7.千乃――きずな
次の日の朝、私はつい、いつもより早く登校してしまった。一刻も早く、日野君に真琴のことを話したかったから。
なんと、家を出るときに、真琴はわざわざ見送りをしてくれた。すごく嬉しかった。
「あの、千乃さん。おはよう」
席に座っていたら、後から登校してきた日野君に挨拶された。
「おはよう。えっと、一昨日と昨日の言い訳をしても良いかな」
日野君は少しだけ首をかしげてから、うん、と言った。
「もしかしたら、『マコト』は私の弟かもしれない」
「じゃあ違うんじゃない? 同じ学年だから……」
あ。双子だと言わないと通じないのか。高等部から編入してくる人はあまり多くないので、ついこういう説明がおろそかになってしまった。
「双子だから、同じ学年」
「え、そうなの?」
「しかもね、真琴は、」
これ言ったら、驚くだろうか。
「『リツ』って名前の人を知っているってさ」
「本当っ!?」
話すようになってから初めて見る、ハイテンション。でもそれから、日野君は少し冷静なトーンに戻って言った。
「もし、言いたくなかったら答えなくて良いんだけど……あの白い時計を見て、ああなったのが、関係あるってことだよね?」
真琴の掛け時計のことか。
「ある。でも込み入った話だから、放課後時計店に来られる?」
「分かった。今日はバイト、休みだから」
日野君とやりとりをしながら、私は思う。
――彼が、真琴のいう『リツ』でありますように。
放課後。
「ただいま、お父さん、真琴……って、真琴はどこ?」
カウベルを鳴らして、自宅ではなく時計店のほうに帰宅する。言うまでもなく、日野君も付いてきている。
「おかえり。真琴は奥にいるから、直に来るよ」
お父さんがそう言うと、すぐに真琴は出てきた。
「千乃、おかえり。その人?」
日野君は真琴に向かって、軽く会釈した。
……あれ? もしかして、今二人の間を取り持つ役目って、私?
「えーっと。そういえば日野君から『マコト』っていう人の話を全然聞いていなかったんだけど――」
「あーっ、その鈴!!」
真琴が急に叫ぶ。行儀悪く指を指している先は、日野君のバックパックについているストラップだった。黒がかった金色。
「俺が『リツ』にあげたやつ!」
「えっ、じゃあ本当に『マコト』なの!?」
二人はお互いの顔をまじまじと見ている。え、この古い鈴なんかでお互いを認識できるの? ……信じられない。
「小学三年生のときの?」「そう、百舌谷西公園だよね?」「合ってる! バスケやったよな?」「うん。鈴ずっと持ってたの?」――二人は矢継ぎ早に確認しあう。
話はかみ合っているようだ。彼らはお互いにとっての『リツ』と『マコト』ということで合っているみたいだ。それなら良いけれど、私とお父さんを置いてけぼりにされてもな……。
お父さんは困ったように言った。
「おーい、お二人さん、何があったのか教えてくれよ……」
二人の説明を聞くと、大体のことが分かった。
「つまり、運命の再会、ってのが適切な表現?」
お客様用の応接間で、私たち四人はお父さんが淹れたコーヒーを飲んでいた。
「千乃、会わせてくれてありがと。俺が学校に行っていない間に律が水白に入っててたなんて……」
真琴は砂糖を入れてかき混ぜている。甘党なのは昔から変わっていない。
「いや、お礼を言うなら神様に言ってちょうだい」
自分でも何を言っているのか良く分からない。けれども私が何か頑張ったという訳ではないので別に良いだろう。
「そうだ」
お父さんはそう言い残して、商品棚の方へ行ってしまった。なんだろ。
「なあ、真琴……もし真琴がまた学校に来るなら、俺めちゃくちゃ嬉しいんだけど、やっぱり難しそう?」
わ、普通急にそこ聞くかなあ、日野君!? と突っ込みたかったが、とりあえず見守る。
「隣のクラスだよね? ……それなら、考えてみる」
「俺、ちゃんと待つから。何なら、一緒に天文部入ってよ」
「それは断然、アリ」
六年も会っていなかったと言うのに、二人は話が弾んでいる。ちょっと安心。
「真琴、これ見ろ!」
お父さんが戻ってきた。手にしていたのは――真琴の白い掛け時計だった。しかも針も動いているし、ガラスは交換されている。
「父さん、どうしたのそれ」
真琴は目を丸くしている。
「昨日の夜、徹夜で直したんだ」
すると事情を知らない日野君が不思議そうにしているので、説明する。
「あの時計ね、真琴が登校しなくなってしばらくして、トラブルで壊れたの。そしたらお母さんが『真琴が訳を話してくれるまで、この時計は直さずにそのままにしよう』って言ったの。ま、何でだったのかは知らないけどね」
「そういうことだったんだ」
日野君はコーヒーを飲み干してから言った。
私は掃除の度、その時計を見ると辛くなっていた。それは一昨日も例外ではない。
「あれ、千乃。母さんがそう言った理由、分からなかったか?」
「そうだけど……」
お父さんは話す。
「これは俺の憶測だ。母さんは静かな人だから本当のことは知らない。アナログ時計の秒針って、本当は止まっていなくても、一瞬だけ止まって見えることがあるだろう? その後はすぐに動いて見えるやつ」
「クロノスタシスだよね」
真琴が口を挟み、お父さんは続ける。
「すぐに理由を話してくれるように、っていう願掛けなんじゃないかと思うんだが、どうだ?」
「何それ。お母さんがそんなふざけたことを言うわけないじゃない」
けれど。私はコーヒーカップの曲線を指でなぞり、思う。
今は立ち止まっている真琴だって、クロノスタシスという現象のように、またすぐ動き出せるんじゃないだろうか。真琴の手は、きっと日野君が引っ張ってくれる。いや、和解できたのだから、私だって後押しできる。
「でもなあ、母さんはたまーにユーモアある人だからな。あとで答え合わせとしよう」
私があきれて、真琴が吹き出す。それにつられて、日野君も笑う。
たくさんの時計の音が溢れる中、真琴の掛け時計の音が一際はっきり聞こえた。
クロノスタシス 文月柊叶 @Shuka_Fuzuki
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