居合わせる二人
「誰か来る」
一本道を通って、誰かがこちらに近づいてくるのが見えた。
一人は小太りで背の低い奴。
もう一人は瘦せていて背が高い奴。
小男が前を歩き、その後ろをノッポが少し距離を空けてついていく。
小男は首だけを後ろに向け、ノッポを怒鳴りつけているので、まだ鉈射と化瓶には気づいていないようだ。
「まったく!お前らときたら、仕事をサボって何をしているかと思えば、俺を裏切るような真似しやがって!今度こそ容赦しねえぞ」
責め立てられている方の男が、恐る恐る返す。
「…ですから、
「嘘つけ!休み時間の度に、こそこそ集まって怪しいったらありゃしねぇ。俺を殺す算段でも話合ってたんだろ!ええ?」
「…ですから、誤解なんですって。そりゃ、仕事の愚痴のついでに、邪苦さんの悪口で盛り上がったりはしましたけど、命を取るなんてオレら考えたこともねぇですよ」
そのあとも二人の男は平行線の議論を続けた。鉈射は、後ろを向いたまま真っすぐ歩き続ける小男を、器用な奴だと感心しながら眺めていた。
そんな鉈射に化瓶が声をかける。
「ねぇ、あれが皆で噂してたゴトーさんかな?」
「わかんない。でも、二人いるよ?そんな話聞かなかったなぁ。どっちかがゴトーさんってことなの?」
「どうだろう?見かけない顔だし怪しいけど、噂が本当ならゴトーって人はあんな格好するかなぁ?それとも、どこかで着替えて街に溶け込もうとしたのか」
化瓶は自分で言ってありえそうなことだと思った。昨日まで、鉈射と二人であれだけ探し回って見つからなかったのは、変装していたからかもしれない。
二人の男の身なりに注目すると、小男の方は生地に痛みの少ない比較的良い服を着ていた。
一方、ノッポは得体のしれないシミにまみれた作業着姿で、お世辞にも身分の高そうな人間には見えないと化瓶は感じた。
「でも、あの二人近づいてくるよ。どうするの」
鉈射に聞かれて、化瓶はちょっと考える。二人の男は議論を続け、やはりまだこちらに気づいた様子はない。
「取り合えず、予定通り離れて待機しよう。片方だけでも捕まえて、話を聞けばいいさ」
そう言って、二人はすぐさま一本道からはずれ、二十メートル程離れた所にある岩の裏に身を隠した。
電信柱に近づく人影が見えたら、そこに隠れて待機する手筈になっていた。
鉈射と化瓶がいたことにも、二人がその場を離れて隠れたことにも気づいていない男たちは、そのまま電信柱に近づいていく。
相変わらず小男が先行して、後ろの男を怒鳴りつけている。
少し経つと、ついに小男が電信柱を横切る寸前となった。
そして、
「いいか!そもそも、お前らは誰のおかげでメシが食えてるか、考えたことがあるのか!?それがわかっていれば、感謝することはあっても、俺に歯向かおうなんて──んん?」
小男が、化瓶たちから電信柱と重なって見えなくなる位置に来た時、カチッと音が鳴った。
邪苦と呼ばれる男にも聞こえたらしく、音のした足元に視線を向けている。
その瞬間、地面から薄い黄緑色をした気体が勢いよく立ち昇った。
「ぎゃあ!!」
気体を思いっきり顔に浴びることになった邪苦は、叫び声を上げたかと思うと、目を見開いたままフラフラと歩きまわり、それから気を失って地面に頭を打ち付けた。
その様子を後ろにいたノッポは、驚いた様子で眺めていた。邪苦から距離をとって歩いていたため、気体を浴びたり吸い込んだりせずに済んだらしい。
鉈射と化瓶は、急いで男たちに近づく。
「やったね、大成功!」
鉈射は小走りしながら、ぴょんぴょんと跳ねて喜びを表現している。
そんな二人をようやく認識した男が、驚きの声を上げた。
「なんだお前ら!?一体、どこから来た?」
そんな男の疑問は、鉈射の手に握られた分厚い刃物と拳銃を見て、すぐに解消された。
男はすぐさま身の振り方を理解したようで、姿勢を改めて話しかける。
「待ってくれ!命だけは勘弁を!オレはこいつの仲間じゃねぇ!あんたら、こいつに恨みがあるってんなら、オレも同じさ!あんたらのおかげで助かったよ!」
鉈射と化瓶は電信柱の横で立ち止まり、道の真ん中で倒れた小男を挟んで、もう一人の男と向かい合っている。
化瓶は視線を鉈射の方に送りながら、若干の落胆を憶えていた。話を聞いてみないことにはわからないが、恐らくこの二人はゴトーとは無関係だろう。
「落ち着いてよ、おじさん。傷つけるつもりはないから安心して。そこで寝転んでいるおじさんも、気を失ってるだけで生きてるから」
「…そうなのか?」
邪苦が生きていると言われて、男はむしろ残念がった様子だった。
それから、化瓶たちは自己紹介を済ませ、その後に男たちの身元を説明させた。
