どうか、会えますように。

詠月

どうか、会えますように。

 

 恋なんて関係ないと、ずっと思っていた。


 王の決めた相手と結婚する。

 それが王女としての役目で国のためにできる唯一の事だと信じてきたから。

 恋愛結婚なんて無縁だと考えもしなかった。


 だからこの感情が何なのか初めはわからなくて。


「危ないっ!」


 熱気に包まれた舞踏会。

 夜風に当たろうと外へ出た私は、足元の見えないドレスと暗闇で階段を踏み外してしまって。

 思わず目を閉じた次の瞬間には温かいぬくもりに包み込まれていた。


「お怪我は!?」


 視界に映ったのは正装姿の青年。

 その輝く金髪にまるで月みたいと見惚れてからハッと我に返る。


「……大丈夫、です」

「良かった」


 彼は安心したように笑った。

 トクンと胸が熱くなる。

 この体勢と真っ直ぐな彼の視線が何だか気恥ずかしかった。


「あ、あの……もう結構ですよ?」

「へ?」


 彼は一瞬ポカンとしてからすぐに慌てた様子で飛びのいた。


「す、すみません! 思わずっ!」


 泳ぐ視線に赤く染まった顔。

 それが可笑しくてふふっと笑ってしまう。


「いえ、先ほどは助けてくださりありがとうございました」

「……無礼を、」

「わたくしの不注意ですから」

「そんな」

「フィアラ王女!」


 突然の声にビクッと振り返れば、扉の前からこちらを睨む侍従の姿。


「何をなさっているんですか! まったく。早くお戻りください」

「……今行きます」


 侍従は苛立たしげにそう忠告しさっと身を翻して行ってしまった。

 そっと息をつく。


 戻らなくては。


「すみません、お礼は後日に……」


 戻した視線の先で青年はぐっと眉をしかめていた。驚く私に彼は口を開く。


「あの侍従、いつもあのような非礼な態度なんですか?」

「え? ええ、まあ……」


 あの侍従だけではないけれど。


 さらに表情を険しくする青年に気づけば私は口を開いていた。


「仕方のないことですよ」


 あれ……


「王女と言ってもわたくしは五番目ですから」


 なんでこんなこと。


「わたくしは必要とされていないんです」

「っ、そんなこと言うなよ!」


 グッと腕を掴まれ私は口を閉じる。

 彼の瞳は真っ直ぐに向けられていた。


「お願いですから……そんなこと言わないでください」


 周囲の音が消える。

 彼しか見えなかった。


「俺は好きです。あなたが必要です」


 温かい声が胸に染みていく。

 堪えきれなかった何かが頬を伝う。

 止められなかった。


「っ……!」


 私は泣いていた。


「な、ぜ……」


 初めて会ったばかりなのに。

 できそこないの王女なのに。

 どうしてそこまで言ってくれるの?


「私は……」


 その続きは言葉にできなかった。

 彼は何も言わずにそっと私を引き寄せて、優しく髪を撫でてくれて。



 いつまでもこうしていたい。



 そんな、今までなかった感情で溢れる。

 でもそろそろ本当に戻らなくては。


 温かい腕から私は離れた。


「すみません、取り乱してしまって」

「いえ」

「……戻りますね」


 きっとうまく笑えていない。

 それでも前よりは自然に笑えている気がした。



「フィアラ様」



 彼が顔を上げる。

 白銀の階段に跪いて、夜を背景に彼の瞳が輝く。



「……このリエル・クロード、生涯をあなたに捧げると誓います」



 掬い上げた私の手に口づけて。



「必ずお迎えに上がります。だから……どうか待っていてください」



 その言葉にまた泣きそうになって。


「……はいっ」


 ゆっくりと微笑む。

 胸から騒がしくて心地好い音がする。


 月のような瞳を持つ彼は私の光となった。





 ◆◆◆


 たとえできそこないの王女だったとしても世界は許してくれない。


 あの後会場へ戻った私は、仮にも王女として役目を果たせと、臣下と勝手に関わりを持つなと叱られた。


 それからは今まで以上に自由のない日々となった。


 彼から届いてくる手紙だけが彩る世界。

 けれどその手紙もばれて、無礼を働いたとしてクロード家が潰された事を知って。


「なぜですか、なぜ……!」

「お前こそどういうつもりだ。利用価値のない者と結ばせるわけがないだろう。それすらもわからないのか」


 軽蔑の目と冷えきった言葉に俯くしかなかった。


 彼は無事なのだろうか?


 何もわからない。

 何も。


 あの時から一年が経とうとしていた。

 限界だった。



「会いたい……」



 この気持ちが愛しさなのだと知った。

 会ったのはたった一度だけでもこの気持ちはすでに膨れ上がってしまって。


 叶わないのに。


 彼に会いたい。



「なぜ、私は生きているの……」



 窓の外は明るかった。

 いつもそう。外は明るい。


 私もそこへ出たかった。

 できることなら彼と共に。

 ようやく自由になれると思ったのに。

 世界はなぜこうも意地悪なのだろう。


 こんな身分なんてなければよかったのに。

 そうしたら彼と、リエルと別の生き方があったかもしれないのに。


 私は窓を開け放った。

 風が髪を揺らす。



「さようなら」



 この世界なんて嫌いでした。



「リエル……」



 どうか、会えますように。


 私は静かに外へ身を踊らせた。

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どうか、会えますように。 詠月 @Yozuki01

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