寺田明の解答
飛べない鳥に勇気は要るか?
当然いる。飛べる鳥だろうが飛べない鳥だろうが関係無い。ボクシングは狂喜に身を溺れさせなければたどり着けない境地がある。
リングというカゴの中にいるからこそ勇気がいるのだ。このカゴの中には敵も入っている。相手の間合いに入る。いつ拳が飛んで来るかも知れないそこに、一歩踏み出さなければ己の拳も届かないのだから。
「真島〜、昔のよしみだ。1つだけアドバイスしてやる。お前のジャブは月本に届かねえぞ」
月本が準備している間に真島に声をかけた。聞いているかはわからない。
「月本。真島に勝ったら強化選手の件行って良いぞ」
「会長に言われなくとも行きますよ」
俺はロープを持ち上げながら月本に語った。月本はロープを潜りながら素っ気なく答えた。
ゴングを鳴らそうとしたら、隣に太陽が立っていた。俺は構わずゴングを鳴らした。
真島はさっきと変わらずすり足で間合いを詰める。月本はヒットマンスタイルで迎えうっていた。左腕を下げて右腕で顎を守るその構えは月本本来のものでは無い。しかし、真島には有効だろう。
「会長、マムシってあんなに強かったっけ?」
「あいつは人一倍努力してたよ、昔から。今のままじゃお前では勝てん」
真島がジャブを放つとほぼ同時に月本もジャブを出した。月本の拳は真島の顔を捕えて、真島の拳は月本の顔には届かなかった。
腕の長さが単純に違う。わずかに月本の方がパンチスピードも速い。これではジャブは届かない。
「よく合わせられるな。マムシのジャブは全然わかんなかったよ」
「あのジャブは教科書通りの綺麗なジャブだよ。お前にはかわせんわな」
真島は姿見でジャブの練習をひたすら繰り返したのだろう。それはあのジャブを見ればわかる。それも狂喜の為せる技だ。しかし、それでは月本には届かない。天才には届かない。
月本はジャブを浴びせ続けた。真島が踏み込んで来たら同じだけ引き、サイドステップで回り込みながら。
一切の反撃も許される事なく真島の顔は腫れていく。ヘッドガードで守られていても全ての衝撃を防ぎきれる訳ではない。
3分経過する前に真島の膝が折れた。打たれて意識が飛んだ訳ではないだろう。気力が折れたのだ。
「どうしてお前なんだよ。俺はお前の何倍も何十倍も努力してきた。なのに、まだ届かないのか」
「マムシ、それはお前に才能が無いからだよ。昔からわかってたろ」
「簡単にいってくれる。だから、お前は嫌いなんだ。昔から」
真島は言いたい事を終えて、逃げるようにジムを出て行った。あいつじゃ駄目か。やはり、こいつじゃなければ。俺は隣の太陽を見た。
飛べない鳥に勇気は要る。しかし、踏み込んだ先で試されるのは狂えるかどうかだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます