ゴトーを待ち伏せながら

@madoX6C

待ち伏せる二人

荒野に一本道が真っすぐ伸びている。


道の一端は地平線の彼方に消えて見えない。


道のもう一端は、少し離れた所で壁にぶつかっている。


大きな壁。中にあるを囲っている。


鉈射ナターシャは、一本道にぽつんと立った電信柱の前で、尻を地面につけないようにして座り込んでいた。


だらんと下げられた両腕には、程よい筋肉が備わっており、右手には分厚く長い刃物が握られている。さらに、拳銃を短パンと背中の間に差し込んでしまってある。着ているタンクトップの裾で覆い隠しているが、そのせいで生地がだらしなく伸びた。


「ねー、いつまで待つのー」


鉈射が、街を外から眺めたのは初めてだった。


しかし、鉈射はさして興味もない様子。


少なくとも、街の外景は彼女を退屈から救わなかったようだ。


隣に立つ化瓶ケビンが応じる。


「その質問、十回目だよ。さっきも答えただろ、鉈射」


「えー?そうだっけ?憶えてないなー。で、いつまで待てばいいのー」


化瓶は十一回目のカウントを見逃す代わりに質問には答えなかった。


「ねー、化瓶、無視すんなよー。こたえてーこたえてー」


反応を見せない化瓶の様子を察して、鉈射は追求を止めた。化瓶に食って掛かる行為に飽きてしまった。


鉈射は尻ポケットからスマホを取り出し、左手で操作し始める。その端末はネットに繋げない。せいぜいカメラ機能を使えるくらいだ。


数か月前、まだ街にいたとき、二人が住む地区に運び込まれる廃棄品の中から鉈射が拾ってきたスマホだった。


化瓶がバッテリーを交換し、充電器を作ってやってから、鉈射はそのスマホを持ち歩くようになった。


街中の写真を撮ることが、最近の彼女の趣味だった。


元から割れていた上に、鉈射が何度も落としたせいでさらに粉々になった画面を通して、住み慣れたゴミまみれの街の写真が表示される。


鉈射の上から覗くようにして、立ったままの化瓶も同じ写真を眺めていた。


「ねぇ、鉈射。ダメじゃないか、写真なんか見ていちゃ。目を離した隙に、通り過ぎでもしたらどうするのさ」


「こんななーんにもない道、誰か通ったら、絶対すぐ気づくよ」


「でも、用心するに越したことはないだろう?約束したじゃないか。手分けしてやって来る人がいないか見張るって。折角、範囲が狭い方を譲ってあげたんだから、ちゃんと見張ってよ」


