桜木太陽の解答

 飛べない鳥に勇気は要るか?

 飛べない鳥に勇気は無い。俺なら飛べるまで諦めない。だから、飛べない鳥に勇気は要らない。


「つまんなそうだったなぁ」

 と、俺は呟いた。あれから月本は強化選手に選ばれて帰って来ない。

「お前もあそこに立ってみるかい?」

 会長が俺に言った。

「あいつが俺を待ってるからな。仕方ねえ。やるよ」

 会長が妖しく笑う。嫌な予感がした。


 翌日、また寺田ジムに顔を出した。珍しく会長がグローブをはめている。

「太陽、リングに上がれ」

「老いぼれが無理すんなよ」

「お前にボクシングの真髄を教えてやるよ」

 俺はグローブをはめてリングに上がった。

「会長がやるのか。久しぶりだな」

 山本のおっさんが口に出す。まあ、俺は見たことがない。

 寺田会長がリングに上がり構える。ベタ足で両拳を顎に添えるピーカブースタイル。

「ヘッドギアはするなよ」

「ジジイの拳が当たるかよ」

 俺も構えて会長に向かっていった。

 会長は左右に体を揺らして前に進んでくる。俺はジャブを放つ。会長は構わず進んでくる。

「付け焼き刃のジャブなんか意味ねえよ」

 会長は左フックを出した。俺はそれを躱す。会長は右フックを出す。俺はそれも躱す。左ボディが来る。俺は一歩引いてそれを躱す。それに合わせて会長は、一歩踏み込んで右フックを出す。顔をひねって衝撃を逃がす。左フックがまた来る。グローブが俺の顔に迫って来る。

 躱せねえな。あぁ、惹き込まれる。俺を殺そうとする拳が愛おしい。

 迫って来るそれは遅く見えた。俺は拳に向かっていった。

 会長の拳は俺の皮膚を裂く。しかし、それだけだ。拳は空を切る。残していた俺の右拳が会長の顔に刺さる。

「やるな、太陽」

 山本のおっさんは野次を入れる。会長はマットに沈んだ。

 その日からだ。俺は大人とスパーをやらされ続けた。ボコボコにされるなんて日常だった。それでも俺は立ち続けた。

「太陽、もっと前だ!拳に向かっていけ!」

 会長は叫ぶ。無茶を言う。ジャブで距離を測られる。右ストレートが飛んで来る。それに俺は向かって行く。薄皮一枚で躱す。そして、右フックを相手のこめかみに当てた。


 翌日。俺は会長に連れられて月本に会いに行った。何故かマムシもついて来た。会長に呼ばれたらしい。

「バタフライジョー、元気か」

「月本は元気にやってますよ、寺田さん」

 蝶野はかつてバタフライジョーと呼ばれた名ボクサーだった。相手の拳は受けずに一方的に殴り倒すアウトボクサー。

「流石の俺でも言い難いが、月本はお前のやり方じゃ育てられんよ」

「寺田さん。月本を取ったのは申し訳ないとは思うよ。でもあの才能だ。日本ボクシング界の為にのんで下さいよ」

「そうじゃねえよ。俺の下を離れるのは構わねえ。ただ、あの才能が開花しないのは許せねえと言ってんだよ」

 面倒臭い話は後にして欲しい。

「寺田さん、そこまで言うのなら何か名案があるのでしょうね」

「ある。こいつと月本をやらせてみろよ。それだけだ、俺の願いは」

 月本こっちへ来い!と蝶野さんが叫ぶ。俺はグローブをはめる。そして、俺と月本は闘う事になった。


「月本を笑わせて来い!」

 と、寺田会長は俺の背中を押す。もちろんそのつもりだ。

「太陽、久しぶりだね」

「あぁ、1月ぶりか?何かだいぶ前な気がするよ」

 俺は構えをとる。月本も構える。

 ゴングが鳴った。審判がボックスと叫ぶ。俺は月本へ向かって大きく踏み込む。月本のジャブが刺さる。気にせずスマッシュを放つ。月本はそれを躱す。俺は追撃の左フックを放つ。それに合わせて右ストレートが来た。

 俺はその拳に向かっていった。ヘッドギアが飛ばされた。そして、俺の拳も月本のヘッドギアを弾き飛ばした。

「真島。お前に足りない物を教えてやる。相手の拳に向かって行け。その先にしか、格上に拳を撃ち込む間合いは無い」

 肉は切られた。血が瞼を伝い目に入る。赤く濁った景色の先に、月本の顔が視える。あいつも俺の拳に向かって来たのだ。だから、わずかにヒットポイントがずれて倒れていない。

「初めてみたよ…」

 リングの外でマムシが何か言った。血を滴らせながら月本は笑う。俺と初めてリングで向かい合った時と同じように。

「待ってたよ」

「ようやく追いついた」


 飛べない鳥なんていない。翼があればきっと何処へでも飛んで行ける。あいつの待っている場所にだって。

 だから、飛べない鳥に勇気は要らない。俺がここに立っている事がその証明だ。

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飛べない鳥の僕達は あきかん @Gomibako

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