慕うのがその証拠だと思う。
冒険者の中でもレイドは色んな意味で有名だ。
上から二番目に位置するAランク。実力は確かだが、常人にはついていけない思考の持ち主だからだ。
そんなレイドとパーティーを組むエレナも同じくAランク。
アルフとルカも、多分そこら辺のランクじゃないだろうか。
「……俺、何かしたっけ」
上位のベテランの奴らから睨まれるなんて、ギルドでどんな悪いイメージが付くか分からないから怖い。
なるべく、胡散臭いで留まればいいんだが……。
「大丈夫よ、あの二人もそのうち理解する時が来るわ。あなたがどんなEランクなのかを、ね」
「理解してくれる前にも仲良くはしておきたいんだけど」
「それならもっと励む事ね。……人との接し方に」
エレナはジト目を作って俺にそう言った。
「人との接し方? それは一体どういう事だよ」
「まず、そのあからさまな「面倒臭いでーす」って言ってるような態度から改めれば?」
「……別にそんな態度取ってませんけど? ただ疲れてるだけなんですけど?」
俺の反論を聞かずにエレナは二人の後に続いていった。
冒険者の中で特に俺がまともだと思っている彼女がそう言うのであれば、真実であると考えてしまう。
寝不足だからだ、きっとそうだ。
無意識に顔に現れてしまっているわけで、普段の話じゃあないはずだ。
「えっと、先輩。もう俺たちは行きますね! またギルドで会えるのを楽しみにしていますので!」
「気を遣うなレイド。ショックが増す」
最後の一人であるレイドも俺の前から去り、その場には俺と深く眠るカスミだけが残った。
「はあ……俺ってそんなに近寄り難い雰囲気出してたのか?」
ため息をつきながら、夜空を見上げた。
晴れて雲はなく、星々が顔を出している。
「……俺たちも野宿ってわけにはいかない」
俺は気持ちいいベッドと屋根の下で寝るため、カスミをもう一度運ぶ事にした。
「今度は、刀は置き去りにしても……ダメか?」
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