誕生の儀式

肘木藻屑

誕生の儀式

 人間はコウノトリが運んでくるのではないことを、大抵の人間が知っている。しかし、今のところ人間の生まれてくるメカニズムは、はっきりと解明されているわけではない


────────────────


 今日、私は親友の誕生会に招かれている。彼には友人がたくさん居たので、誕生会はちょっとしたパーティだ。

 私は部屋着を脱いでスーツへと着替え、用意していた親友の好きな焼き菓子を紙袋に戻して、カバンの中のカギと財布を確認して、車で会場へと向かう。自宅が少しずつ遠ざかっていくのを見ながら、私は名刺入れを忘れたことを思い出した。


 会場は郊外にある比較的新しいホールである。私は持参した祝いの品を親友の家族へと手渡した。会場には親友の家族と、特に親友と親しい数人の人間だけが集められていた。すなわち親友の親友である。彼らの中には私もよく知っている顔もあれば、もはや二度と顔を合わせないであろう人も含まれている。


 私たちは控室に通されたが、すぐにアナウンスがあり、職員の男が現れて私たちを金属の扉の前に案内した。親友の家族は白い箱を持っている。


 男が扉の横のボタンを押すと、金属の扉が開き、鋭く銀色に光るステンレスの台が表れた。


────────────────


 台の上には、親友の体を構成することになるミネラルが粉末の状態で盛られている。成分は主に酸化したアルカリ金属とアルカリ土類金属である。


 筋肉や内臓など体を構成する分子の大半は、空気中から凝縮する。二酸化炭素、水蒸気、十酸化四リン。これは大気中に普遍に存在するものではないが、人間が誕生するとき、焼結炉の中に滞留するのだ。


 男が促し、親友の家族が骨壺を開けた。骨壺の中には、親友の骨が収められている。男が説明をしながら、親友の骨を並べていく。初めにやたら強調して喉仏を首の位置に置いた。なぜかこの手の職員は喉仏を強調するようだ。続けて頭蓋骨を置き、歯を並べ家族が上半身から下半身に向けて骨を置いていく。


 親友の骨格が出来上がった。

 係員が再びボタンを押すと、をのせた台が、ゆっくりと焼結炉の中に吸い込まれていく。


────────────────


 焼結炉の中から、親友の入った棺が現れた。蓋はなく、棺を埋め尽くすように花が敷き詰められている。あたかもその誕生を祝福するかのように。親友は血の気の引いた顔で棺に横たわっている。年を取って見えるが、化粧を落とせば相応の顔になるだろう。


 ここまでで本来は終わらせて良いのだが、集まった者たちにとっては、寧ろここからが本番ともいえる。

 棺を会場に移した後、宴会が始まる。私は名刺ケースを拾い、ひとしきり親友の思い出話に花を咲かせた。そして最後に今日が最後になるであろう人々に名刺を渡した。面倒だが、これは礼儀なので仕方がない。


 私は記帳を済ませ、会場を後にした。明日は親族だけで集まるらしい。親友が目覚めるのは、一週間後だ。


────────────────


 親友の目覚める日、私は車を走らせて病院へと向かった。

 病室につくと親友は腕に点滴、口に人工呼吸器をつけていた。まもなく目を開き、人工呼吸器が外される。

 親友がこの世に生まれて、初めての言葉を発する。


「¿いかたっかし楽は会生誕の僕、あや」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

誕生の儀式 肘木藻屑 @narco64

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