春風吹く日に君思う
今宵ノ帳
第1話
-0-
響く嗚咽。
赤く腫れた目。
止まらない涙。
ぐるぐる渦巻くいろんな感情が、回り回って自分への憎しみに変わる。
彼女は最後にこう言った。
「ごめんね...。黒くん、優しさを忘れないで、強く生きてね。幸せだったよ。今までありがとね。」
と。
俺の心に響く言葉を残して、最愛の彼女は旅立った。
-1-
新学期の朝。教室、いや学年がざわついている。
いざ自分が転校生となると緊張するものだなと感じつつ俺はマスクの鼻当てをなおした。
ドアを開いた先生の後に続く。
とっくに朝のHLは始まっている時間だ。
「遅れました。おはようございます皆さん。早速ですが転校生を紹介します。」
着席したクラスメイト達の視線が俺に向く。
「彼の名前は前所黒也くんです。あまり詳しく説明は出来ませんが、今彼は喋る事が難しい状態です。コミュニケーションは基本筆談になるので皆さんあまり詰め寄り過ぎないように気をつけて下さいね。」
俺は軽く頭を下げておく。
先生からの説明が終わると、あそこに座ってねと指示された席につく。
1番後ろの窓際。窓からは満開の桜がよく見える。都会じゃあまり観られない景色だな、と思いつつ胸が苦しくなる。
桜は彼女を思い出してしまうので観ていると辛い。
桜の花の色がよく似合う彼女だった。
*
面白味のない始業式を終えて転校初日は何事もなく済んだ。
今は家への帰り道の途中だ。
幸い俺の顔はまだ誰にもバレてはいないようで安心する。
先生が朝釘を刺しておいてくれたおかげか、質問攻めには合わず内心ほっとしてる。
まだ正直に言うと人前にすら出たくないのに、見知らぬ人に囲まれるなんてたまったもんじゃない。
自転車を漕ぐ力を強める。
辺りに人が居ないことを確認して、マスクを外す。
田舎に引っ越してきて思ったのは自然の豊かな場所の空気は美味しいということだ。
森、川、高い建物がなく澄んだ青い空、爽やかな風のさざめき、全て見る物聞く音が美しく思える。
引っ越して2週間近く経った。多少の不便さは感じるがとてもいい場所だと実感した。
空を見上げて、何事も無く、人とあまり関わらない生活をしたいと願った。
-2-
新学期が始まり、4日が過ぎた。
今日は土曜日だ。
休日だが特に予定はない。
引越し先のこの家は一人暮らしだし、あれこれ言う親もいない。
2度寝しようと思い体を倒すと、部屋の隅に寂しそうに佇む相棒のギターが目に入る。
昔の癖で反射的に弾こうとして、思いとどまる。
音を奏でるにはまだ心がいたい。
そんなこと思っているとまどろみが押し寄せて来た。
今はまた眠ろう。
*
2年前、俺は東京に住んでいた。
音楽好きの父の影響で俺は小さい頃からピアノやギターに触れていた。
音楽は俺の生きがいだった。
最近はSNSを少し活用するだけで自分で作った歌やカバー曲が簡単に人の目に触れる。
美人な母と背の高い父の遺伝子の良いところだけを上手く受け継いだおかげもあるのだろう。
あっという間に俺はちょっとした有名人になった。
SNSのフォロワーはグングン伸び、俺のプライベートのアカウントだったSNSアカウントはいつの間にか仕事用になっていた。
どんどん有名になっていく自分に酔っていた。
仕事用のアカウントを作らなかったのが大きな過ちだった。
元々はプライベートのアカウントだったのだ。
もちろん友達と撮った写真や、彼女との2ショット写真などもあった。
フォロワーの少ない頃はまだよかった。
俺のことを応援してくれたり、俺の歌が好きな人しかいなかったから。
フォロワーが増えるにつれてだんだんと俺のプライベートに対する探りが多くなってくる。
フォロワーのパターンは色々だ。
俺のことを応援してくれている人。俺の歌が好きな人。有名だからただフォロワーしている人。俺がボロを出すのを待っている人。俺をやっかんでいる人。
だんだんと世間の風当たりが強くなってくる。
根拠のない誹謗中傷、俺を貶す言葉。
1番許せないのは俺の彼女や友人を攻撃の対象にすることだった。
何をしても批判や嫌がらせをしてくる人は一定数必ずいる。
けれど声が強まっていくのは自分に刺さって傷を残す言葉ばかりだ。
いつの間にか俺の周りには壁ができていた。
理由は単純だった。
有名人は外から眺めているのが1番。
無駄なとばっちりを受けたくない。
流れで離れていく友人達。
いつの間にか俺は孤独になりかけていた。
けど彼女だけは違った。
彼女の名前は美羽真白。
付き合いたての頃から俺の下の名前の黒と、真白の白をとって白黒カップルの愛称でいじられていた。
俺が皆んなから避けられている間、彼女は1人でいる俺を見つけると笑顔で駆け寄ってきてくれた。
大切な彼女だった。
周りの目なんか気にせず彼女は俺のそばにいてくれた。
ある日、彼女の顔色が良くないことに気がついた。
「どうしたの?顔色悪いけど大丈夫?」
と聞いても、
「大丈夫大丈夫!」
と、笑って答えるだけだった。
その日の夜彼女は倒れた。
その後しばらくの入院治療が続いた。
病名はアジソン病。ストレスからくる病だそうだ。
他の病も併発していたがショックであまり覚えていない。
気がついたときにはもう遅かった。
彼女の命はもう長くないと医者から聞いた。
そして彼女は亡くなった。
俺は塞ぎ込んだ。
学校にも行かなくなった。
元凶であるSNSが憎かった。
俺は自分が許せなかった。
なぜもっと早く気づけなかった?
............。
俺は音楽やめた。
SNSもやめた。
ネットを見るのが怖くなった。
人信じるのが怖くなった。
声を出すのが怖くなった。
俺は自分を許さない。
-3-
私、田上美春はこの田舎に住む高校生だ。
周りを見渡しても森、田んぼばっかりで面白みがない。
けれど、新学期の始まる今日、朝からみんなは少しそわそわしている。
どうやら転校生が来るみたいだ。
何せこの田舎の学校だ。転校生難点滅多にくるものじゃない。
残念ながら私のクラスには入ってこなかった。
隣のクラスの友達から聞いた話だが、何かの病気?なのかはわからないがどうやら声が出せないらしい。
けれど名前には聞き覚えがあった。
1年くらい前までSNSを中心に注目を集めていた彼だ。
なぜ声を出せないのだろう?
不思議に思った。
私、田上美春はまだ理由を知らない。
春風吹く日に君思う 今宵ノ帳 @koyoinotobari
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