いつもの様に
和泉直人
いつもの様に
その日、わたしは飲み会に誘われた。
誘ってきたのは高校の同級生、真奈美だ。
曰く、新しい恋人ができたからお披露目したい、とのことだ。
高校生の頃から全く変わっていない。真奈美は、新し物好きで、手に入ったものはなんでも自慢したがった。
深いため息が出る。
それを察知した彼氏、貴史が後ろからわたしを抱きしめた。
「ん? お友達からの連絡なのに……」
と甘い声で耳元で囁かれる。
「どうしてそんなに憂鬱そうなの?」
続く心地好い低音に、違う意味のため息が漏れた。一音一音に、『愛しさ』をこめてわたしに語りかけてくるのが解る。
彼の身体に身を預け、軽く頬ずりする。
「……なるほど。この子は恋人を自慢したいのか」
そんなわたしの頭をさらりと撫でながら貴史が、文面から真奈美の意図を読み取る。
「昔からこうなのよ」
貴史の手の感触に目を細めて応える。
「じゃあ……」
彼の声が低められた。その高低差に、ぞくりと首筋が粟立つ。
「貴美子も自慢してやれよ。僕も行くからさ」
驚いて見張った目に、貴史が視線を合わせる。柔和に笑んだその目が妖しく光る。
「うん。そうして欲しい……」
この光にあてられたら、なんでも言う事を聞き入れてしまう。もちろん、苦でもなんでもない。
真奈美に、貴史と一緒なら良い、とメッセージで伝えるとすぐにオーケーのスタンプが返ってきた。
「よし、その日は僕も気合い入れなくちゃ」
くす、といたずらっぽい笑いを、薄く紅い唇から漏らした。
当日、宣言通りにピシッとフォーマル寄りに身なりを整えた貴史と、彼に全身コーディネートされたわたしが待ち合わせ場所に立つ。
彼はわたしに利き腕である右腕を預けてくれる。車道がどっちか、なんてどうでもいい。その信頼こそが、わたしにとって何よりの悦びだ。
「遅いね」
少し勢いをつけて左前腕を振って、袖から腕時計を覗かせた貴史が囁く。
しっかりとわたしの左手を握った右腕は動かさない。『今はわたしだけの貴史の右腕』と感じただけでもう、わたしは待たされている事実すら忘却の彼方へ放り投げた。
腕時計を見る彼の横顔を見上げて、いっそこのまますっぽかされたって構わない、と思っていると真奈美達が現れた。
「ごめーん、お待たせ」
派手な化粧で、微塵も心がこもっていない謝罪をしゃあしゃあと口にする真奈美。本当に変わってない。
「ウス」
彼女の隣の、いかにも軽薄な印象の男が短く声を出した。……真奈美は本当に『これ』を自慢したいの? ある意味お似合いだけど。
「初めまして。貴美子の彼氏の貴史です」
二つ並んだ無礼者達にも、貴史は人当たりの良い笑顔で、きちんと挨拶をする。声がわずかに高い。いわゆる、よそ行きの声。
「あ。初めまして。真奈美の友人の貴美子です」
思わず見惚れて聞き惚れて、自分も無礼者の仲間入りしそうになって、慌てて真奈美の恋人に挨拶をする。
「へー、可愛いじゃん。俺のことはトシって呼んでくれよ」
にたぁ、と胃もたれしそうな粘着質の笑顔で返される。未だかつてないほど嫌な気分になる『可愛い』に鳥肌が立った。すると貴史の右手が、きゅ、と強く握ってきた。不快感など吹っ飛んだ。
飲み会の最中の会話はよく覚えてない。
掘りごたつ風の居酒屋の机の下で、貴史の足の小指がわたしの足の小指と絡み合わされていて幸せだったから、ほとんど聞き流せた。
ただ、一つ肝を冷やした。
「彼氏さんの前で言うのもなんですけど、貴美子が高校の頃付き合ってた彼氏が……」
今でも後悔している黒歴史を掘り起こされた時だ。わたしの初めての彼氏で、全く良い思い出が無いまま、すぐに終わった恋の話だ。
こうやってわたしの失敗を出してマウントを取るのが、真奈美の常套手段だ。知っていたのに、貴史に聞かせてしまった。
「僕はその男に感謝しますよ。僕の貴美子とさっさと別れてくれてありがとう、ってね」
なのに貴史は爽やかな笑顔で流した。そしてわたしを見て、ね?と加えた。ああ、素敵。
その後ほどなくして、顔をひきつらせた真奈美がお開きを告げた。
彼女の『お披露目会』はきっとこれが最後になる、となんとなく感じた。貴史を目の前にしては、真奈美はひとつもわたしの上に立てないから。
「今日は楽しかったね。久しぶりに可笑しい人達を見たよ」
本当に楽しげな、そして辛辣な低音がわたしの耳をくすぐった。
「わたしも楽しかった。それに……嬉しかった」
真奈美との飲み会の後、こんなにすっきりした気分は初めてだったから。
ぱたん、と玄関が閉じて、靴を脱ぐより先に、
「貴美子は僕の、僕だけの大切な人だから」
貴史がわたしだけに向ける満面の笑みを浮かべて、いつもの様にわたしに首輪を付けた。
いつもの様に 和泉直人 @izuminaoto
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