下衆

塩塩塩

下衆

 日本の空に花束の大群が飛来した。

 太陽光は花束に遮られ、まだ昼過ぎだというのに外は夜の様に暗かった。

「うわーっ、逃げろー!」

 花束は空を旋回し、あちらこちらに墜落していた。

 私は窓を閉め切った車の中で、ガクガクと震えながら外を眺めた。

 車の外には、私の様に慌てて逃げ出す者と、ゾンビ映画の様に両手を上げて一心不乱に徘徊する者の二種類の人間がいた。

 ルームミラーに映った私の顔は、恐怖で強張っていた。


 カーラジオが『愛する妻や愛する夫のある者は、速やかに建物の中に避難する様に』と警告するのを聴いて私は我に返った。

 そして愛する妻の安否が心配になり、慌ててスマホを手に取った。

「おい、無事か?今どこにいる?建物の中か?」

「あなた安心して。今駅前の電話ボックスに逃げ込んだところよ」

「そうか、良かった」

「でもあなた、あんなに沢山の空飛ぶ花束、一体どこから現れたのかしら?」

「…これは近年のグローバル化と地球温暖化の弊害なんだ」

「グローバル?温暖化?弊害?」

「説明しよう。グローバル化の波が、アジア大陸に西洋風結婚式という流行をもたらしているのは君も知っているだろう」

「ええ、ウエディングドレスでケーキ入刀をしたりキャンドルサービスをしたりするアレね」

「そう、そしてもう一つ」

「…はっ、ブーケトス。まさか、あなたはあの空飛ぶ花束が花嫁のブーケだと言いたいのね!」

「その通り。花嫁が未婚の者に放り投げた花束が、地球温暖化により生じた上昇気流に乗り、アジア大陸から海を渡って日本まで飛んで来てしまったんだ!」

「私、恐ろしいわ!」

「そうだろう。万が一あの花束を受け取ってしまったが最後、既婚者は重婚をしてしまうからな。俺も男だからといって油断は出来ない」

「嗚呼、重婚だなんて、ご近所様から何て噂されるか分からないわ。考えただけでもゾッとする」

「あっ…」

 私は、若者に混じって花束を掴もうと一心不乱に両手を伸ばしている酒屋の親父に目を奪われた。

「もしもし、あなたどうしたの?大丈夫?大丈夫?大丈…」

 私は妻の言葉を遮り、スマホに叫んだ。

「これは特ダネだ!酒屋の熟年離婚の噂は本当だったんだ!」

「何ですって!あなた愛してるわ!私は三度の飯よりゴシップが大好きなのよー!」


 ルームミラーには、とにかく下衆な顔をした私が映っている。

 きっと妻も電話ボックスの中で同じ顔をしている事だろう。

 夫婦は似るのだ。

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