男は、
呪礼が邪苦について語った内容について、万が一嘘をついていないか裏をとりたかったが、あいにく本人が意識を失っているためできるはずがなかった。
あのガスの効果は、作った本人である化瓶が一番よく知っている。しばらくは目を覚ますことはない。
「呪礼さんたちは、どうしてこんなところに?」
化瓶は年上である呪礼に一応敬意を払った。目当てのゴトーと関係がないことは、ほとんど明らかに思えたが、念のため探りを入れる。
「話せば長いんだが…、オレは坊主とそこのお嬢ちゃんが住んでる地区から四ブロックほど離れたところで暮らしてる。そこでノビてやがる邪苦の野郎は、その地区の有力者でな。と言っても、表の方じゃねぇ。裏であくどい商売やって成り上がった最低の野郎さ」
ほとんど邪苦への恨み節で説明らしいことは離さないまま、呪礼は一度話を区切った。
わざとらしく唾を飲み込んで、決心を整えると話を続けた。
「でもって、オレはこいつに借金があって、そのせいでこいつが経営する工場で働かされてんだ。その工場での仕事が、そりゃもう酷くてよ。キツイし、休みも少ないしで最悪なんだ。おまけに働いてるのは邪苦に弱みを握られてる連中ばかりだから、下手に逆らえもしねぇ。だから、せめてもの仕返しに、休み時間に従業員で集まって邪苦の悪口を言い合って憂さ晴らししてたんだ。そしたらよ、それをどうやって嗅ぎつけたのか、邪苦本人が知っちまって、そりゃもう怒っちまってなぁ」
鉈射は、電信柱の横でつまらなそうにしている。
そんなことは知らず、段々と饒舌になってきた呪礼が捲し立てる。
「ある日の昼休み、いつものように悪口を言い合ってたら、邪苦が現れやがった。運の悪いことに、そのとき邪苦についてのとっておきの悪口を披露してたのがオレだったんだ。そしたら、あいつオレをつるし上げて怒鳴りつけてきやがった。俺を殺す計画を立ててるとか、オレがその首謀者だとか言い出して、コッチの話に聞く耳を持ちやしねぇ。挙句の果てに、従業員全体の矯正のために、見せしめとしてお前を処刑するなんて言い出しやがった」
化瓶も、陰口を言われてそこまでするのかと思い、口を挟んだ。
「まさか、それで街の外まで出てきたの?呪礼さんを殺すために?」
「そのまさかさ。街の外に穴を掘って、そこでオレを生き埋めにするんだとよ。で、オレが埋められた地面に杭を打ち込んで目印を置くんだと。なんで目印なんて用意するんだって聞いたら、毎朝従業員をそこまで走らせて『裏切者はこうなる』と目に焼き付けさせるんだとさ。それを工場の日課にすれば、トレーニングにもなって筋力増強、ひいては工場の労働力アップ、生産性向上につながる、なんて本気で言ってやがった。作業用ロボットを買う金をケチって、未だに手作業させてる癖になにが生産性だってんだ」
化瓶はそんな大人げない大人がいるのかとびっくりしていた。思わず、純粋な好奇心から質問を続けていた。それは見世物小屋を除くような動機に近かった。
「邪苦は有力者なんでしょ?人を殺すのに、わざわざ自分が出向く必要なんてあるの?だれかに依頼すればいいのに」
「そこがこいつの意地汚いところなんだよ。金をケチるために、用心棒すら工場の従業員にやらせてるんだぜ?オレを殺すために、わざわざ金を払うつもりなんかないんだよ。ほんとに腹の立つ野郎だよ、こいつは!」
呪礼は、しばらくは意識を取り戻す心配がないことを思い出したのか、横たわる邪苦の太腿に蹴りを入れた。
化瓶は、邪苦が呪礼に自分が生き埋めにされる穴を掘らせる場面を想像した。が、いくら考えても現実感が湧かずに混乱する一方だった。
ふと、周りを見渡したがスコップなどの道具を持ってきている様子はない。手で掘らせるつもりだったのだろうか。
「まぁ、オレだって黙って殺されてやるつもりもなかったさ。けどよ、街に戻っても邪苦の工場以外に働ける場所なんてねぇし、仮にこいつを殺しても、こいつそっくりの息子が工場も金貸しの事業も全部引き継ぐことになってるから、借金がなくなることもないしで、困ってたんだよ。だから、坊主と嬢ちゃんには感謝してもしきれねぇよ」
「でも、これからどうするつもりなの?さすがに明日になれば、この人目が覚めちゃうよ?」
「どうしたもんかなぁ。街の外で生き延びるなんて、工場の仕事より大変だしなぁ」
呪礼は未だ自分が窮地に立たされている実感が薄れていたのだろう。それが再び、色濃くなって、喉元を絞めるような苦しさを感じたのか、せっかく戻りかけていた生気が顔から失われていった。
そんな姿を見て、いたたまれなくなった化瓶は、普段鉈射以外には向けない優しさをほんのちょっぴり呪礼にわけてあげたくなった。
