第8話 滞在

 「笹川ぁ! 早く腕に掴まれ!」


良太が叫びながら、右手に力を込める。


「やだ! やだ!」


ジタバタともがいて、状況を理解できない笹川。


「早く、掴まれ!」


二回目の呼びかけに笹川は上を見上げる。


必死に笹川の事を支えてる良太の顔は、


真っ赤になり、血管が浮き出していた。


腕はブルブルと震え始め、掴んでるのが精一杯の様子だった。


笹川を支えてる右手にしがみ付く。


良太は左手も差し出したいが、


這いつくばっているこの体制を、維持するのがやっとで、


左手を意識的に動かすほど余裕はなかった。


「笹川、こっちに手を出せ!」


慎也が向こう側から手を差し伸べている。


笹川は左手で慎也の手に掴まる。


降り注ぐ雨の中、川の濁流はうねりを上げて流れていく。


橋の下で宙ぶらりになっている。


グスグスっと鼻をすすりながら、涙目になり始める笹川。


「来るな!」


慎也がこちらに向かって、叫ぶ。


笹川を助けようと、後ろからクラスメイトが近寄ってきていた。


「橋が脆くなってる、来ないでくれ!」


慎也の叫びにピタッと足を止めて、不安げにこちらの様子を伺うクラスメイト。


「良太、合わせろよ」


「せー! の!」


満身の力を込めて、笹川を上に引っ張り上げる。


「笹川、吊り橋のロープに掴まれ」


笹川が、ロープにしがみ付くと、


急いで立ち上がり、慎也ともう一度引き上げる。


「大丈夫か?」


向こう側から、日下先生が呼びかけてきた。


こんなところで、へたり込んでる場合ではない。


「大丈夫です」


何事もないかのように伝えるが、


良太の右腕は、橋に叩きつけた事と笹川を支えた事で、


悲鳴をあげていた。


二回目があったら……


そんな事が頭によぎったが、今は一刻も早く、


向こうに辿り着くのが先決だと考え方を変え、


慎也に急ぐよう託したのであった。




 全員が橋を渡りきった頃には、日が落ち始めていた。


薄暗くなっていく中で、断続的に降る雨は、


生徒たちの体力、気力を奪っていた。


少し進むと、斜面の横に洞穴を見つけた。


「先生、あそこに洞穴がぽいのがありますけど」


高さ二、三メートルはある入り口に洞穴というよりは、


洞窟の入り口に近かった。


「よし、確認してくる……動物の巣でなければいいのだが……」


日下先生が恐る恐る、中を確認しに行くと、


入り口から奥へと空間が広がっていた。


入り口付近は何か人工物のような物で固められており、


明らかに人の手が加わった物だった。


「皆、ここは安全そうだ」


「落ち着いて来いよ」


足場が悪く、濡れた落ち葉は生徒たちを度々


転げ落とそうとした。


日下先生が先頭に立ち、ライターで辺りを照らしながら進んでいく。


奥へ進むと、生徒たち二十人が居ても、余裕があるほどの開けた場所が出てきた。


「何か燃やせるものはないか?」


辺りを見回すと枯葉や枝が落ちている。


皆で手探りで地面からかき集めて、空間の真ん中に積もらせていく。


雨が降っていた事もあって、湿気でなかなか火は起きなかったが、


ようやく空間の真ん中に明かりが灯される。


周りが明るくなってくると、まだ、周りに木や枯葉がある事に気づいた。


暖を取ることで少し気が緩んだのだろう、徐々に眠り始める人たちが出てきた。


慎也は完全に眠りこけている。


良太も生あくびをしながら服が乾くのを待っていた。


「杉山君」


「うん?」


笹川が良太の腕とくっ付く距離で、話しかけてくる。


「今日はありがとう」


「杉山君のおかげで、こうやって無事だったよ」


小さく、弱々しい声で良太にお礼を言う。


「気にするなよ、俺もたまたま手が出て、笹川を捕まえれたんだよ」


「でも、本当に無事でよかったよ」


周りを見ると皆は寝息を立てて、眠りこけていた。


「本当に今日の出来事は悲惨だったな」


「うん」


薄らと涙目になり、下を俯いてしまう笹川。


「ごめん、嫌な事思い出させて」


「ううん」


「杉山君と無事にいられるだけ……」


パチッ、パチッと音を立てて火が木の枝を動かす。


ごく自然な流れだった。


気づくと笹川の唇にキスをしていた。


嫌がることもなく、笹川はそれを受け入れていた。


「杉山君……」


「笹川、ご、ごめん」


「ううん、これからは心って呼んで……ほしなぁ」


「俺の事も良太って呼んで欲しんだけど……」


照れくさそうにする杉山を笹川はクスクスと笑っていた。




 大勢の人が死んだのに、


こんなに幸せな気分になっていいのだろうか?


そしてこれは付き合う前提なのか?


頭の中で、グルグルといろいろな考えや感情が出てくる。


不意に赤い箱が自分の中で思い出された。


赤い箱に笹川の名前を入れて、何も起きてなかった。


今日、大勢の人が死んで笹川と付き合えるのだとしたら、


ここにいる皆は、近いうちに俺と笹川以外は死ぬのではないか?


そんな考えが頭に浮かび、


良太は忘れかけてた赤い箱の呪いに恐怖し始めた。

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赤箱 夢幻成人 @mugenseijin

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