第16話 放課後
2月下旬、先日列島を襲った寒波は過ぎ去り、柔らかな日差しが午後の通学路を暖かく照らす。この間まで空を覆っていた重い灰色の雲は身を潜め、高く澄んだ空が春の訪れを予感させていた。
多くの高校では期末考査も最終日を迎え、普段よりも早い時間に帰途に着く生徒の姿も多く散見された。特別教室の掃除当番を割り当てられていた麻美が、荷物を取りに教室へ戻ると、そこには枝里佳ら数名の生徒が窓際の方でたむろしていた。
「あっ、麻美! ちょうど良かった、ウチらこれからカラオケ行こうって話してたんだけどさ、麻美も来るっしょ?」
枝里佳が声をかけた。
「あー、ごめん。今日は中学の友達と先約があってさ、また今度誘ってよ」
麻美はそう言って荷物をまとめコートを羽織る。
「えー、つれなーい。……とかなんとか言って、男だったりするんじゃないの?」
「あはは、だったらどうする?」
「え! マジで!? ちょっと、聞いてないんだけど!」
教室を後にしようとする麻美の背中に邪推する声がこだましていた。
今日は久しぶりに聡子から遊びの誘いがあった。聡子とは先月お茶をしたのを最後に一月以上会っていない。とはいえ、12月がハイペースで会っていただけでそれ以前はこんなものだったか。そんなことを考えながら、部活で居残っている生徒もほとんどいない校舎を後にする。
待ち合わせ場所は『focus』一階ロビーとなっていた。他校の生徒についても定期考査のためか早く放課後を迎えたようで、いつもよりも高校生が多いように感じる。聡子の影を探していると、とある会話が聞こえてきた。
「他人に教えるのに夢中になって肝心の自分の点数が赤点ギリギリかもとかばっかじゃない?」
「しょうがないじゃん、暗記科目なんだから。聖蘭とはテスト範囲も違うし、ヤマが外れればこんなもんだって」
「あの……それは、私が物覚え悪いのが問題じゃないかと……」
聞き慣れた声。一人は聡子、もう一人はルナだ。なにやら言い争いをしているようだが、少なくとも険悪な雰囲気ではない冗談の範疇だ。今日ルナが来るという話は聞かされていなかったが、少なくともこんな会話ができる程度には関係が修復したであろうことに安堵した。ただ、それ以上に驚きを隠せないのがもう一人の声の主だ。
「そうやってルナを甘やかさない! 要はルナ、あんたの教え方の効率が悪いんじゃないの?」
「はぁ? こっちは毎日のように妹に家庭教師してるプロなんだけど。聡子の方こそムリでしょ、我々みたいな凡庸な頭脳の人間がなんで間違うのかを理解できないだろうからさ」
「それ、褒めてるのか貶してるのかわからないんですが……」
麻美の目に飛び込んできたのは、前髪を少し切り、控えめに笑う千景の姿だった。彼女の笑う姿、それどころかこうしていたって普通に会話に混じる姿を見るのはいつ以来だろうか。それにしても、ルナから勉強を教わっていたという話は聞いてはいたが、なぜあの三人が一緒にいるのだろう。自身の最終的な認識と目の前の光景との差があまりに大きく、情報の整理が追いついていないのを感じる。だが、絶交していた友達の仲違いが解消され、人間不信に陥っていた幼馴染はそれを克服しつつあるということは確かだ。嬉しくなり思わず声の聞こえた方へ駆け寄る。それに気づいたルナがこちらに向き直って手を振り、聡子と千景も追随する。
少し離れていた間のことについて、聞きたいことも話したいことも山積みだ。今日はいつもよりワンサイズ大きいコーヒーを頼もう。
建物の入口から吹き込んできた風は一足先に春を告げるかのように暖かく、併設するカフェへ向かう四人の女子高生の影を包み込んだ。
放課後☆ルナティック 茶渋 @cha_shibu
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