趣味・特技ハラスメント

 あの日以来、彼女のことが気になって仕方がない。好きとか、そういう感情ではないと思う。そもそも、人を好きになる方法を忘れた。


 ただ、彼女の涙はあまりにも脳裏にこびりついた。僕は夜眠れない時に頭の中で妄想を繰り広げ、寝落ちしてその続きを夢で見るという気味の悪い癖を持っているのだが、最近の題材はもっぱら彼女の涙。誰かに話すと「それは恋だよ」なんて言われそうな気がするので、もちろん誰にも話していない。


 そんなことより、僕は生きることで精一杯だ。そこそこの大学を出て、なんとなく広告代理店に就職し、5年働いてなんとなく辞めた。当てもなく辞めたので路頭に迷い、今は映画館のバイトとインタビュー音声を文字起こしする在宅ワークで飯を食っている。


 映画館で働いているが、映画鑑賞はもう3年はしていない。趣味は人間観察。趣味のない人は、プロフィールの「趣味・特技」の欄に人間観察か読書と書く、というのは日本全国共通のようだ。この欄を発案した人は、よっぽど趣味・特技自慢をしたい人だったのだろう。僕らにとってはもはや、趣味・特技ハラスメントだ。


 正確には人間観察というより人間妄想が好きで、名前を見てその人の性格や境遇を妄想する、これまた気味の悪い癖もある。


 7月14日。バイトの休憩中、今度入ってくる新人の名札を作っていた。絵に描いたような雑用だ。3人も新人が入ってくるのか。時期的には、就活を終え、卒業旅行に向けて金を貯めたい大学生かな。生活のために働いている身としては、彼らの名札を作る行為はものすごく惨めに感じる。


 3人の名前は近藤太一、川嶋夢花、和田樹。樹?男か女か分からない名前を見ると、ゾクゾクする。

 

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彼女の横顔ばかり見ている nami @koukorima0319

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