霧とイヤホン
かざみ るる
霧とイヤホン
指揮者のいない、合唱のような声が聞こえる。もしこれがうぐいすならまだいいのかもしれない。でも中途半端な田舎には、そんなとりなんていない。
目を少し開ける。
日の光がぼんやりと見える。
目を覚ますかなり前に、日は昇っているはずだ。時間が予測できない。
まだだるい。あと三時間は寝られる。
昨日おいたはずの場所に手を置く。
日の光よりも強く冷たい光が目に刺さる。
七時十分、、、。そろそろ起きないといけない。
目を開きゆっくり体を起こす。
カーテンを開けると、近くのとりがどこかへ飛んでいった。
「あ、ごめん。」
他にもとりがいるのか、まだ声は聞こえる。
淡い水色の空にうすい雲が広がっていた。
「おはよう。」
部屋を出てリビングに行くと、母の声とテレビの音が聞こえた。
「おはよう。」
私に反抗期なんてなくて、きっとこれからもない。
テレビからはいつものニュースが流れている。あと一、二年で選挙権を持つのは知っているけど、興味はない。これだけ悪い話ばかり聞かされたら誰にも投票したくなくなる。
そう思いながら、ゆっくり座る。
「ご飯、あとちょっとでできるから」
手伝ったほうがいいことはわかっている。
テレビをぼんやりと眺める。内容は頭に入ってこない。ただ今から何かを始めても終わらせられるとは思わないから、ここにいる。
部屋の整理なら少しでおわるかな。
そう思い、立った。
「おはようございます!」
その瞬間、止まった。
体が、息が、時が止まった。
声が聞こえたテレビに目線を戻す。
初めての声だ。なぜか心臓を掴まれたような感覚。テレビの声だけが聞こえる。
ニュースはすでにドラマの宣伝に変わっていた。
次のドラマの主演、
らしい。
画面上の情報を目で追う。
今注目の若手俳優。同い年。
同い年。
そっか。私もそんな年齢か。
いつか来るとは思っていた、テレビやスマホで輝く人と同じ世代になるときが来た。
近いような、でも遠いような。
その人には色がみえる。明るく透き通った様々な色が、今、混ざっている。
いや、透明かもしれない。でも、とにかくまぶしかった。
「ぜひご覧ください!」
そう言い残し彼はいなくなった。もうテレビには別の人物が映っている。
もう少し見ていたかった。彼の声だけが心に残る。
「…、食べるよー。聞こえてる?」
徐々に元に戻る。母が呼んでいる。
「うん。」
ご飯を食べ、少し考える。あの人はなんだったんだろう。
もうとりの声は聞こえず、暑い日差しが木にかかっている。
同い年。いいなあ。自分で輝いていて、進む方向も決まっていて。でも、これから何者にもなれる希望でいっぱいで。
うらやましい。きっと最初っからああいう世界の人とは何もかも違うんだ。
比べるべきじゃないことはわかっている。でも私はどうだろう。まだ何にも持っていなくて、進む方向も決まっていない。
いったい私は何になるんだろう。この数ヶ月間、何度も考えたことがまた頭に戻ってくる。
私はこれから何者にも…。
いや。
もしかしたら、私もこれから何者にもなれるのかもしれない。生まれ育った環境も、今までの経験も全て違っている。でも、将来が可能性に満ちあふれていることは同じなのかもしれない。いったい私は何を諦めていたんだろう。まだこれからずっと長いはずなのに。
そう思うと何かがすっと外れた気がした。なにがなのかははっきりとしない。でも、ただ、漠然とわくわくした。私にも何かができるのかもしれない。
今、ここではないどこかに、出かけたくなった。外に答えがあるとは限らなくても、この気持ちをどこかにぶつけたかった。私がずっと欲しかったのは、この気持ちだ。今はこの気持ちを向ける何かを、探しに行きたい。
きっとどこかに行って、何か見て聞いても、このあやふやな何かが見つかることは無いんじゃないか。
それでもいい。
必ずいつか見つけられる。そんな根拠のない、強い自信があった。
「いってきます。」
玄関を出る。
バタン、と扉が閉まる。あとは何も聞こえない。透き通った静寂が広がっている。
足をとめて、あたりを見る。
空に視線を移す。少し空の色が濃く感じた。
霧とイヤホン かざみ るる @ssslapi
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