砂漠渡りと長月〜学者峯岸浩太郎の天然〜

達見ゆう

ズレてる男に天然な女

「サハラ砂漠の砂かあ」


 九月に入り、アメリカも少し涼しくなった。僕は部屋でぼんやりと小瓶に入った砂をクルクルと回しながら独りごちた。


「コータロー、なんだそりゃ?」


 ボブがシャワーから戻ってきてコーラを飲みながら聞いてきた。


「エミリーさんから貰ったんだよ」


 そういうとボブはなんだか嬉しそうに身を乗り出してきた。


「おお、プレゼントもらう仲になったのか、よーし」


「いや、なんというか彼女のお父さんが若い頃にサハラ砂漠渡りをして、あちこちの砂を採取していたのだって。学術的とかではなくてバックパッカーしていてお土産代わりとかで。『この中にもウイルスいるのですか?』って数本ほど小瓶を渡された」


「乾燥地帯に数十年前の砂では、仮にウイルスあったとしてもさすがにいないだろ」


「まあ、そうだと思うけど。一応、ウイルスは見えないけど、ちょっと家にある普通の顕微鏡で見てみようかと」


「しかし、エミリーのお父さんはバックパッカーというより冒険家だな。砂漠渡りするなんて」


 ボブはコーラを早いペースで飲みながら言う。筋トレしているならコーラよりプロテインと思うが、目の前の砂粒に集中することにした。


「パワフルだよね。なんの仕事しているか分からないけど。えーと、確かに砂漠の砂っぽいな。石英ばかりだし、粒が丸くなっている」


「コータローは地学も詳しいのか?」


「いいや、高校で習った程度。海辺の砂は貝の欠片が多いとか、そんな程度。しかし、学者だからなんでも揃ってると思われてるのかな。電子顕微鏡なんてラボにしかないし、他の研究の影響もあるから持ち込み禁止だし。菌なら家で培養できるけど、ウイルスはなあ」


「そこまでは分からないと答えれば良かっ……ああ、そうしたら会話終わるし接点消えるもんな。辛いなあ、色男は」


 本当にボブはこの手の話が好きで自分の問に先回りして答え出してニヤニヤしている。自分は付き合い順調だからって、まったく。


「あ、そうだ。あと日本語の古典の本を図書館から借りないと」


「何のためだ?」


「やはりエミリーさんに聞かれたんだ。『日本語では九月を長月と呼ぶのはなぜですか? 父も知らないと言うのです』って。持ってる日本語電子辞書にも「九月の別名」しか載ってないから、ちょっと検索して取り寄せようかと」


 ボブは残ったコーラを一気に煽ってゲップしながら呆れたようだ。


「なあ、コータローをウイルス学者というより、いろんな研究者と勘違いされてないか? スーザンにはちゃんと俺の同僚だと説明したはずだけど」


「うーん、エミリーさんは天然かも。さて、アメリカに日本語の古典に関する蔵書はあるかなあ。実家の家族に頼んで見繕って貰った方がいいかなあ」


「……コータロー、頼みを聞いてばかりだと便利屋扱いされるぞ」


「そういえば砂漠も九月は気候はどうなんだろう?昼夜の温度差激しいと聞くけど、アメリカにも砂漠はあるよな。キャンプ出来るのだろうか?」


「……コータロー、間違ってもデート目的の旅行やキャンプ地を砂漠にするなよ。相当の上級者というかサバイバー並みじゃないと過ごせないぞ」


 僕の呟きに何かを察したボブが釘を刺してきた。何でバレたのだ。砂漠の夜に観る星などは美しそうだと思ったのだが。


(ズレてる男に天然な女か……なんだか心配になってきた)


 なんだかボブが頭を抱えている。スーザンさんと何かあったのか、研究が上手く言ってないのか。聞くのも野暮だ。僕は検索を続けるのであった。








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