02 砂丘の写真家
「………」
見晴るかす、砂の波、砂の大海。
それは遠くつづき、たしかに編集局長の小谷の言うように、想像の中の砂漠に似ていた。
大陸の唐、そして宋といった王朝がその手を伸ばし、さらなる先の異国へと交流した、その地。
その地のことを想像すると、湧き上がるものがある
書きたい。
その地で起きたこと、起きたかもしれないこと、想像にしか過ぎないことを。
書きたい。
一心不乱に。
だが。
新聞社に勤め、職を得ている今。
そして、妻も子もいる。
そんなことに血道を上げて、どうする。
普通の小説なら、受ける自信がある。実績もある。
けれども。
受けるという保証もない、西域の小説に――
「…………」
考えているうちに、どうやら私は眠ってしまったようだった……。
*
「いやー、遅れてすみません」
「…………」
その写真家、植田は、私がとうとう砂丘で寝入ってしまったところを、ちょうどその上から覗き込むように現れた。
すみませんと言っているものの、ちっとも悪びれる様子もなく、気持ちよさそうですねと私の隣に寝転がる始末だった。
「……いやいや、一緒に砂丘で寝転がろうと話に来たわけではないですので」
「いやでも、ボクも疲れているので」
ボク、と来たもんだ。
私より五、六歳若いくらいだろうが。
第一。
「何で疲れているんです? 失礼だが、待たされたのはこっちで……」
「あーそれ」
間延びする口調は、編集局長の小谷を思い出すからやめて欲しい。
そんなことを植田は知ってか知らずか、その口調を改めずに話す。
「いやー実は、増谷さんから牛って話を聞いて、じゃー牛どーするかなって」
「牛……そういえば」
小谷の奴、牛を撮れと言ってる割に、その調達を考えていなかったのか。
牛相撲といえば、宇和島が有名だが、この辺だと隠岐の島だと聞く。
「隠岐まで渡るか……いや、そこまでさすがに経費で出せないだろ……」
経理がかんかんになっても知らないぞ。
第一、そこまで出張が伸びたら、さしもの妻も怒るだろう。
頭を抱える私に、植田が声をかけて来た。
「それでですねー、連れて来ました、牛」
「え、ほんとですか?」
植田が後方を指差すと、母親と子供たちと
「あれ、ボクの家族」
体言止めか。
と言っている場合ではなく、私は植田に聞いた。
「……いやでも、それっぽい牛、よく連れて来られましたね」
「開拓農村に
植田は首に吊るしたライカを
「ボクは写真が好きで、それが昂じて写真館なんて経営してるんですが……嬉しいことに、ボクの写真を気に入っていてくれる人がいて、それで……」
近隣の町や村に出向いて写真を撮ることがあり、その中で、開拓農村で牛を撮ったことを、今朝思い出したという。
「すぐ連れてくるつもりが……それか、妻か子どもを寄越して、写真館の方で待っててもらうようにしたかったんですけどね」
妻も子も、一緒に行きたいらしく、それを言い出せなくて、と植田は頭を掻いた。
見ると、植田の細君と子どもたちは、牛に乗っかったり、牛に抱き着いたりして、凄く楽しそうだ。
「……まあ、写真のモデルになってもらってるので、ボクも強く出られません。お察し下さい」
「モデルになさってるんですか?」
「いやまあ、近所の子どもたちとかね、この砂丘に連れて来て、撮るんですよ」
植田にとって、この砂丘は絶好の舞台であるという。
砂と空とのコントラストの中、屹立するモデルを、ある種のオブジェのように捉えて撮る。
「……それが、すっごく、面白いんですよ」
見ますか、と植田は一葉の写真を取り出した。
それは、社で小谷に見せられたものと同じだ。
たしかタイトルは。
「少女四態、といいます」
「……ほう」
四人の少女、というか童女が、それぞれの方向を、それぞれのポーズをとって、見つめている。
砂丘を背景にした彼女たちは、モノクロの色調にあいまって、何かこう、見る者に響くものを持っている。
「……そう、この砂漠を渡ろうとしているような……何かの決意と言うか……あ、失礼、砂丘でしたね」
植田は嬉しそうに笑った。
「面白いでしょう」
「そうですね」
私もつい、笑みがこぼれた。
「……じゃ、撮ってみて下さい」
「……え!?」
何を頓狂なことを言い出すんだ、この人は。
「いやだって、キャメラマンは貴方ではないですか?」
「撮ってみて下さい。ボク、さっき言ったとおり、牛連れて来て、疲れているので。ライカ、貸しますから」
疲れているって、そんな問題じゃないだろう。
私の抗議を聞き流しながら、植田はさっさと寝転んでしまった。
「論より証拠。自分で撮ってみて下さい。そうすれば、写真の良さが分かります。分かったら、どんな写真が欲しいか、教えて下さい」
「はあ……」
「……やってみること。やる価値が自分にはあると、確かめること。まず、そうしないと、始まりませんよ、貴方の夢」
「……え!?」
植田の真剣な口調に、小谷の真顔を思い出す。
だが、当の植田はさっさと寝入ってしまったらしく、すうすうと寝息を立てているので、それ以上、何故そういうことを言うのかとは、聞けずじまいだった。
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