壁に囲まれた街から出て、一本道を進んだところに一本の電柱が立っていたので、鉈射と化瓶はそこで待ち伏せすることにしていた。


街から電柱までの範囲を鉈射が、電柱から地平線までの範囲を化瓶が、それぞれ見張ろうと取り決めた。


「ん-、わかったわかった。見張っておくから、心配しないでって」


鉈射はスマホから目を離さず、自分の撮った写真を見るのを止めない。


「もう、鉈射!真面目にやってよ!折角のチャンスなんだよ!それも大チャンスだ!!」


「もー、うるさいなー。わかったって言ってるじゃん!化瓶、しつこいよ!」


スマホから目を離し、化瓶を睨め付ける鉈射。二人はしばらく睨み合ったが、遂には不貞腐れるようにして同時に目線を逸らし、反抗の意を込めてお互いに背を向け合った。


背を向け合ったので、二人はついでのように見張りを再開した。


しばらく沈黙が続いた。相変わらず、誰も来ない。


先に痺れを切らせたのは化瓶だった。


「そもそもさ、そんな画面で、ちゃんと写真を確認できるの?」


化瓶はそこで一瞬、道の方へ顔を向けた。


電信柱から大股で二歩進んだくらいの位置が道の横幅の真ん中にあたる。その部分は若干盛り上がっており、隆起に追いつけなかった地面には肉割れのようにヒビが入っていた。


化瓶は、鉈射にヒビが少し広がるように地面を削ってもらい、そうして作ったスペースに自作した筒状の装置を設置していた。


我ながら上手く嵌ったと思う。丁度真上から覗かない限り、歩行者からは装置が見えないようになっている。


仕掛けに気を取られた化瓶を鉈射の声が引き戻す。


「ううん、すんごく見づらいよ」


「じゃあ、無理して使うことないのに。どうせ拾い物だしさ」


「でも…、化瓶が折角直してくれたヤツだし。まだ使いたいの」


「そっか。わかったよ。それじゃあ、待ち伏せが上手くいったら、その画面、僕が直してあげるよ。だから、一緒に見張り頑張ろう?」


「うん、わかった。ありがとう、化瓶」


二人は背を向けたまま、顔だけを動かして見つめ合う。


座ったままの鉈射と立ったままの化瓶は、少しの時間見つめ合い、その内なんだかくすぐったい気分になって、笑い合って、またすぐに見張りに戻った。


相変わらず、誰も来ない。


背を向け合ったまま化瓶が後ろの鉈射に話しかける。


「それにしてもさ。鉈射は注意が足りないよ。画面がそんなになるまで落としまくるなんて」


「うーん、いつも落とさないようにポッケにしまってるんだけどなー」


「鉈射が動き回ってたら、ポッケに入れただけじゃすぐ落ちちゃうさ」


「えー、スマホ落とすのってそんなに変ー?化瓶が落とさなすぎなんだよー」


「僕だって、落とすよ」


「えー?じゃあ、何で化瓶のは割れてないのー?」


待ってましたとばかりに、化瓶は得意げに語りだした。


「それはね、鉈射。僕がスマホを守るために特別な対策をしてるからさ」


「トクベツナタイサク?」


「もし落としても、画面が割れたりしないよう、これで守ってるんだよ」


そう言って、化瓶はズボンのポケットからスマホを取り出した。


それは一見、黒革の手帳のように見えた。実際は、手帳型のケースに覆われているスマホだった。


「えー?なにそれ、なにそれ」


鉈射は身体だけを街の方に向け、最低限見張りのていは崩さないようにして、顔を限界まで捻っている。


視線は化瓶の手に握られたスマホとそのケースに注がれている。


「ふふん、一体このケースは何でできていると思う?これは僕が発見した、この世で一番スマホを守るのに向いている素材でできているんだよ」


「ヒントは!?ヒントちょうだいよ!」


「すぐには教えられないよ。ちょっとは考えてみて」


鉈射は楽しそうに、化瓶が出した問題を考えている。


しかし、一分も経つと


「ギブアップー。正解教えてよ、化瓶」


鉈射はすぐに痺れを切らして答えを求めた。


「しょうがないなぁ、じゃあね、ヒントを出すから一緒に考えようよ」


二人は見張りを続けながら、言葉を交わし続ける。


化瓶が言う。


「鉈射も絶対見たことがあるモノでできてるよ。勿論、僕も見たことがある」


「えー、じゃあ、追噛オッカムも見たことあるようなモノ?」


追噛は、化瓶たちが暮らす地区のゴロツキで、仲間と群れてちょっかいを出してくる嫌な奴のことだ。小さい頃は、鉈射と同じ小学校に通っていたらしい。


街中で出会う度因縁をつけてきて、太腿や腹など傷が目立たない位置を蹴ってくるので化瓶は追噛のことが嫌いだった。絡まれているところを何度も鉈射に助けられた。


その度に追噛と取り巻きたちは痛い目を見ているのに、しばらくするとまた懲りずに嫌がらせをしてくる。


そんなわけで、化瓶と鉈射にとって追噛は「頭が悪くて物憶えも悪い、他にやることを思いつかない無知な奴」の代名詞だった。


「追噛の奴でもさすがに知ってるだろうね。二つ目のヒントは、それは身に着けるモノです。追噛でも見たり触ったりしたことはあると思うよ」


「うーん、あいつでも知ってるのかー。じゃあ、絶対正解したい」


化瓶の後方、位置としては腰の辺りから、唸る声が聞こえる。鉈射は先程よりも真剣に考えてくれているのだろう。


「質問質問!それは、着るモノですか?それとも履くモノですか?」


「どっちでもないよ」


「じゃあ、被るモノですか?」


「違う」


「じゃあ、肩にかける?」


「お、近づいてきた。うん、そうだよ、肩にかけることもあるモノです」


「じゃあさ、じゃあさ!それは背負うモノですか?」


「その通り!背負うモノです」 


「あー、そうか。うーん、でも何でだろう?」


化瓶は、鉈射にはもう答えがわかっていることがわかった。ただ、なぜそれがスマホを守るのに最適なのか理由がわかっていないようだ。


化瓶のスマホケースは、でできていた。


化瓶が街の中央にいられなくなった日、彼は持てるだけの荷物を持って鉈射たちが暮らす地区まで逃げ延びた。


その際、普段使いのカバンの他に、家にあったランドセルにも荷物を詰めて運び込んでいたのだった。


手元に残ったランドセルを、化瓶は大切なスマホを守るのに使うことを思いついた。


よく物を落として壊す鉈射を、近くで見ていたことがヒントになったのかもしれない。


ある時、化瓶はふと「同級生がランドセルを壊したところを見たことがないな」と思った。


とはいっても、小学校の途中で中央の大学に飛び級した化瓶は、ランドセルを見る機会が人より少なかったのだけれど。


それでも、一般的な小学生がランドセルを何度も買い替えるなんて話は聞いたことがない。


鉈射のランドセルですら、六年間持ったのだ。乱暴な小学生の使い方に耐えられる時点で、かなりの耐久性があることは明白だ。


それに、スマートフォンとランドセルは使用環境も似ていると化瓶は気づいた。どちらも毎日のように身に着け、普段は身の回りにおいて置き、中身に用があるときだけ使う。


教科書を取り出すときにはランドセルへ、保存した写真を観賞するときにスマートフォンへ手を伸ばすのだ。


ならば、スマホをランドセルの素材で覆えば、ランドセルがそうであるように、ちょっとやそっとの衝撃では壊れなくなるのではないか。


化瓶は、取り出したままずっと握ったままにしていたスマホを眺めた。


鉈射のスマホを使えるようにしてあげた後、彼女がゴミ山から別のスマホを拾ってきた。


そのスマホも当然ネットには繋げず、カメラのレンズが潰れていたため写真すら取れないようなガラクタだった。


それでも、化瓶はこのスマホを大切にしたいと思った。


鉈射が自分のために拾って来てくれたから。これでお揃いだね、と彼女が笑ってくれたから。


だから、壊れたりしないようにケースで保護しようと考えた。


化瓶はそろそろ答えを明かすときだろうと思った。


答えを聞いたときの鉈射の反応が楽しみだ。きっとこの会話でしばらくの間、盛り上がれるだろう。


目の前の景色はまるで変化がない。相変わらず、誰も来ない。


「化瓶」


先程までとは声の位置が違うことに、化瓶はまず気づいた。


自分の頭と同じくらいの位置から音が発せられている。そう気づいてから、鉈射が立ち上がったのだとわかった。


鉈射の声が、化瓶との雑談に興じているときとは違って、ピンと引き締まるような緊張を帯びている。


「誰か来る」


化瓶は、もう雑談は終わりだなとがっかりした。


答え合わせは出来ずじまいだ。

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