第114話 家を買う(これも何かの縁か?)

 後期研修も終わりに近づき、次のステップへ身の振り方を考えているとき、私たち家族も一つの決断をしようとしていた。それは「家を買う」ということであった。おそらく早晩、九田記念病院を離れることになると考えると、その時点で住んでいた借り上げ社宅も出る必要がある。となると、次に住むところを考えないといけない。妻から

 「子供たちに『故郷』というものを作ってあげたい」

 という言葉もあった。そんなわけで、家を買うことを考え始めた。時期はその時点では未定であったものの、万米ヶ岡共同診療所に入職する心づもりはあったので、少なくとも、診療所の診療圏に住むことはやめよう、ということで妻との意見は一致していた。

 

 子供の同級生がかかりつけの患者さんになったり、学校で

 「あいつの父ちゃん、診療所の先生やでぇ」

 などということになると色々とややこしい。また、師匠をはじめ、九田記念病院の上級医の先生の話を聞くと、病院の診療圏内に住んでいると患者さんが家に押しかけてきて、苦労することになるよ、と皆さんがおっしゃることから、そういう結論に達した。


 もう一つ、妻と同意見だったのは、玄関から直接階段にアクセスできる家は止めよう、ということだった。家族が集まるリビングを抜けて、それから階段に行くようになっている家がいいと考えていた。玄関から直接階段にアクセスできると、子供たちが2階に部屋を持った時、私たちと顔を合わせることなく自室に入ってしまうことができてしまう。それでは子供たちが誰を連れ込んでいるのかわからない。そんなわけで、リビングを通って会談にアクセスできる家がいいと考えていた。


 診療所のある街は、私たち夫婦の育った地元でもあるが、そこは診療所の診療圏になるので、地元に住むのは止めにした。そして、子供たちの足音で一度マンションから出ざるを得なかったことがあるから、マンションではなく一戸建てがいいと思っていた。


 そんなわけで、いくつかの街の中古住宅を見に行ったり、大規模住宅土地開発地域にも見学に行った。そこでは私好みの配色の家があり、大きさも満足できる大きさで、私は気に入ったのだが、妻には、鉄道の駅まで徒歩でアクセスできるところでないと嫌だ、と断られた。妻も私も、駅から実家までは20-30分程度かかるので、決して駅近ではないのだが、歩けないほどの距離でもない。そういう程度の距離でもいいので、駅に徒歩でアクセスできるところがいい、と希望していた。注文住宅についても、妻のパート先の社長のお宅を造られたD社の営業の方を紹介していただき、いろいろ相談にも乗っていただいた。


 駅に置いてある無料の住宅情報誌などももらってきて、いろいろと探していたある日曜日、新聞に広告が入っていた。某大手住宅メーカーが開発した戸建て住宅地の広告であった。以前に、無料の雑誌に第1期分譲が載っているのを読んだ記憶があるのだが、価格が高くて、

 「厳しいよなぁ」

と思い、その時はスルーしていた。第一期分譲の残り3件の広告だったのだが、

 「まぁ勉強ついでに行ってみるか」

と思い、妻と相談、子供たちを連れて出かけることにした。その時には、純粋に

 「勉強のために行ってみようか」

と思っただけで、買う気は全くなかった。


 電車を乗り継ぎ、最寄り駅へ。駅前から広告の地図に従って、ひたすら歩いていく。営業所となっていた分譲中のお宅に向かい、営業の方とお話しした。地層学的には近くに活断層が走っており、地震のリスクはある場所ではあるが、同断層が動くような地震なら断層から半径20kmの範囲では、どこに住んでいても、かなりの被害はまぬかれない、とのことであった。周囲の環境は悪くなく、小学校、中学校とも穏やかで、荒れているところではない、ということ、近くに図書館がある、ということも聞いた。

 「駅から徒歩で来れること」

 「近くに図書館があること」

 は、妻にとってポイントがとても高かったようだ。広告には3件の物件が載っていたのだが、営業所となっていたお宅は、一番安かったのだが売却住み、残りの2件のうち、1件も契約待ちの状態とのことだった。残りの1件は一番値段が高いが、今建築中、ということで、建築中の中身を見学させてもらった。妻は、なんとなく乗り気になっていたように感じた。時間も遅くなっており、近くのスーパーの様子を見てから、バスに乗って駅に帰ったのだが、バス停に降りていく坂から、街の灯りが見えて、とてもきれいだなぁ、と思ったことを覚えている。私たちには分不相応な買い物のようにも思ったが、縁があったのだろう。数日後には、夫婦で相談し、見学させてもらった家を購入することに決めた。貯金をほぼ全部絞り出し、結構な額の借金を抱え(ギャーッ!)、家を買ってしまったのであった。


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