「それならさ、このまま邪苦を街まで運んで、呪礼さんが助けたことにしなよ」
「え?」
「だから、僕たち二人に邪苦が襲われて気を失った後、呪礼さんの活躍で無事街まで戻ってこれたことにすればいいでしょ」
「ああ、確かに。それなら、許してもらえるかもな」
「そこまでうまくいくかは保証できないけど、呪礼さんが悪くない考えだと思うなら試してみればいいさ」
「ああ、きっと大丈夫さ。ありがとよ、坊主。命を救った恩があれば、得意の泣き落としでなんとか言いくるめてやるさ!」
呪礼はすぐに邪苦の脇に手をまわし、まるで死体を引きずるようにして街まで邪苦を運んでいった。
「もう終わったー?」
つまらなそうに鉈射が話かけてくる。
「うん、結局ハズレだったね」
化瓶は、自然と残念そうに聞こえるような口調になって言った。
別に気持ちを偽っているわけではない。目的であるゴトーを捕まえられなかったことは本当に残念に思っている。
ただ、鉈射以外に自分の感情を見せることをしないので、化瓶には彼女と話すときだけ、感情が外に浮き上がってくるような気がしていた。
「じゃー、準備し直そっか」
「そうだね」
一本道で邪苦が踏んだのと同じトラップを再び設置するため、二人は先程まで隠れていた岩陰に戻ろうとしていた。
そこにはゴトーを捕獲するため、化瓶が用意した道具や罠、独自に調合・製造した薬品などが目につかないように隠しておいてある。
鉈射の後に続こうした化瓶の視界に動く影がちらついた。
気を取られた化瓶が視線を向けると、岩があるのとは反対側の道端に少年が立っていた。
鉈射は気づかず、さっさと岩の元へ向かってしまった。彼女は、歩幅が大きいので少し目を離すとグングン進んでいってしまう。
化瓶は少年に対して、まず「どこから来たんだろう」と思った。
呪礼と話しているときは、さすがに周囲から意識が外れていたが、それでも見渡す限りに誰か立っていれば気づいたはずだ。
しかし、少年はその場にいて当然という顔をして立っている。少年が化瓶に話しかけてきた。
「さっきのガスは、君が用意したの?」
「そうだけど」
少年は一部始終を見ていたらしい。ならば、化瓶たちからも見えていたはずだ。
「へぇ、すごいなぁ。あんなモノ使って、ここでなにをしてたの?」
「ゴトーを捕まえるために、ここで待ち伏せしてたんだ」
「君たち、ゴトーに会いたいの?」
目の前の少年は、ゴトーと面識があるらしい。
化瓶は思わぬ手掛かりに昂揚を抑えきれなかった。
「君はゴトーを知ってるの?僕らの住んでいる地区に、彼が来たらしいんだ。彼は今何処に?」
「街の中で見かけたなら、どうしてこんなところにいるの?」
少年はもっともなことを聞いてきた。
「探せるところは全部探したんだよ。それでも見つからなかったから、最初は別の地区に向かったのかと思ったんだけど、通行記録を覗いたら人が入ってきた記録は見つかったけど、出ていった記録はなかったんだ。ここ一週間、僕らの住む地区に入ってきた人は誰も他の地区には移動していなかったんだよ。それで、他の奴らはゴトーはどこかに隠れてるんじゃないかって、他人の家の中まで探し始めたんだけど、僕と鉈射はじゃあきっと外に出たんだって考えて、ここで待ち伏せることにしたんだ」
どんな理由で街の外に出るかはわからなかったが、いつか帰ってくるだろう。化瓶はそう考え、地平線の彼方まで続く一本道を見張ることにした。
もしかしたら、本当に街の中に隠れているかもしれないので、念のため街から外に出てこないかを鉈射に見張ってもらっていた。
「そこまでしてゴトーに会いたいなら、私からゴトーに伝えておくよ」
「本当?なら、お願いするよ」
「でも、今日は無理だ。明日なら来られるはずさ」
「そうなんだ。わかった、それじゃ明日会えるようにお願いしてもいい?」
「うん、わかったよ」
少年は場の空気すら清まりそうな、厳格で温かみのある笑みを化瓶に見せた。
「ありがとう!それじゃ、しっかり準備しなくちゃ!」
少年への礼を軽く済ますと、化瓶は本来の予定である罠の準備途中であることを思い出した。
鉈射のいる岩陰に向かって走り出し、案の定どれが設置すべき罠なのか判断がつかずにいた鉈射と一緒に必要な道具を運び、電信柱のところまで戻った。
少年はすでにその場を離れていた。街の方にも、地平線の方にも誰の姿も見えない。
だが、明日にはゴドーに会えると考えている化瓶にとっては、そんな些細なことはどうでもよかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます