第2話

じわり。

うっすらと傷口に沿って血が滲む。


肌を抉ったカッターナイフが緊張を緩めて宙に戻っていく。

私はそれを見届けてから大きくため息をついた。

私の前腕には無数の直線の傷がある。

何度も行為をしてきた証だ。

最初は物に八つ当たりをすることから始まった。

怒りに任せ何も考えずに掴んだお気に入りのマグカップを力ずくで叩きつけ粉々に割ってから、物に当たることをやめた。

しかし怒りややるせなさはゆくあてもなく私の中を黒く濁す。

この感情をまっすぐ人に向けるのも良いが後々の人間関係が面倒くさいしそもそも向ける相手がいない。

さてこの感情をどうしたものかと思っている時、ふと机のカッターナイフが目に止まった。

そして行き場のない怒りとやるせなさを自分の身体にぶつけることに熱中し始めた。

良くないことと思いつつも痛みより気持ちがすっとする感覚がクセになってどうしてもやめることが出来ない。

心のキャパシティーを超える前に、どうしても気持ちを流さなければならない。

物に当たらないように、自分が暴走しないように。

そして傷を増やして血が滲むのを見ると気持ちがすっとするのと別に、他の感情が芽生えてくる。

はっきり言って私のうでは異常だ。

手首から肘までびっしり、細かなものからちょっと深く切りすぎたものまで揃っている。

これを見ていると、私はなんらかの異常がある、異常があるから仕方ないという感情に陥る。

生きるのが下手くそでもその傷が生きるのが下手くそだとアピールしてくれるので気持ちが楽になる。


私は消して死にたいから切るわけじゃない。

むしろ血が流れることで自身の身体が生命維持活動を営んでいる、私は今生きていると実感することができるので、死とは反対の位置にあるような気がする。

別に他人に迷惑をかけるでもなく物を壊すでもなく、自分なりに良い対処方を見つけたと思う。

しかし人前にこの腕を一旦出してしまうと、あれ精神科だやれ薬だと周りの人間が騒いで面倒くさいことになるし電車の隣の人をぎょっとさせてしまうなどの弊害もある。

新たな方法が見つかればいいと思いながらも、やっぱり気持ちがすっとして楽になったり、生きずらさを目で見て実感出来るという利点が大きくてまだやめる気にはならない。


明日もまた、心が溢れてしまう前私は腕に血を滲ませていることだろう。






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未熟 @Saki_

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